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第一章 第十八幕

ボクのママは元勇者


 踏み込む。

 全力疾走。

 大小様々な転がる瓦礫の合間を縫い、俺は走る、突っ走る、しゃにむに駆ける。

 跳躍。

 一閃。

 すでに体内練氣は完遂――足先/脚部/腰/肩――巡り巡った魔力は刃筋に充溢じゅういつ

 そして、振り抜く。

 マリエルさんの上に覆いかぶさって彼女をどうこうしようとしていた、牛頭野郎のくっそきたねえ腐れアホボケ面に叩き込む。

「ぎゃぁああっっ!」

 絶叫、ざまあ、マジざまあ! くたばれ外道!

 だが残念、野郎も野郎で流石魔界屈指の猛者、俺が一刀ぶちこむ寸前に、すげえ速さで反応してた。

 つか、これがそこらの野良モンスターなら間違いなく両断してたはずだ、俺の足とか太刀筋の速さはそんくれえ自信ある、いやマジで。

 斬れたのは野郎の左角一本と首筋、どちらも致命傷には遠かったみたいで、牛野郎はその巨体からは想像もできない身軽さで背後へ、優に一〇メートル以上は跳躍する。

 瞬間的に手元に召喚した、おそらくかなり位階の高い宝具の戦槌を手に、憎らしげな視線を俺に送る。

 ざっけんな! 恨んでんのはこっちこそだぜ。

 俺は傍らで倒れているマリエルさんへ一瞥を向ける。

 全身傷だらけだ、ひでえことしやがる……でもかろうじて息はある、なにせ勇者様だ、そこらの人間とは、やはり体の出来が違うんだろう。

 本当なら彼女を抱き上げて逃げたいところだが、目の前のクソッタレがそれを座視してくれるとはとうてい思えねえ。

 つまり今この場は死地、ヤルかヤラれるかだ、上等じゃねえか。

「貴様……あのときの小僧っ」

「おうよ、久しぶり」

 俺は敢えて、相手の神経を逆撫でするようにニヤリと笑い、飄飄ひょうひょうと応える。

 こいつの意識はなるべく俺に向けておきたい。

 足元のマリエルさんから引き離すためだ。

 俺の体に、びりびりと細胞ひとつひとつまで痙攣させそうな鬼気が、風のように吹き付けた。

 そういや、こうして正面きって向き合うのは、初めてだな。

 だが俺も小せえ時分に読んだ人魔大戦の話を思い出した。

 魔界十二神将、うろ覚えだが、炎獄大公ゾブロってのがこいつだろう。

 足の端から頭まで三メートル以上、四メートルはないか、角まで入れればそれくらいいくだろうか。

 とにかくでけえ、おまけにムキムキマッチョ、全身にメラメラと炎の氣を滾らせてる。

 手にしているのも魔界の上位宝具だ。

 怒りに任せて前に出たが、まともに考えりゃ正面からぶつかって勝てる相手じゃねえ。

 でも、マリエルさんとの戦いで、野郎も傷を負ってるし疲弊してる。

 だが、それ以上にだ……それ以上に……この野郎、許せねえ!

 そりゃまあ魔族と勇者だ、戦いに卑怯もへったくれもねえよ、でもなあ、女相手にしていいことと悪いことがあんだろう。

 少なくとも今見たあれは、男が女にしていいことじゃねえ!

 意地があんだろ、男には!

 だから俺はこいつをぶっ殺す。

 この手でぶった斬る。

 勝ち目のあるなしなんぞ知ったことか。

 魔力もたっぱも筋肉も負けてても、こっちにはおめえにはねえ根性があんだよ! 見せてやらあ!

「ダイチ!」

 そんなふうに腹の底で怒りを燃やす俺を、傍らに駆けつけた、チビの俺よりさらにチビなダチが呼び止める。

「おうジェリ。なんだ」

「なんだもかんだもないわよ! もうちょっと考えて行動できなかったの!」

 いや、そう言われるとすまん……うむ、まあ、たしかに、そのとおりなんだが。

「でもよ、マリエルさんほっとけねえだろ。あのままじゃさ」

「それは、まあ、そうね……でもどうするの、こいつ……並大抵の相手じゃないわよ」

 ジェリも腰の剣と魔導杖まどうじょうを両手で抜き、構える。

 こいつには悪いことをした、頼みの綱の召喚をする前に俺が先走っちまった。

 せめてクラちゃんを召喚してから、連携してかかるべきだった。

 この短い会話の最中も、向こうから先に仕掛けてこられるだけでやべえ。

 だが幸運なことに、ゾブロもまだ伏兵がいないか注意しているのか、じりじりと距離を測り、視線を油断なく左右に送っている。

 短くも長い作戦タイムだ。

「とにかく、俺が気を引く、その間のそこの噴水から召喚しといてくれ。あと、ついでにマリエルさんもその辺の瓦礫の陰に」

「あんた、正気!? あれとやりあうつもりなの!?」

「爺ちゃんならそうしたさ」

「タイチおじいさんとあんたじゃ月とスッポンよ」

「ならその月に吸い付いてやるよ、今な」

「あんた……」

「頼むよジェリ。お前だけが頼りだ」

 俺は、いつものふざけた態度でなく、真剣に顔を見て言った。

 そりゃそうよ、もしかすると次の瞬間にはひき肉になって死ぬかもしれねえんだ。

 大の親友には、素直でいたい。

「……」

 ジェリは、俺が真っ直ぐ目を見つめると、どこか気恥ずかしそうに視線を泳がせ、頷いた。

「わかったわよ! 二分、一分でもいいわ、時間をかせいで。でも、無理して死に急がないで。いい?」

「あたぼうよ、任せたぜ」

 俺たちが会話を交わしているのを見ていた野郎が、どしんと地鳴りみてえな足音を立てて走り出すのと、ジェリが頷き、マリエルさんを抱きかかえるのは同時。

 もちろん、俺も踏み込んだ。

 もう一度、野郎に斬り込むために。


 吹き付ける戦意と鬼気が、唸る。

 物凄い圧力だった。

 接触するのにまだ十分な、数メートルもの距離を隔ててさえ、腹の底まで重い気迫がぶち当たってくる。

 全身を極厚装甲の鎧で包み、重層な長柄物で武装した屈強な騎士だって、こいつの一撫ひとなでで、装甲ごと押し潰されるだろう。

 ましてや俺は、金属装甲のかけらもない衣服、そしてチビな一四のガキだ。

 もちろん、同世代の連中よりは鍛えてるし、筋力にも自信はある、魔力/霊気を丹田で練る氣法に関しては大人顔負けだ。

 それでも話にならないだろう。

 爺ちゃんの形見の剣、なんでも、古極東由来らしい、ニホントウ、という剣を、俺は右肩の上に、担ぐように構える。

 絶対的な差、絶望的な差。

 どんどん野郎は近づいてくる。

 轟々と炎を吹き上げて振り上げられる戦槌。

 相対距離、あと一メートル。

 ここが俺の死に場所、俺の修羅場。

 上等。

 死線上等!

 見せてやるぜ牛野郎。

 これが俺の秘伝、くそジジイから覚えた数少ない秘剣。

 以前、マリエルさんに手ほどきを受けたとき、見せた『アレ』だ。

 呼吸。

 腹の底に吸い込む酸素。

 集中に重なる集中。

 時間という感覚が無へと帰していくような心地。

 俺は注ぎ込めるだけの氣を、丹田に巡らし、踏み込み、上から滾り落ちてくる鉄と火炎と殺意の塊に、刃を向けた。

 叩きつけた。

「ちぇえりぁあああ!」

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 刃をぶつける。

 鉄と鉄とが壮絶に接触。

 どれくらい使うべきか迷った。

 相手が相手だ、俺は景気良くいった。

 七五%。

 ただぶつけるだけでなく、左方向に踏み込み、逆に、上から叩きつけられる相手の武器を、逆へ、右方向へと流す。

 物凄い重さだった。

 硬さだった。

 しかし、負けなかった、折れなかった。

 誇りと怒りのままに、俺はぎりと歯を噛み締め、これでもかと注いだ力で剣を内側から、魔力で硬質化させ、自分の力を引き上げ、受け流す。

 地震みてえな衝撃が発生する。

 ゾブロの戦槌が、俺から逸れ、地べたにぶつかった。

 野郎の顔は見ものだったぜ、なにせ魔界十二神将の自身の一撃が、こんな小せえガキに弾かれたんだ。

 ざまあ! クソ牛ざまあ!

「ぐぅ、くっそ」

 だが俺は、いぎっ……ぐげっ……た、耐え、耐えて――みせて。

 た、耐え――きれねっ。

 ……体の内側から焼き付けるような痛みと、全身を軋ませる衝撃――痛っ――頭が割れそうになる、血流が逆へ流れそうな感覚。

 倦怠感、不快感。

 一度にこんなに出力したのは初めてだ、意識が遠のきそうだ。

 ぶっ倒れそうになるのを、なんとか足を踏み込み、剣先を相手に向けて構える。

 怪訝けげんそうに俺を睨むゾブロ。

 俺はなんとか息を整える。

 七五%、おおまかな数字でそれだけ、俺の体内にあった魔力がごっそり消えている。

 そう、これが種明かし。


 『刹那のこう』それがこの技の名前だった。


 別に、その原理自体は難しいことでも、特別なことでもねえ。

 ひとつの技に分配する魔力の量をコントロールする、ってことは。

 たとえば、一発の火炎弾フレイムボールに、数発分の魔力を乗せて、でかい一発をぶちこむなんてのは、腕に覚えの在る魔道士ならできる。

 だがそれにしたって、せいぜいが総魔力の三〇%いけば多すぎるほうだ、下手すりゃぶっ倒れちまう。

 魔力とは、霊氣、霊力とも呼ばれ、血流/経絡を巡り、丹田で練られる。

 枯渇すれば物理的エネルギーの欠損を伴い、生命維持に関わる。

 だから生物としての人間は使いすぎないよう、自然の人体としてリミッターがある。

 これを、意図的にやぶる外法。

 それがこの技。

 まず密度から違う。

 通常の魔導術式が数秒ないし、一秒の術式構築で、体内魔力の数%をかけるのに対して。

 刹那の功による剣戟は、一秒以下、ゼロコンマの時間感覚の中に、体内魔力の数十%を注ぎ込む。

 ただの一閃する刀刃が、その中に超高密度の魔力を込めて叩き込まれる。

 当然ながら、基礎的な剣技がないと話にならねえ。

 あたりめえだわな、外れたら、注いだ魔力が全部無駄になっちまう。

 当たれば必勝。

 超ハイリスクハイリターン、生と死を隣り合わせにした戦い方。

 死んだ爺さんは、こいつを極めたおかげで辺境一の剣客けんかくとして身を立てた。

 爺さんも俺も、魔法術式の構築の才はからっきしだった、その代わりみたいな能力だ。

 こればっかりは、学校の魔導学の先生も真似できなかった、一度披露したときはそりゃ驚かれたもんだ。

 なんで俺と爺さんしかできなかったのは今でもわからん、まあどうでもいいな。

 ともかく、俺の一閃、なけなしの七五%の魔力で、野郎の一撃は受け流せた。

 そう、受け流せた。

 受け流すだけで七五%。

 残り二五%の魔力でなんとかしなきゃいかんわけだ。

 くそったれが。

 泣けるぜ。


 じり、と、両者が睨み合う。

 喉の奥で唸り、ゾブロは愛用の得物を構える。

 超古代の魔界名工が拵えた、硬質魔導合金製の宝具、あるいは、魔具と呼ばれる超兵器。

 注いだ魔力に呼応し、ゾブロの魔力属性に伴った炎熱を轟々と吹き上げる。

 地上階のあらゆる金属を超越する硬度を持つ武器だ。

 マリエルの天剣/獄剣ならまだしも、物理的に、少年の通常鋼鉄の武器で凌げるものではない。

 必然的に、魔力による物理保護をしているのは明白。

 確かに、今しがた、凄まじい密度の魔力が剣に込められるのを感じた。

 信じがたい。

 この少年の体内の総魔力量は、一目見れば看破できる。

 並の人間の魔道士と同程度か、多少上くらいで、ゾブロから見れば路傍の虫けらも同然。

 それが……挨拶代わりの牽制とはいえ、自分の一撃を受けるだと?

 マリエルをあの砦から救い出した相手だ、やはり侮るべきではなかったのか。

 先の攻撃の倍、魔力による炎熱変換を加え、灼熱の鉄塊を、ゾブロはぐっと右脇へ構える。

 横薙ぎに、より深く踏み込んで打ち込んでやろう。

 少年の顔が引きつった。

「なんだ、その顔は。まさか、先のあれはまぐれか?」

「へへ、どうだろうな。試してみな」

「抜かしおる。では、喰らうがいい!」

「わ! ちょ、たんま! まてこらこの野郎! 焼肉にすっぞてめ、うお! うひょお!」

 少年は、今度は受けはしなかった。

 剣でなく、足、そして腰へと魔力を流したのだろうか。

 体躯の通り、小柄さを生かすように、ばっと上に跳躍。

 すんでのところでゾブロの一撃を回避。

 対する火牛からすれば歯がゆいことこの上ない。

 先の返礼よろしく、再度剣戟を交わし、意趣返しとして、少年の剣ごとへし折ってやりたかったものを。

「どうした小僧! もう一度、我が一撃を受けよ! 臆したか!」

「ざっけんな! くそ! ビビってなんかいーまーせんー! ビビってんのはてめえだろ、ばーか! きたねえ手使わねえと、マリエルさんになにもできねえ卑怯もののくせによお!」

「~!」

 轟っ。

 轟っ。

 それこそ、一撃で家をも吹き飛ばすような戦槌の剛撃、唸りを上げて吹く火炎。

 少年剣士ダイチは、徹底してこれを躱すために動く。

 もはや剣を使って受ける、というのは、動きからして考えていない。

 実に癪に障る。

 言葉による玩弄もまた、ゾブロを苛立たせた。

「ぬかせ! いい加減に、くたばるがいい!」

 叫ぶと共に、ゾブロは、左手を柄より離す。

 振り上げた手は拳を握り、叩きつける。

 それは、少年ではなく、半壊した石畳へだった。

 瞬間、手の先に込めた火炎の魔力が炸裂。

 周囲半径数メートルに渡り、高熱と衝撃がはじけ飛んだ。

「く! うぁあ!」

 巨大な戦槌の一撃で捉えられぬのであれば、広範囲攻撃によって捉えればいい。

 ゾブロも戦闘経験の長さゆえに、ちょこまかと動く小物への対処は心得たもの。

 それまで素早い身のこなしで回避に専念していたダイチは、瞬間的に空気中を満たした高熱の衝撃波に、体表で氣を巡らせ、構えるので精一杯だった。

 次の瞬間には、地面を殴ったゾブロの左拳が、凄まじい速さで裏拳と成り、少年目掛けて大気をえぐり抜く。

 触れた先の空気を、まるごと引き千切らんばかりの打撃であった。

 人間とは、そももそも立っているステージが違う。

 そういう領域の打撃。

 当たればどんな人間の格闘家も、騎士も、致死必至であろう。

「げぅっ~!」

 寸前、身を捻ろうとし、だが、躱しきれず。

 素っ頓狂な声をあげて、ダイチは吹っ飛ぶ。

 存分に肋骨を粉砕した手応え。

 ゾブロはにたりと笑った。

 ごっ、がっ――と、少年の小柄な体躯が、瓦礫まみれの地表を転がる。

 倒れ、血を吐く少年へ、ぐいと得物を担ぎ上げ、今度こそ潰さんと、ゾブロは悠然と近づいた。

「どうした小僧。最初のあれはまぐれか。それとも、なにか企んでおるのかな」

「っせえ、ぼけ……くそ、あほ牛……ばーか、ばーか……」

 口から血を流し――軽い、そう、あくまで軽い、ゾブロからすれば、牽制程度の一撃で、立ち上がるのにも必死な少年。

 出て来る罵声も実に稚拙で、憫笑さえ浮かぶ。

「まあ、どちらでもよい。今度こそ潰してやるぞ小僧」

「そいつは、どうかなあ」

「なに?」

「そろそろかっこいい助っ人の登場だぜ、なあ! ジェリ!」

 彼は叫んだ。

 背後で閃く、蒼い魔法陣の光と文様。

 ゾブロの背の向こう、半分粉砕された広場の噴水の水を利用し、少女が契約使役した使い魔を呼び出すことに成功したのは、見るまでもなかった。

「お願い! クラちゃん! やっつけちゃって!」

 豊かな胸を張り、跨った相棒の使い魔へ、甲高い掛け声をかける勇士。

 未だ幼く、線も細い彼女だが、死地にあってダイチを救うために参じる姿は、凛々しいほどであった。

 剣と魔導杖を構える少女を背に、巨大な塊が突進。

 甲殻類の鋭く禍々しい足、烏賊に酷似した胴と長い触手を持つ使い魔、クラちゃん/クラーケンは、形容し難い雄叫びを上げながら、上位魔族へと攻撃を開始した。

 ぶつかり合う超質量と超質量、魔力と魔力。

 見上げた少年、フドウ・ダイチは想った。

 こんな時、こんな場であるが想った。

(白か)

 と。


第一章 第十八幕 【秘剣の功と海魔の精とパンティと】

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