第一章 第三幕
ボクのママは元勇者
俺は行く、森を行く。
住んでいる街から、半日以上歩いた先だ、それでも、まだ途中だ。
丘に上がり、見下ろせば、白亜の幾何学的な巨城の連なりが見える。
この間、レーザートリケラトプスに追い掛け回された、超古代文明の遺跡だ。
その向こうに、さらに鬱蒼と茂った、濃い森がある。
濃いというのは、単に気が深く茂っているだけではない、くゆる霧でもなく、大気に満ちる魔素のかもしだす、普通生物を威圧する、魔物の気配だ。
禁足地、過去の魔族との戦争で生じた、やばい場所だ。
そこに、お宝がある。
俺は、そいつをいただきに行く。
目的も行動もシンプルだが、その行程は言わずもがな危険に満ちてる。
だが、男っつうのは、そういうスリルに生きてこそ、じゃねえか?
ぶるっとくる、武者震いだ。
俺は荷を背負い直し、銃を検める。
この日のために用意した、六連式の先込めリボルバー小銃だ。
都の正規兵にだって、構造が複雑で量産に不向き、高価という理由で、大量配備されていない新型だ。
円筒形の弾倉に弾を込めて使う、六連発の弾倉は、交換用に擦り合わせたやつを五つ用意した、その気になれば装填済みのものと合わせて、六×六=三六発の弾幕になる計算だ。
以前から使っていた単発式小銃じゃ真似できねえ、おまけに、威力のほうも、線状銃身のおかげで強い。
頼もしい冒険の相棒だ。
俺は魔法ができない、いや、正確にいえば、不得手だ、術を編むのが苦手だ。
遠距離攻撃の手段をこうして道具で補うしかない。
弓という選択肢もあるんだが、あれは使うのに筋力がけっこういるし、クロスボウと比較するなら、銃のほうが威力と敵への威圧になる、知恵の回る魔物だと硝薬の臭いだけで避けて通っていくことがある。
銃声も、同じく。
こいつと爺ちゃんの形見の刀、用意した魔導呪符がありゃあ、へへ……一四のガキでも、いい感じじゃあねえの? え? どうでえ。
ひい……ひい、疲れる、はひい……やっぱ禁足地の森っぱねえわ。
あれからこの森に進んで数時間、魔物がけっこう襲って……っぶねー! おら! 死ねや!
銃を構え、撃鉄を起こし、撃つ、初めてのリボルバー式だが扱い方は心得てる。
狙い過たず、草陰から飛び出してきた胴回り五〇センチはあろうかという二首妖蛇の頭に、ご丁寧に二発ぶち込んで吹っ飛ばす。
こいつらは一噛みでまっとうな人間は即死するうえに、二つの首を破壊しない限り、片方残ってりゃ生きて襲ってくる厄介な連中だ、しかも、首が片方残ってりゃ、またしばらくすると潰れた首も再生するってんだから始末におえねえ。
ちなみに、森に入ってからもう四匹目の登場だ……泣けるぜ。
この間以上に厳しい道程だ、あのときゃ運が良かったんだと痛感する。
「弾足りっかねえ、いい加減温存しといたほうがいいかな」
俺はすかさず腰のサイドパックから、あらかじめ用意しといた雷管を後ろから嵌め、次に予備の弾を、黒色火薬と一緒に弾倉に詰め、一発ずつリローディングレバーで押し込み、弾倉の前孔を連鎖点火防止のために、グリスを塗る。
実に面倒だ、とてもじゃないが戦闘中にはそうそうできない装填だが、仕方ない。
予備の弾倉は温存してるからな。
刀で斬りこんだほうがいい気もするが、先になにが待ち受けてるかもしれねえ、体力の配分も考えにゃなあ。
魔法が使えりゃ、ほんと、上手く使えりゃあなあ、非才の我が身が悔やまれる。
へえこらひいこら、俺は険しい道を往き、ようやく目当ての、あの魔族遺跡に到達した。
相変わらず禍々しい意匠をしていて、不気味この上ねえ。
うひー! おっかね! またあの主が出て来るかもしれないと思うと怖くてしょうがねえぜ!
俺は物陰からひょいと顔を出し、遺跡の中を窺う。
右、よし。
左、よし。
前、よし。
上、よし。
あの主がやばいのか、小物の魔物もいやしねえ、鬼のいぬ間に、ってな、俺はこそこそと、前より余計に回り込みながら砦の中へ進んでいく。
崩れた城壁が滅びの景観を作る、内側、砦の中央の庭部分に、そいつは、あれは鎮座していた。
改めて近づいて、見上げ、俺は思わず口笛を吹きたくなった。
「こいつぁ、すげえ。とんでもねえぜ、ハレルーヤ」
むかし爺ちゃんから聞いたことのある、どこか遠い国の神への祈りを口走り、俺は身震いした。
地面からてっぺんまで、軽く四メートルくらいはあるんじゃないか、横幅も三メートルはたっぷりある。
太陽の光を受け、見る方向によって色彩が紫にも赤にも、青にも変化する、宝石……いや、魔力を感じる、魔石? 霊石? とにかく不可思議な物質だ、魔導術の媒体にもなるだろう。
これだけのサイズだと全部売ればどれだけの値段になるか想像もできねえ、っていうか俺ひとりじゃ運べねえ。
まあ、いい、それは方法を考えてある。
「しかし、この中のこれなんだぁ?」
俺はふむん? と首を傾げ、どでかい霊石結晶を覗き込む。
遠景で見た時は反射する輝きで分からなかったんだが、近くで見れば、この結晶の中には、でかい十字架型の、色の濃い部分があるのだ。
そこだけ半透明というか、色が濃すぎて、透き通ってはいない、より魔力の濃い部分が結晶化してるんだろうか。
まあ、いいさ。
俺はとにかく、手早く事態を片付けるべく、作業を開始した。
いっぺん始めたら、きっとあの主が来る、そしたら一目散に逃げないといけない、命がけなのだ。
俺が出したのは、今回の装備でもとりわけ銭のかかった代物。
高威力の爆裂術式札と、固形化ニトログリセリンの爆薬だ。
そう、俺は、このでかい宝石を爆破するつもりだ。
全部持って帰りたいところだが、不可能だ、となりゃ、持ち運べるサイズにすりゃあいいだけの話よ。
もったいねえが、仕方ねえ。
でも、一抱えあるサイズだって物凄い額になる、十分さ。
いそいそと爆破準備を整え、離れる。
点火装置は実に簡単、くくりつけた導火線だ。
ではいきます、いち、に、あ! やべ、もうつけちゃった! ひ! か、かくれ……
うぼぁああああ! ひ、ひい……すげ、耳きーんって……死ぬかと思った……うわ、すっげ、でかいあの塊がバラバラだ、早く回収しねえと。
えっちらおっちら衝撃と音にふらつきながら、俺は白煙の渦巻く中へ進み、そこで、硬直した。
破砕された巨大霊石の中の、あの、十字架。
それは砕けず、陽の光を浴び、キラキラと輝いて、どこか厳かに屹立していた。
十字架が、やがて、音もなく溶けていく。
そう、溶けたんだ、外気を浴び、まるで氷が素早く溶解するように、
そして、それが現れた――『彼女』が現れた。
「あっ」
思わず声が出た、ため息だ。
ふわりとなにかが舞う、髪だ。
綺麗な桃色をした、長い髪。
長身だ、俺よりずっとたっぱがある。
体つきは……ものすごかった、それ以上に言葉がでないくらいとんでもなかった、ジェリの胸を見て豊かになったと思った認識が、まるきり消し飛ぶくらいの凄さだ。
服装というと、すらりとした手足には、薄手だが手甲と脚甲があり、んで……いや、悩ましいんだが……胸元と太腿の肌が見える、色っぽさと、同時に、動きやすさや軽やかさを感じるもので。
肌は雪だった、誰も踏み込むことを許されず、穢していない新雪の白雪だ。
嗚呼、くそ……細い首のうえにある顔を見て、俺は後悔さえしたよ。
見なきゃよかった。
そのひとの顔を、見ちまった。
もう一生俺はほかのどんな美人の顔を拝んでも、それ以上のときめきを覚えられないんじゃないのか。
とんでもない美人だった、天上の美と愛の女神様が見りゃ、嫉妬のあまり世界中の鏡を砕いて回るぜ。
目を閉じた、祈りを捧げる神の御使いのような顔、長い睫毛の下で結ばれていた目が、少しずつ、開かれていく。
「……っ」
言葉も出なかったぜ。
瞳は黄金の輝きだった、本物の純金が曇った真鍮に見えるくらいの輝きだった。
これは、本当に、現実の光景なのか? 俺は実はさっきの爆破で吹っ飛んで死ぬ最中に、へんてこな幻でも見てるんじゃあねえか?
自分の正気を疑う。
だが、爆破の衝撃でまだ耳はきーんとするし、立ち込める白煙に残る火薬臭も、しっかり感じてる、これは、現実だ。
俺が呆然としていると、霊石に閉じ込められていた美女は、ゆるゆると顔を上げた。
最初はまだ覚醒しきらなかったのか、朧げに太陽と蒼天を見上げ、数呼吸する……うお、すげえ、胸元が、ぱつぱつに……でけえ、でけえ。
健全男子の本能で胸を凝視し、それから顔を見る。
信じ難いほどの美貌を。
彼女も、こっちを見た。
ぼんやりと、目を霞ませ、焦点を結んでいき、俺を認識する。
俺はというと、ぽ~、っと頭がクラクラしてしまった、美人にこんなに見つめられるのなんざ初めてだ、しかも俺は童貞だ、当然だ。
「あ、あの、えーと」
言葉に詰まる。
「は、ハロー。はじめまして。あの、もしかして妖精さんか、女神様でしょうか」
などと出た。
なに言ってんだ。
宝石の中にいた、長身グラマラスの桃髪美女は、ふら、ふらりと、足元にまだ残る宝石の残骸を跨ぎながら、俺に近づいてきた。
「……」
「あの~、言葉通じてないっすか。へぇい? ないすちゅーみーつ、にーはお、ぐーてんたーく? あの、てか逃げないと、ってか、マジやべっすけど、早くしないとあのバケモン来ちゃうし、あの」
昔爺ちゃんから聞いた、どこかの国の異国語を幾つか交えつつ、俺は足元の宝石をひょいと幾つか拾ってカバンに入れながら、見上げた美女から視線を逸らせない。
長身だ、一八〇くらいあるかもしれねえ、くそ……俺も釣り合いのとれるくらいでかけりゃ。
やがて、美女は屈んで、俺の顔を見た。
「~!」
ぎょっとする、こ、ここ、こんな美人のお姉さんと見つめ合うなんて……
澄んだ綺麗な黄金瞳に、俺の顔が映り込む。
とてもじゃないがこの超絶美女と釣り合いそうにない、ブラウンヘアで生意気な一四のガキが、輝く瞳の鏡にいる。
そして、美女は、初めて口をきいた。
「いー、らい?」
「はい?」
手を止め、意味不明の言葉に問いを返す。
だが彼女は俺の言葉なぞ意中になかったらしい。
「イーライ……ああ、イーライ、イーライ! あなた、無事だったのね……イーライ!」
「わひゃあああ!」
素っ頓狂な間抜けな声が出た、俺だ。
当たり前だ。
当たってる。
めちゃ当たってる。
途方もなくどでかい超弩級ふわむちバスト、そう、つまりおっぱいが、むぎゅんむぎゅんと俺の体に前方から押し付けられ押し潰れている。
抱きしめられているのだ。
俺が、美女に、だ。
彼女は泣きながら俺を抱きしめ、意味不明の言葉をさらに連呼した。
「イーライ……よかった……よかった」
「あの、なんすか、誰すかイーライって、俺ダイチっすけど。あの、むね、お、おっぱ、当たって。あの」
「なに言ってるの? ママのこと、忘れちゃったの? 私よ……あなたのママ……マリエルよ」
「は、はぁ~~??」
まじ、わからん、意味が、わからん。
俺の母親は何年も前に親父と一緒に、海運輸送の最中に、船の事故で死んでる、顔もちゃんと覚えてるし、幼いながら葬式に出たのも記憶してる。
断じてこのひとじゃあない。
てか、こんな美女が母親だったら忘れるわけねっつの!
どー考えてもひと違いだ、もしかすると俺がそのご子息のイーライくんに似ているのかもしれねえ。
くぅ~……にしても、この、物凄い、量感……超ハイパーウルトラでかい巨乳……いや、巨乳なんてもんじゃねえ、爆乳だ。
こんなおっぱいからおっぱいを飲んで育てられたら確実にマザコンに育っちまう、そうならなかったことを喜ぶべきかどうか。
「ともかくですね、俺は、その、イーライくんではありません。ダイチ。フドウ・ダイチです。ご理解くださいミス……ミセス、マリエル?」
にしても、桃色の髪、マリエル……どっかで聞いたことがあるようなないような。
俺が否定すると、さて、かの美しい麗人はというと。
「あ、う……ぅう」
綺麗な金色の目に、うるうる涙を溜め、あらゆる男を罪悪感と虜に堕するような泣き顔を作ったのである。
「そんな……イーライ、ママのこと嫌いになっちゃったの? わたしが悪かったから……そんなこと言わないで……」
「~~~!」
ど、どーせいっちゅうねん。
女に泣かれてまったく顔色を変えず冷静に対処できるほど俺も出来てねえ。
しかも相手はとびっきりの美女だ、マダムだ。
そんなひとが如何にもこちらが悪い、意地悪をしているみたいに泣き出してみろ、勝てる男なんかいるわきゃねえ。
そうこうしているうちに、爆破の衝撃で、起きないはずのない相手が起きたみたいだ。
ぶぉおお、と低い、腹の底まで響いてくるいななき、超絶の魔力が燃えるように滾る、敵意、殺意が、空気を揺るがした。
「やっべ!」
俺は見上げた。
砦の中央の尖塔、一体を見渡せる場所は、主の根城に相応しい。
そこの窓が、壁面ごとぶち砕かれた。
階段を降りるだのそういう人間的移動方法に囚われる相手じゃ、ねえわな。
やっこさんが顔を出し、こちらを認識するより先に、俺は思考し決断する。
この美女がどれくらいの間、霊石の中に閉じ込められていたのか知れないが、きっと何年も経っているだろう、覚醒したてで意識が混濁していると判断するのが妥当だ。
押し問答してる暇ぁねえ。
残りの霊石を拾う暇だってねえんだぞ! くそ……もっとたくさん回収したかったのに……でも自分と美女の、マリエルさんの命はもっと大事だ、他は後で回収するってこともできる、命あっての物種。
俺はまず、名残惜しい、本当に、本当に! 名残惜しいが! むにゅんむにゅん当たる爆乳をマリエルさんごと押し離した。
こっちの理屈をまっとうに言って理解できない相手と会話するときは、どうする? 決まってる。
相手に合わせるのだ。
「わかったよ『ママ』! いいからここは俺の言うこと聞いてくれ! OK? とにかく、走る、ワカッタ? ココ、ニゲル、アブナイ、レッツダッシュ」
「え、でも……そんな、私」
「ママ!」
「わかったわ、あなたがそう言うなら……うん」
俺が彼女の言うことを認めたのが、得心いったのか、彼女は素直に頷いてくれた。
にっこりと、笑って。
うはぁ……くそ、美女ってのは、笑うととんでもねえ、優しい微笑なんざ破壊兵器だぜ。
これで母親っつんだから、人妻なんだよなあ。
旦那さんが羨ましいよ。
一四の思春期のガキには刺激が強すぎらあ。
ともかく! 俺は彼女の手を取り、一目散に走り出した。
当然、爆破と、熱源・魔力のデコイ魔術札をばら撒いて、主を撹乱するのも忘れない。
頼むから上手くいってくれよ。
退屈。
暇。
長い、長い年月の間、ひたすらに、そのふたつの、想像を絶する苦痛に、耐え忍ぶ日々だった。
まだ百年も経っていないと考えると、気が遠くなる。
老化という下等生物どもの死の概念を受け付けない、上位魔族種と産まれたことさえ、今では苦難のひとつであった。
この、大公と呼ばれし我が、魔界の上位爵位級魔族である、我が、かくも惨めな、番卒の苦行をするはめになるとは。
つくづく、人界魔界、浮世のままならなさを痛感する思いであった。
かつて我が身は、魔界上位種として、戦鎚を振るう戦手筋のみならず、一級の文化の嗜みにも秀でたものだ。
満月の大夜会、生贄の乙女の鮮血美酒の肴に郎じたる詩など、かの魔王ショーシャ様をして、天界にも並ぶものなしと謳われたものよ……
懐かしき、悠久なる栄華。
それもこれも、全て戦にて潰えた。
たかだか人間、なにするものぞ。
そう侮った己等を、砕いてやりたい。
勇者。
おお! そうだとも! 勇者! 彼奴めが……我ら魔軍を破りし神仙の傀儡めが!
大敗。
そして、敗北ののちの反撃の鬼手により、一度は勝利を再び願いしも、結局、こうなってしまった。
魔軍は散り散りとなり、我が身はこうして、うらぶれた廃墟の主として『あれ』を守護せねばならぬ。
あの日から何年経った。
この日より何年待つか。
長い月日が記憶を摩耗し、日々の一秒一秒が心を削る。
無聊の慰みといえば、たまに迷い込む人間を囚え、責め嬲って遊ぶくらいだ。
あやつらの体は泥人形の如く脆い、千切り、砕き、裂き、犯し、まあ、死ぬまでに保てば数日は遊べる。
あとは、眠ることくらいだ。
眠りの世界においては、夢の中では、まだ大公は大公として、過去の栄華を味わえるのだ。
それが、仇となった。
爆音、衝撃。
寝床より跳ね起きる。
窓外を見やれば、濛々と立ち込める煙。
なんという……なんということだ! 『あれ』が目覚めたのか!?
もしそうならば、一刻も早く抹殺せねばならぬ。
「来たれ、豪炎なりし粉砕の戦槌、我が半身。グレゴリウスよ!」
呼び、来るべし、我が愛器。
炎獄の支配者たる宝具は速やかに顕現した。
そして、我は振るう。
壁に当てれば、分厚い戦用装甲の壁面など焼き菓子も同然。
木っ端と微塵にして、顔を出す。
おぞましきものを、見た。
『あれ』を閉じ込めた霊石封印結晶が、砕けていたのだ。
もしや、自力で脱出してのけたのか。
一も二もなく我は跳躍し、遥か百メートルの距離を瞬間に詰め、結晶の傍に着地する。
既に獄炎を全身に纏い、殺戮の体勢は整えている。
だが、そこに影は、気配さえなかった。
なにもない。
ただ結晶は砕かれ、中にあった『あれ』も、いない。
瞬時に、空気中に漂う火薬臭を嗅ぐ。
「なるほど……ひとか」
彼奴では、ない。
誰か第三者が、硝薬の類を用いて粉砕したのだ。
呪縛解除の術式には強固であったが、単純な物理破壊にはそこまでの強度のないのが災いした。
仕方がない『あれ』を封じるにはそれしかなかったのだ。
そうと分かれば、事態はまだ、我の手に収まる。
術を解いたのでなく、結晶を破壊して出しただけならば『あれ』はまだ完全覚醒できまい。
そのうちならば……まだ殺せる。
滅せる。
我を、侮るなよ、人間ども、毛無しの類人猿風情が、魔界の爵位級を。
「我、魔界炎獄大公ゾブロの名において命じる。我が眷属、使い魔共よ。今こそ我が元に集い、盟約に従うべし」
遥か次元を隔てし魔界より、召喚せしは我が下僕共。
人間が如き下等生物ならば複雑な術を用いようが、我は呼吸の如く呼び寄せる。
我と遠縁の血筋にある、巨躯の牛魔たちが、その場に馳せ参じた。
一〇騎。
これだけあれば、ひとの街程度数刻で塵芥と帰せるであろう。
「主よ、幾久しく」
「お健やかのようで。幸いにございます」
「口舌に用無し。『あれ』を逃した。我が恥よ。血族よ、うぬらの手を借りるぞ」
「御意!」
「おまかせくだいませ。ゾブロ大公。炎獄の使徒の働き、下等なる人間どもに見せてやりましょうぞ」
「頼もしき奴らよ。では、ゆくぞ!」
雄叫びを上げ、我らは追跡を開始した。
待っておれよ……下賤なる匹夫めが。
炎獄の戦士、牛魔ゾブロ大公の戦火、再び人界を焼いて、目にもの見せようぞ。
第一章 第三幕 【俺のママはおっぱいがでかい】




