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第一章 第二幕

ボクのママは元勇者


 朝、起きる。

 便所に、入る。

 うんこを、する。

 ぶり、ぶりぶり、ぶりりっ。

 どんな朝でも、うんこは、出る。

 じじいの葬式の翌日でも、うんこは、出る。

「ふー、でたでた」

 便所を流し、めしを食う、パン、肉、湯で戻した乾燥保存スープ、ミルク。

 いつもふたり分作っていたのでついそうしそうになる。

 めしを食い終えると、ああ、あの爺さんは死んだのか、と実感する。

 不思議とそこまで悲しくはなかった、そろそろ長くはないかと想っていた。

 フドウ・タイチ、享年八〇、生国明らかならず、俺の師でありくそ厄介な介護老人だった。

 嗚呼、目を眇めれば思い返す、爺さんとの日々よ……


『ダイチー! ダイチー! 外に怖いやつらがおるんじゃー! ダイチー! なんとかしとくれー!』

『借金の返済っつってんだけど。なあ爺ちゃん、正直に答えてくれ、また賭場行ったの? 女郎買ったの?』

『わから~ん、わし痴呆でなにもわからんのじゃ~。ダイチー! なんとかしとくれー! おまえの稼いだ金で、お前の稼いだ金で!』


『ダイチー! ダイチー! プリンがないんじゃ~! 食べようと想ったのにないんじゃ~!』

『うん、そうだね、ないね、あんたが全部食ったからね、俺の分も』

『また買ってくればいいんじゃ~! お前が~! 買ってきとくれ~!』


『ダイチー! ダイチー!(以下略』


 あ、やっべ、思い出したらまたむかついてきた、生き返ってくんないかな、もっかい殺すんで。

 なんて阿呆なこと考えてる場合じゃねえ。

 飯の後片付けをして、俺はその日の予定を開始した。

 昨日のうちに公共処理場に連絡しておいたので、馬車はもう外に待っていた。

 布団だのなんだのの、爺さんの使用品のうち、使いようのないもんを引き取ってもらう。

 葬式の後も色々あるのだ、ひとが死ぬってえのは面倒事も多いんだと実感する。

 残りの遺品もあれこれ整理しなきゃなんねえ。

 ボロイが、ふたり暮らしだと思いの外広く感じる我が家、寝室などの居住スペースから始まり、屋根裏の物置まで俺は整理しだした。

 エロ本、エロ本、どこの国のかよくわかんねえ硬貨とお札、エロ本、剣、期限切れてそうな薬、エロ本、銃の弾薬ツール、エロ本。

 じじいいいい! エロ本多すぎるよ! ありがとう!

 一気に死んだ爺ちゃんへの愛情が深くなった……ぐすん、なんで死んじゃったのおじいちゃん……寂しいよう。

 ぺらりとめくった妙に薄いが戯画的によく女体美を表出した画力の高いエロ本をぺろぺろめくり、そっと箱にしまっていく俺。

 そのときであった。

 俺は背筋に感じた気配に瞬時に反応し、エロ本をきっちり仕舞い、他の遺品に向き合った。

「おじゃましまーす。ちょっと、ダイチ、いる?」

 おーっと、可愛い声に騙されちゃいけねえ、首を傾げてうちにあがりこんでくる姿にも、だ。

 そいつはなんの気兼ねもなく、我が家の敷居をまたいできた。

 なにせ、産まれたときからご近所だ学友だ腐れ縁だと育った仲だからな。

「んだよ、ジェリ、勝手に入ってくんじゃねえよ」

「なによその言い方! せっかく手伝いに来てあげたのに!」

 ぷんすこすこと怒り、不法侵入を棚上げしてツインテヘアーを怒髪天させるマセガキ。

 いや、俺と同い年だからガキは俺も同じなんであるが。

 ジェリという、ジェリ・ウズィール、前言通り俺の腐れ縁の幼馴染だ。

 学費滞納で俺が無期休学しなけりゃ、今でも同級生という立ち位置だったろう。

 如何せんうちは爺のこさえた借金やらで金がないのだ、でなけりゃガキンチョの俺があくせく危険なヤマで稼いだりはしねえ。

 などと考えていると、ジェリのやつはとてとて勝手に歩き回り、屋根裏に転がるガラクタの片付けを始めた。

 さっきエロ本を仕舞ったのはそのためだ、こやつ、あんなもん見た日にゃ捨てかねねえ……あんな貴重なお宝捨てられてたまっかっての。

「なによ」

 じっと見ていると、柳眉を逆立てジェリが言う。

「べつに」

 と俺は返す。

 視線を逸らすふりをしつつ、見る、ジェリを見る。

 ほぉ~、こやつ……なかなか成長、もとい、性徴してるじゃあねえの? え?

 こないだまでぺったんたんだったのが、これはこれは、たぶん同世代でもかなりのもんじゃないかってレベルで服を押し上げてぱつぱつにしているじゃあありませんか、ええ!?

 身長は、一五五センチだ、一五七の俺よりさらにちっこいのだ、そのくせこの発育だ、まったく末恐ろしいぜっきしょーめ!

 ちょこまかと動くとツインテールに結った長い髪が揺れる。

 海のような紺碧の色、濃紺だ。

 産まれるとき、おばさん、こいつの母さんが、安産の祈願で水族精霊の加護を受けたから、らしい、学校じゃ水系魔法が達者で、下手すりゃいっぱしの職業魔道士なみに使える術もある。

「ちょっと、なにじろじろ見てんのよ。あんたも手動かしなさい」

「お、おう(勝手に上がり込んで好き放題言いやがってこの」

 きっ! と、くりくりした猫みたいなつり目で睨んでくるジェリ、こええこええ、性徴期豊乳を視姦し続けた日にゃあ、高圧水刃魔法で髪をモヒカンにされちまわあ。

 実際、学校で悪童にそんな仕置きをしてたのを見た俺が言うのだ、ありえる。

 どう考えてもいらなそうな古ぼけたへんなちっこい、薄い機械っぽいものや、小さい、フリスビー? みたいな円盤を捨てるボックスに詰め込み、掃除を続けていく。

 何分か経ったときだ。

「ねえ、ダイチ」

「おう?」

「その……残念だったわね、タイチおじいさんのこと」

 先程の態度から、一転、ジェリのやつは、か細い声でそんなことを言った。

 さらに続けて、言う。

「この家で、あんたこれから一人暮らしでしょ? つらいことあったら、いつでもうちに来なさいよ。パパもママも、いいって言ってるわ。今夜とか、どう? 夕飯いっしょに」

 ああ、くっそ、てめ、くそ……

 わぁってる、わーってますよ、お前はそういうやつですよねー。

 それ言いたくて俺んち来たくせに素直に最初にそう言えなくて、片付け手伝いながら、ようやく言えた、素直じゃねえんだよ、ま、付き合い長えから俺もわかってたさ。

「ああ。あんがとな。助かる」

「うん」

 それきりぷいと後ろを向いて片付けを再開する、持つべきものはなんとやらだ。

 俺もまた、いらんゴミをあれこれ漁りだした。


「おお?」

 と、そんな声が出たのは、片付けもそろそろ終わりかとおもった頃合いだ。

 なにやら、仕立てのいい感じの木の、長箱だ、そいつを開けると、出てきた、剣だ。

 それもただの剣じゃあねえ、ツヤツヤとっした綺麗な鞘、柄と鍔は、俺が爺さんからもらった剣に似ている。

「なにそれ?」

「爺さんの形見、みてえだ。そういや、聞いたことあるな」

 ぽわんぽわん、と、脳裏に亡き爺との会話が思い浮かぶ。


『わしぁのう、昔剣神さまの弟子だったんじゃあ』

『またありもしねえ昔話してんのかよ、いい加減ボケすぎてんじゃねえか爺ちゃんよお』

『ほんとじゃあ! ダイチ、お前に教えた技のあれこれもあの方に教わったんじゃ。それと、剣もいただいたんじゃ、お前にやったやつぁ、あの剣に似せて鍛冶師に依頼したんじゃ。なんでも素晴らしい霊妙力を持った、神通力に満ちた、それはそれは物凄い剣、霊刀らしいのじゃ』

『ならなんでそれ使って身を立てなかったんだよ』

『わしには使いこなせなかったんじゃろうかのう。いやあ、我が身が不甲斐ない』

『ふーん(でもこの爺さん、剣の腕だけはかなり凄えんだけどなあ、それで使いこなせねえたあ』

『ふふ、見たいか? その剣』

『ああ、まあ』

『どっかに仕舞ってあるから探しとくれ』

『忘れたのかよ!?』


 と、そんなやりとりをしたのを思い出す。

 ああ、なるほど、あれか、まじであったのか。

 俺は鯉口を切り、剣を抜いた。

 本当に爺ちゃんの言っていたことが、事実なのではないかと思えるほど、その剣は美しかった、青白い刃紋がうねる様は見事だ。

 緩く弧を描いていて、極東風の刀剣ここに在りという姿をしている、突くにも斬るにも使えそうだ、俺のたっぱじゃちときついが、そのうち成長すれば見合うだろうか。

「綺麗な剣ねえ。でも、おじいさんの言ってたみたいな魔力とかは全然感じないわ」

「お前も爺ちゃんから聞いてたのか?」

「ええ、なんでも霊験あらたかな名刀で大悪魔を退治したって言ってたわ」

「言ってることがびみょーにちげえな……しかしあのじいさま、たしかに剣の腕はよかったかんなあ。ほら、あれ見ろよ、あの金星章とかマジもんだぜ? 爺ちゃん、昔は公国の傭兵団にいたのは本当なんだ」

「わあ、凄いじゃない」

「だからこいつも、もしかすっと」

 俺は改めて、剣を見る、じっと見る。

 その、爺ちゃんの言ってた霊妙力うんぬんが、もし、マジなら、俺も少しは、強い敵と渡り合えるんじゃないか。

 脳裏に浮かぶ、何日か前、爺ちゃんの死んだ日(正確には遺体を発見した日だが)に目撃した、魔族の廃墟にある、巨大な宝石、それを守護する魔物。

 俺は考えた。

 考えるたび、俺の中に熱いものが疼いてしょうがなかった。

 そんな俺を、ジェリが不安そうに見ていた。


 何日か過ぎた。

 俺は装備を確認する。

 乾燥保存食料、よし。

 気配遮断魔導繊維製、寝袋、よし。

 臭い消し、よし。

 買ったばかりの六連式小銃、よし。

 呪符各種、よし。

 そして、爺ちゃんの形見の刀、よし。

 特に、最後のやつ。

 もう一度、抜いて、刃紋を眺める。

 うっすら青白い刃紋がのたうつ、綺麗な剣、いや、刀だ。

 目方で測ること、刃渡り七〇、柄三〇センチくらいか、刃は肉厚で幅もある、重い、だが、それが頼もしい。

 俺はちらと、部屋に置いた鏡を見た、そこに少年が映っている、一四のガキだ、俺だ。

 身長一五七、たっぱはそんなねえが、この何年か多少の荒事は経験し、爺ちゃんにも仕込まれたおかげで、細いが筋肉もついてる、鍛えてある。

 顔は……うーん、もっと男らしい、益荒男、って顔がいいんだが、まあいい、わるかない。

 おふくろ譲りの濃いブラウンの髪も、綺麗に整ってる、いや、これは今日から始まる冒険には不向きか、切っとくべきだったかな。

 まあいいさ。

 パンツ一丁だったので、とりあえず服を着る、これも大枚はたいて買った新品だ、公国正規兵向けに作ってる武器屋のやつで、剛性もばっちり。

 俺は、爺ちゃんの形見のうちから、売れるもんは売れるだけ売って、金を作った。

 それで装備を買い込んだ。

 なにをする? なにをやる? 決まってらあ、うちでめそめそ爺ちゃんの死を悼んでる柄じゃねえ、むしろ、でけえことやって、もっと金作って、墓参りにいって、こう言ってやる「俺はこんなに立派になったぜ爺ちゃん」てな。

 ずしりとした荷物を背負い、俺は家から飛び出した。

 さあ、始まるぜ、始めよう、あのでかいお宝をいただこう、禁足地だろうがかまやしねえ。

「ちょっと、ダイチ。なにしてんのよ」

 そう俺が意気込んだときだ、突然横合いから声が飛んできた。

 やべえ、と想いつつ、視線を向ける。

 案の定、そこには、学校の指定の、水兵セーラー風カラーをつけた制服と、ミニスカートを纏って、一目でこれから学校に行こうという風情のジェリが、立っていた。

「いや、ちょっとお出かけ」

「凄い大荷物じゃない、この近くの森での採集や遺物探査じゃそんなに必要ないでしょ? なに、あんたなにする気? ちょっと、こっちちゃんと見て、私を見て真っ直ぐ見て、正直に答えなさい! ちょっと!」

 きっと猫みたいな目に力をこめ、俺の幼馴染は、死んだおふくろ以上のおかんぶりを発揮して詰め寄ってきた。

 う、うるせえ……男がこれから男を上げにいこうっつうときに、うるせえ……お前は俺の母ちゃんかっつうの。

 俺はぐぬぬと顔をそむけ、視線を逸らす。

「はー? べ、別に~、ちょっと装備ちゃんとしてるだけですし~。危険なことしませんし~、お前うるさいっすですし~」

「ああ!? 誰がうるさいのよ! あんた、なんかどうせろくでもないことするつもりでしょ! 待ちなさい! こら、ちょっと!」

 俺を掴んで止めようとする、ちびの俺よりさらにちびなジェリをするりと躱し、俺は脱兎の如く駆け抜けた。

「うっせ! 学校遅刻すんぞ優等生! 皆勤賞逃すぞー!」

「な! それは……ちょ、ほんとに待ちなさいよ……ダイチー!」

 糞真面目なきらいのあるジェリのことだ、学校のことをだしにすりゃ、追ってはくるめえ。

 俺はそうして振り返ることもせず、走り出した。

 あの遺跡へ、あのお宝へ、冒険へ。


第一章 第二幕 【冒険へ行こう】



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