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眠り姫と夢想への冒険  作者: 水之江オケラ
1/1

だだっ広い草原を裸のおっさんが走っている。

それはもう、申し分のない疾走感で。

頭は禿げてバーコード。


「あれが、この国の王様よ」


彼女はそう言い、こちらへ走り寄って来る王様にも動じずに言った。


「ハァッ! ハァッ! これ、あげるよ!」


裸の王様はガリガリにやせていて、風が吹いても飛んでいきそうだ。

そんな彼が持っていたのは水晶のような石だった。

透き通った、水を固めたような石だ。


「よかったね、これはこの国の特産物。鯛のお頭を倒すときに役立つよ」


彼女は笑う。

ヒマワリのような笑顔で。

彼女の長い髪が風にそよぐ。

裸の王様の髪も寂しく風にあおられる。

彼女の白い肌が太陽に照り付けられて、ほのかに桃色へと変化する。

きれいだな、と僕は思った。

そうして夢は覚めるのだ。


   ○


僕は目覚める。

朝だからだ。

それ以外にない。

これから学校に行って、張りの無い一日を過ごさないといけない。

ベッドから起き上がり、食卓へと向かう。

テーブルには既にベーコンエッグやサラダが並べられていた。

お母さんが作ってくれた朝食を、朝の情報番組を見ながら食べる。


『現在、原因を究明中とのことで――』


テレビの中のキャスターが何かを言っていたが聞きもらした。

さて、野菜ジュースも飲んだことだし学校へ行こう。

通学路は単純だ。

ただ道なりに歩けばいい。

僕の通う高校は歩いて20分くらいのところにあって、つまらない形をしている。

要するに、どこにでもありそうな校舎だということだ。

そのつまらなくて張り合いの無い学校が、今日はどうやら少し騒がしい。

原因は校舎裏にあるグランドが問題らしい。

登校した生徒がこぞって見入っている。

何だ、何が起こっているというのか。

僕も野次馬の一人となって、校舎裏へと行く。

すると、そこには巨大な絵が描かれていた。

目をつむって蛇を描いたような、ぐちゃぐちゃな絵。

シンプルに呼べば、これはミステリーサークルの類ではないだろうか。

グランドの地面は10センチ程にえぐれて、かき出された土はわずかに乾燥している。

とてもひまつぶしにかかとで描くような大きさではない。

誰かが意図的に一晩で描きあげたのだろう。

昨日までは無かったのだから。


「今日の練習どうすんだよ」


野球部か陸上部の誰かがそうつぶやいていた気がする。

だが、僕にはどうすることも出来ない。

無力な僕は、しかたないのでその場を後にして教室へと行くことにした。


「ハル、おはよう」

「おはよう、エミ」


靴を履き替えている途中で声をかけられた。

ヒマワリのような笑顔の女の子だ。


「ハル、あれみた?」

「グランドのあれでしょ。いよいよ迫って来てるって感じだね。本当に現実世界に影響があるなんて」

「早く鯛のお頭を倒さないと、もっとすごいことがおこっちゃうんだよ。自覚ある?」

「あまりないなぁ」


どうして僕がこのような会話をしているのか不思議であろう。

僕も不思議だ。

しかし、こうなっているのだから仕方がない。

こうなった理由を一から説明するとするならば、どこまで戻ればよいのだろうか。

まずは、あの天使の櫛事件から始まることになるのか。

そう、あれは春休みのこと。

二か月前の、まだ僕が一年生で春休みを過ごしていた時のことだ。


   ○


ある晴れた日の午後、僕は頭がおかしくなっていた。

本当だ。

景色がぐにゃりと曲がり、まるで町がスライムで出来ているかのようだった。

テレビをつければ訳の分からないニュースがやっている。


『今、世界中で天使の暴走が起こっています。原因は依然として不明――』


なんだ、天使の暴走って?

訳が分からない僕は外へと飛び出したのだった。

走っても、走っても足が地面に沈んで進まない。

どういうことだよ、これは。


「それはね、君がこの環境に適応できていないということさ」

「だれ?」


僕はつぶやく。


「私かい? 私はただのホームレスだよ」


横を向くとタキシードを着た男が立っていた。

とてもホームレスには見えない。


「いや、私はホームレスだよ」

「心を読まれている」

「そうさ。私は他人の心が読めるのさ。けどね、今はそんなことはどうだっていいことだ。重要なのは君に使命があることなのさ」

「使命?」

「そう、大切な大切な使命なのだよ」

「なんじゃそら」

「世界中で天使が暴れているのは、君はテレビを通じて知っているだろう?」

「あんなの、おかしい。きっと僕の頭が壊れてしまったんだ。この町の風景もそうだ。ぐちゃぐちゃで気味が悪い」

「大丈夫。次第に慣れてくるはずだ。その変化の途中だからこそ、君はその素晴らしい景色を見ることが出来ているのだよ」

「すばらしい? これが?」

「あぁ、そうさ。夢と現を行きかう人間特有の現象さ。皆最初は戸惑うが、やがて落ち着きを取り戻していく。景色も元通りになるよ。保証する」

「そうだといいけど……」


僕は半信半疑だった。

ホームレスと名乗る男は僕の心配をよそに、上機嫌だ。


「で、あるからして君には使命があると言ったろう?」

「言ってましたね。なんなんですか、それは?」

「天使の櫛を取り戻してきて欲しいんだ」

「天使の櫛?」

「あぁ、そうなのだよ。天使の櫛が無くなってしまったから天使たちは暴れているのだ。それをなだめるためには返してやればいい」

「いや、話がよく分からないのですが」

「分からずとも良い! とにかく、君の使命として櫛を取り戻してくるんだ。ほら、行け。仲間もこの先で待っているから」

「仲間って……」


僕が聞こうとするとタキシードのホームレスは消えていた。

仕方ない。

僕は歩くことにした。

仲間とやらに合うために。

進むのだ、この異次元を。

グラグラと視界が揺れ、焦点は定まらない。

熱に浮かされたように僕は歩いた。

どれくらい歩いたかというと、どれくらい歩いたのだろう。

とにかくわかることは、アスファルトの地面がぽよんとしていることだけだ。

ぽよん、ぽよん、ぽよん。

そして彼女は突如現れたのだった。


「や! 君が天使の櫛を一緒に探すお仲間だね! よろしく……って。ハルじゃん」

「なんだ、エミか」


髪の長い、ヒマワリのような笑顔のエミが立っていた。

言い忘れていたが、僕とエミは幼馴染である。

家は近くないが、幼稚園から高校まで同じなのだ。


「天使の櫛って意味わからないと思わないか?」

「いいや、私は分かるよ。大事な物なんだよ、天使たちにとってはさ。だから、探してあげよう?」

「どうやって?」

「う~ん、それは今から考える!」

エミはニッと笑った。

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