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第一章 第八幕

ボクのママは元勇者


「あ」

「あ」

 出会い頭に俺もジェリも同じ呟きを漏らした。

 家を出てほんの一分足らずの路上だ。

 俺はブラック司祭と一緒である。

 ジェリは制服ではない、セーターとショーパンの私服姿だった。

 そういえば今日は学校はない、世間での休日なことを思い出す。

 学校へ行かなくなるとこのへんを忘れそうになるな。

「ちょっとあんた、どうしたのよ、司祭しさいさんと一緒なんて」

「うっせえな、お前にゃ関係ねえだろ、あっちいってろ」

「なによその言い方!」

 口うるさいおばはんみたいに好奇心だかなんだかを湧き上がらせたのか、早速近づいてきてあれこれ詮索する幼馴染。

 俺は、しっしっ、と手を振って構うなとアピールするが、余計煽ってしまったらしく、またいつものようにむきーとなるジェリ。

 いつものやりとりを前に、ブラック司祭は苦笑いしていた。

「やあ、おはようジェリ。相変わらず、ダイチと仲がいいね」

「そ、そんなことは……すいません、あの、ダイチにどういう御用なんですか司祭様パードレ。ダイチがまたなにかやらかしましたか」

 仲がいいと言われ、どういうわけか赤くなって視線を泳がせるジェリ、ついでにまた俺に失礼な感じの発言をかます。

 またとはなんじゃい!

 いや、たしかに禁足地の森に入ったけどね!

 そこは否定できない!

「そういうことじゃないんだ。ただ、彼に話しておきたいことがあってね、教会に行くところなんだ」

「お話?」

「例のご婦人についてだよ」

「マリエルさん、ですか」

 そのことに話が及び、ジェリがなにか問いたげな視線を、俺によこす。

 もしかすると、こいつ俺のうちに来るところだったのかもしれない。

 昨日の件について。

 そう、マリエルさんが、どでかい魔獣を容易くぶち殺して撃退してしまった件だ。

 今はもう、この街の人間全員が知っているだろう。

 俺が司祭に連れられて、教会に向かっているのも、彼女の件についてである。

 司祭は、彼女のことについて、俺に伝えたいことがあるというのだ。

 マリエルさんと一緒に聞いたほうがいいのではと思ったが、司祭は、俺だけ教会に来て欲しいと言った。

 マリエルさんは、今、俺のうちで留守番してもらっている。

 んで、先ほどの通り、俺と司祭が教会へ行く道すがら、このツインテチビ(まあ俺もチビなんだがな!)と遭遇してしまったわけだ。

「そういえば、君も彼女とは出会っているんだったね。彼女をダイチが発見した日に」

「はい」

 うむ、あの時はこいつに助けられちまったな、そこは否定できん、ありがとう。

 近頃生意気にでかくなった胸を張るように頷くジェリ。

 すると司祭はとんでもないことを言った。

「よければ、君も来るかね」

「え!? い、いいんですか」

「ああ。彼女とも面識があるし、なにより、ダイチとも仲が深いしね」

「仲が深いなんて、そんな」

 かあ、と赤くなり、視線を逸らすジェリ。

 ん? 今赤くなるところか? 俺は疑問に感じつつ、まあどうでもいいか、と流す。

 たしかにどんな話をされるかわからん以上、意外としっかりしたこいつが一緒にいてくれるのは、ちとありがたい。

「では、お言葉に甘えて」

 かくしてこやつも一緒に来ることになった。

 司祭の後について、俺と並んで歩く。

「ダイチ、昨日は、その……どうだったのよ、大丈夫なの? 魔物に襲われたって」

「ん? ああ、まあな。無事、だったよ。見ての通り」

 やはり、昨日のことが気になっているらしく、小声で聞いてくる。

 俺にもどう言えばいいかわからん。

 むしろ、俺のほうこそ教えてほしいことだらけだ。

 マリエルさんは、いったい誰なのか、どこから来たのか、何者なのか。

「とにかく、まずは司祭の話聞いてからにしようぜ」

「うん……そうね」

 と、俺とジェリは、そのまま黙って教会まで向かった。


 通されたのは、教会の中の、司祭の執務室だった。

 自分のデスクに腰掛けた司祭の前に、手頃な椅子二つを並べて、俺とジェリも座る。

「さて、まず、どこから話そうかな。意外と話すことも多く、長いからね……」

 司祭は手をデスクの上に置き、視線を彷徨わせる。

 やがて、最初にまず、切り出した。

「とにかく、結論から先に言おう。彼女……マリエル・シモノフは、今から四〇年近く前に失踪した方だ。本来なら七〇代以上になる年だろう。おそらく、あの容姿からして、当時からずっと件の砦で、凍りついていたのだと思う」

 驚くべき、事実だった。

 俺もジェリも目を丸くし、顔を見合わせてびっくりする。

 なるほど、どおりで雷管仕様の銃を知らないわけだ。

 だが俺が注目したのは、もう一点。

「司祭。なんか、マリエルさんのこと知ってるみたいな口ぶりじゃないっすか」

「ああ、私は彼女に出会ったことがあるよ」

「ほんとっすか! じゃあ、あのひとの故郷や家族のことも分かんですね!?」

 俺が喜色満面にして声を上げると、しかし、逆に、司祭はどこか顔を曇らせた。

「知ってるよ。たぶん、彼女については、多少詳しくね」

 一瞬間を置いて、司祭は言った。

「彼女は。勇者だ。かつてこの世界を邪悪なる魔軍より救った、あの英雄だ」

 と。


第一章 第八幕 【失われた過去ときを求めて】


 君たちも、授業で聞いたことがあるかな。

 勇者とその仲間たちが、数十年前魔王と戦い、世界に平和をもたらしたという話を。

「はい、でも、名前が違いませんか? たしか勇者の名前はウル・ドラグノフと記憶しています」

 さすがジェリ、きちんと授業の内容を覚えているようだね。

 それは彼女の旧姓だ。

 マリエル・ウル・ドラグノフ。

 マリエル・シモノフは後の名で、魔王を滅ぼしてから変わった。

 マリエルという名も、わけあって歴史の書物から消えている。

「わけ?」

「なんすか」

 それも、後に別に語ろう。

 まず、彼女が産まれる前のことから説明しようか、もしかすると、これも魔王討伐のくだりで、歴史で習ったかもしれないが。

 

 一体いつから、ひとの世と、神々の住む天界、魔物の統べる魔界とが、部分的に交わるようになったか、これは定かではない。

 この世界に魔物が現出する中心地であった、暗黒大陸の【地獄門ヘルズゲート】と、地中海に在る神聖の城に建てられた【天国門ヘブンズゲート】これらを中心に、魔と聖は地上に訪れる。

 均衡は、魔界に優勢だった、一〇〇年ほど前に遡る。

 神々は憂慮した、このままでは、ひとの世界を始め、自分たち神の世界までも、侵略されるのではないかと。

 天神ドライゼ様はひとつの秘策を打ち出した。

 魔王を滅ぼすべく、最強の人間を、勇者を生み出し、希望を託そうと。

 選ばれたのは、母胎だ。

 当時の十字教会に属する神託の巫女、知っているかな。

「はい、勇者様を産んだのが巫女というのは」

「ああ、俺も聞いてるな」

 では、その産ませる方法は、どうかな。

「それは、わかりません。歴史書でも書いてなかったと想います」

 ああ、子供にあまり話す内容でないしね。

 少し言いづらいんだが、神々が巫女に子を宿す方法というのは、特殊だったんだ。

「つうと?」

 まず、選ばれた勇者の母胎の巫女は、既に夫との子を宿していたんだ。

 御使いの天使に、魔を払うべく勇者を産んで欲しいと乞われた巫女は、受け入れた。

 そして……彼女は神々に抱かれたんだ。

「だ、だ、抱かれたって」

「……(ゴクッ」

 既に宿したはらの子を、ひとを超えたひとにする為に、夜毎様々な神が巫女の寝所に訪れ、彼女を抱いた……つまり、関係したんだ。

 子供に教えていいことではないし、勇者の神聖を貶めるとして、これは一部のものにしか伝えられていないが、事実だ。

 夫、つまり、勇者様の父はそのことに耐えられず、産まれる前に巫女の元から去ったらしい。

 勇者様は、ご自身の過去、生い立ちについて、あまり語りたがらなかったのも、無理はなかった。

 彼女は、父母や家族というものに、悲しみと、幸せな一家という姿に、憧憬を覚えていたようだったよ。

「そうなんすか……」

 ああ。

 そして、だ。

 彼女は、神々の期待通りの子として産まれ、育った。

 彼女の髪が桃色なのは、そのせいだ。

 知っているかな? 古代東洋に、桃より産まれ、鬼神を滅した英雄の伝説というのがあるんだが。

「桃、って、つまりめっちゃ小さいひとだったんすか」

 いや、なんでも、一抱えある大きさの桃が清流より下り、その中に赤ん坊が入っていたそうだ、サイズは普通の人間通りだったそうだ。

「へえ」

 桃は古来から神々の食す果実であり、また、神仙はその神通力で、万病に効く霊薬となる果実も作った、それが『仙桃』であり、勇者マリエルは、仙桃の精の加護を賜って、産まれたんだ。

 ゆえに彼女は生来、生命力が強く、清く美しく、他者にまで癒やしの効果を発揮し得る。

「あー、だから」

「心当たりあるの?」

「あ、うん、まあな(キスされて怪我が治ったなんていえねえ」

「顔赤いわよ、どうしたのよ」

「っせえ、あ、すんません司祭さま、先いっちゃってください」

 ああ。

 父親もなく、勇者様はそれなりに、複雑な環境で育ちながらも、力を与え給うた神々の期待のままに、健やかに育ち、やがて成長すると、聖都の教会騎士団本部へと入団した。

 そこで退魔の技を磨いたんだ、剣術、魔法術、その他様々な知識をね。

 彼女が一六歳になったとき、対に魔王軍の勢力は聖都近郊にまで近づき……

「知ってます! そこで初めて彼女が勇者として立ったんですよね!」

 そうだよ。

 勇者にしか抜けぬとされ、騎士団本部、教会大聖堂の大理石の床に埋まっていた、神の剣を抜いてね。

 天なる神、ドライゼ様が正義と清めの雷雲の神通力を込めて鍛えた、天剣『宮毘羅くびら』。

 黄泉なる神、閻魔やまが裁きの怒り冥府の魔力で打った、獄剣ごっけん破沙羅ばさら』。

 何人もの人間が、昔から抜こうと試み、しかし誰もできなかった、選ばれた天の勇者にしか抜けない剣だった。

 勇者様はこれを抜き、仲間と共に魔王の軍勢と戦ったんだ。

「聖騎士、魔道士、大天使、武闘家、ですね」

「だったっけ」

「そうよ、あんたちゃんと授業聞いてなかったの」

「ん、わすれた……」

「もう!」

 はは、まあ、そう言わないでジェリ。

 ともかく、正解だ、その通り。

 聖騎士、レイモンド・ウィンチェスター卿、教会では彼こそが勇者として、二剣を抜くのではないかと言われていた方で、勇者マリエル様と共に騎士団で腕を磨いた御仁だ。

 我々教会の今のトップで、大騎士団長として聖都で今も辣腕を振るっておられる。

 武闘家、リュウ・チャーファイ和尚、退魔の聖堂、白煉寺びゃくれんじ白煉僧びゃくれんそうで、自在に変形する宝具の棍棒と、卓越した武術の功夫クンフー、魔を払う法力を極めた方で、今では白煉寺本堂で門下生を鍛えておられる。

 大天使、ウェブリー様、天界よりマリエル様や我々人間を助ける為降臨された、聖なる御使い、彼女の清めと癒やしに、どれだけの人間が救われ、そして、旅の一行が助けられたか……

 魔道士、ダネル様、大導師の名を天上天下に響かせ、ありとあらゆる魔道の術を極め、曰く、その術は天の神にも届くと謳われた方だ。

「最後のお二人は、たしか」

 旅の終幕、悪の魔王、ショーシャとの決戦で、亡くなられた……ウェブリー様とダネル様は、尊い犠牲となられてね。

 お二人の顔は、今も忘れていない。

「あの、司祭様、そういえば勇者……マリエルさんとも、面識あるって。もしかして」

 私は、伝説の一行に付き従い、随伴した騎士隊のひとりだったんだよ。

 当時の私はまだ駆け出しの騎士で、青二才もいいところだったがね、懐かしいよ。

 死に物狂いで雑兵の軍勢と剣戟や魔法を交わして、幾度命を失うと思ったことか。

「本当ですか!? 知りませんでした」

 随分昔のことだし、私もあまり口にしたことがないからね、無理もないさ。

 過酷な旅をなんとか生き延び、こうして今も生きていることは、神の奇跡か、ただの偶然か。

 我々、騎士隊と勇者様方は、暗黒大陸にまで渡り、かの地にあった、地獄門ヘルズゲートに至った。

 この世で最も大きな岩の上にそびえる、魔王城に、それはあった。

 当然、魔王と共にね。

 最後の戦いの場は、勇者様たちしか目にしていない。

 あまりの凄まじさに、近づくこともできなかったよ、我々、ただの人間には。

 大天使様、魔道士様、おふたりの尊い命を犠牲にしながらも、勇者様は神の二剣にて、魔王を斃された。

 長い月日を、人間世界に混沌と死、破壊を振り撒いた、悪の王の最期。

 戦いの終結は今から五〇年以上前だ。

 ここまでは、ふたりも知っているだろう。

「はい」

「ええ」

 そして、ここ『まで』しか、知らないだろう。

「……」

「……」

 それ以降のことについて、記した書物はほぼない。

 勇者様の伝説と偉業は、魔王を斃し、世界を平和にしたところで終わっている。

 当然、真実には続きがある。

 魔王を討ち、聖都に凱旋された勇者様は、あらゆる祝福と賛辞を以て出迎えられた。

 私も帰還した一団の居た、今も覚えているよ……街を彩り満たす、喜びを、ひとびとの熱狂を。

 亡くなられた大天使様、大導師様がたを弔い、そして、王より直々の褒賞を与えられるに至った。

 あらゆるものが彼女に与えられる『はず』だった。

 山のような財宝、爵位、土地、民、そして、知っての通り、彼女はあの通りの美貌だ、王侯貴族の若い諸氏の嫁にという、縁談の話まで。

 だがね、彼女は、その全てを断ったんだ。

 祝いの宴の席で、彼女は恥ずかしそうに言った。

 求めていたのはたったひとつなんだ。

「なんです?」

 故郷に待たせている、想い人と、一緒になり、ただ静かに暮らしたいと、言ったんだ。

 彼女は、産まれ故郷の村にね、想い合っている幼馴染がいたんだ。

「お、幼馴染ですか!? それで、け、結婚されたんですか!?」

 ああ、そうだよジェリ。

 名をクロード・シモノフ氏と言われた。

 私も会ったよ、というか、なんと私がお二人の婚儀を取り持つ役を承ったんだ、もう当時司祭として務めをしていたからね、旅で一緒に苦難を乗り越えた仲間のひとりとして、お願いしたいと、あの方に頼まれたんだ。

「そうなんですか……幼馴染と、結婚」

「お前なんか妙にそこに興奮してんな、どうした」

「な、なんでもないわよ! いいでしょ、ほっといて!」

「ふーん」

 話を続けよう。

 そうしてお二人は結ばれ、勇者マリエル・ウル・ドラグノフは、マリエル・シモノフとなった。

 もう、勇者ではなく、彼女はただの人妻になり、故郷の田舎で、雑貨屋を営んで。

 褒美も財も、栄華も、なにもいらなかった、彼女らしいよ。

 ただ静かに、平和に、大切なひとと暮らしたかったんだ。

 お二人のお姿を、今も忘れられない。

 式を終えて、嬉し涙を浮かべる勇者様は、幸せそのものだった。

 しばらくして、お子さんが産まれたと聞いた、一度お会いしたことがある、イーライ・シモノフくんだ。

「で、俺に似てたんですか」

 そうだね、目元は少し似ているかもしれないし、髪の色も瓜二つだが、やはり別人だ。

 兄弟と言われれば、そう信じてしまうかもしれないが、それくらいだよ。

「旦那さんとお子さんは、どうしたんすか。お子さんならまだ生きてんじゃないすか」

 ……


 ――私は、私は黙った。

 ――ここから先を、言わねばならない。

 ――この言葉、この記憶。

 ――胸の奥に痛苦が満ちるのを、感じた。

 ――だが、沈黙は許されないだろう。

 ――静かに、口を開いた。


 ふたりとも、聞いて欲しい。

 本当の話は、ここからだ。

 彼女の過去の終わりの始まりを。

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