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第一章 第十五幕

ボクのママは元勇者


 うわ! なによ、あれ……

 あたしは、空を見上げた。

 物凄い炎、信じられない魔力の波動が、肌どころか、お腹の芯まで響いてくる。

 今の時代、小さな魔法くらいなら大抵のひとは使える。

 あたしは、まあ、自分で言うのもなんだけれど、けっこう才能があるほうだから。

 余計強く感じる。

 あんなの、個体としての生物が出せる範疇を超えてるわ。

 天変地異……超高位の悪魔、神、そういう領域の力。

 まるで、地獄の入り口の蓋でも開けたみたい。

 今度は、いきなり風が唸って、濁流の川みたいに太く激しい稲妻が落ちた。

 街は、あたしの故郷の里は、どうなってるのよ、なにが起こってるのよ。

 空に飛び交う竜の騎影が一匹、また一匹、撃墜されていくのを遠景に見ながら、未知の怯えに、体が震えた。

 避難指示が出たのは午前中、授業の真っ最中だったわ。

 街の入り口の方から悲鳴や爆発音が響いてきて、どんどんひとが走って逃げていった。

 治安官事務所のひとが来て、魔物の襲撃だって叫んでた。

 他の皆は気づいたかどうかわかんないけど、治安官も治安官補佐もいない……署員もほとんどいないし、騎士団のひともいない……あたしはこれだけでぞっとした。

 そんなに人数が必要な襲撃? 街の人間全員を避難させるような事態? なんなのそれ……なんなのよ。

 あたしは、不安でしょうがなかった。

 ママやパパは、もう先に避難区画、外壁裏の、隣町までの街道のところにいたから、いいけれど、でも――

 ダイチがいない。

 あいつは今学校に来てないから、避難指示が間に合ってないのかもしれない。

 何度も何度も探したけど、どこにもいない。

 背筋が寒くなる。

 あいつ、バカだから、もし戦おうなんて想って、竜や魔物に挑んでいったら……

 抱えていた荷物を、ぎゅっと握る。

 怖くて仕方ない。

 あいつがもし……あいつに、もしものことがあったら。

 あたしは……

教授プロフェッサー!」

「な、なんですかウズィールさん」

「ちょっと街に戻ります。うちの両親には内緒にしていてください」

「はぁ!? な、なに言ってるんですかウズィールさん!?」

「忘れものがあるので」

 大嘘だ、でも嘘じゃない。

 あたしはカバンを地面に下ろし、腰に革帯スリングベルトを締め、魔導剣まどうけん魔導杖まどうじょうを鞘ごとハーネスに差す。

 銃は基本的に持たない、剣と杖、無詠唱高速展開の術も上手くなってるし、なにより、海神眷属、契約精霊――使い魔のクラちゃん(クラーケン)がいる。

 身軽なほうがいい。

 あいつを引っ張って連れて来るのなら。

 教授は、あたしのその姿を見て、察したらしい。

 いつも温和な顔をしていたのが、きっと険しい目つきであたしを見据えた。

「気持ちはわかります。けれど止めなさい。犠牲者が増えるだけかもしれません」

「嫌です!」

 こんなにはっきり拒絶や拒否を示したのは、初めてかもしれない。

 それくらい必死だった。

 あいつが……ダイチが戻ってこないなら、あたしは生きていたくなんてない!

 教授は、ひどくつらそうな顔をした。

「どうしても、行くのですね。力づくで止めてもですか?」

「止められません、教授じゃ」

「……ですね」

 学校の、魔法学での実践教導、教授と魔法の力で競り合って、あたしはいつも手を抜いてわざと負けてた。

 人前で講師の、年上の男性に恥をかかせたら失礼だものね。

 きっとそれは、教授も理解してたのだろうと想う。

 もし本気で止めるつもりなら、あたしは今日は、教授を人前だろうと叩き伏せて前に進む。

 あいつの為ならなんでもする。

 あたしの目を見て、教授は、どこか寂しそうにため息をついた。

「まったく……本当に困ったものですね、才覚のある子は……そうやってすぐ巣立ってしまう……私にも、あなたくらい才能があれば、良かったんですが」

「ごめんなさい、教授……」

 本当は、あたしだって尊敬している自分の恩師に、こんな風に接したくない。

 でも、仕方ない、だって、でないとあいつを助けてやれないから。

 そんなあたしに、教授はなにかを取り出し、差し出した。

「これは」

「持っていきなさい。気配遮断の高位魔導札です。気休め程度かもしれませんが、ないよりましだ。手助けしたいのはやまやまですが、私は他の子も守らないといけないし、きっと……足手まといになるでしょうからね」

「ありがとう、ございます」

「ちゃんと彼を連れて戻ってきなさい。ふたりとも、生きて帰ってきなさい」

「はい!」

 あたしは声も大きく頷き、踵を返して、駆けていった。

 ごめんね、パパ、ママ……黙って行っちゃって……でも、絶対帰ってくるから! ダイチを連れて、帰ってくるから!


 去りゆく小さな影、身長、一五五センチ、海精の加護を受けて、藍色をした髪を、二つに結った、素晴らしい才能と努力の子。

 ジェリ・ウズィール。

 男にとって、少女は自慢するべき最高の生徒だった。

 これまで見てきたどの教え子よりも才覚に恵まれ、それを伸ばし、磨く研鑽けんさんを常に怠らぬ努力家。

 そんな少女の後ろ姿の、なんと小さく、頼もしいことか。

「行って、しまいましたね」

 まさか一四の娘に、魔導の力量で抜かれるとは、彼にも初めての経験だった。

 きっと、このまま成長すれば、さらに強く、そして、美しくなるのだろう。

 だが、気が強く意思が硬すぎるのは、どうしたものか。

 一度こうと決めたらてこでも動かない。

 それが、あのもうひとりの問題児が絡んだとなればひとしおだ。

 優等生の問題児がジェリなら、彼女が救おうと向かうあの少年は、劣等生の問題児か。

 現在、学校からは学費の問題で無期休学中の生徒、フドウ・ダイチ。

 魔導学授業の術式構築はさっぱりで、基礎レベルでやっとの有様だ。

 けれど、剣の腕は大人顔負けであり、なにより、明るく気さくで、活力に満ちている。

 もしかすると、名剣士の呼び名も高い、祖父タイチ氏に並ぶような逸材になるかもしれない、所詮、学校での魔導術の応用が、そのまま実践で全て役立つわけではないのだ、あくまで、選択肢と方向性が増えるだけである。

 そんな彼を、幼馴染のジェリは、しっかりサポートしてくれるだろう。

 今、街で起こっている、空前絶後の破壊災害から、救い出してくれるだろう。

 きっと、あのふたりは、ふたりそろってお似合いなのだ。

 小さい頃から、そう、初等部に通っていた頃から、べったり一緒にいたのだから。

 回想すると、男の胸に、ちくりと鋭い痛みが生まれた。

「……っ」

 彼は無言で頭を掻いた。

 まるで、大切に育てた娘が、ちょっと悪い男に引っかかったような気分だった。

「まだ結婚もしてないんですがねぇ……」

 やれやれと、男は首を振った。

 そして、祈った。

 ふたりが、大事な教え子のふたりが、無事戻って来てくれることを。

 天なる神、正義と雷雲の神、ドライゼへ。


 いたい、頭いたい、しびれる……ぐらぐら……どごーん、どごーん……あ? なに? 爆音? かみなり? わからん……

 ぐらぐらする……

「ちょっと! ダイチ! ダイチ!? 大丈夫!? ねえ! ちょっと! 起きてよ! ダイチ! 起きろ! アホー! ちびー!」

 ああ、うっせ……ちびじゃねえし、成長期なだけだし……

 てか誰だ、うるせえ……寝たい、寝かせろ……

「もう! 起きなさい!(バチーン」

 ひぎい! いでー! なにすんだべぇあああっきゃろ~! 俺はようやく身を起こした。

 そこでようやく気づいた、俺が庭の芝生の上で横になり、眠りこけていたって。

 まず、痛い、とても痛い、頬がだ。

 ぶっ叩かれたようだ。

 顔を上げる。

 なんか涙目で俺を見てるジェリがいる。

 あー……あー、なんだっけ……あー……

 記憶整理中。

 家でまったり過ごしてて、んで、外から爆音聞こえて、マリエルさんが魔物の気配を感じて……それで……

 そうだ、それで、マリエルさんはやつらを殺しにいくっつって、俺が一緒に行くと言ったら、そこで意識が途切れた。

 俺は顎をさすった。

 かすかに痛みがある、痛みとしては、今ジェリから喰らった平手よりも薄い程度の。

 脳を軽く揺すって意識を奪うだけの、絶妙にコントロールされた打撃だ。

 俺が見きれないほどの速度の打撃だ。

 それで、俺は気絶してここで寝てたのか。

 俺は、体の上に被されていた、一枚の布をめくった。

 マリエルさんの着てたカーディガンだ。

 わざわざ、かけてってくれたのか、そんな心配するくらいなら殴り倒さないでくださいよ……

「ねえ、なにがあったの、ほんとに大丈夫? マリエルさん、どこ? ダイチ……」

 ぎゅっと、袖を掴まれる。

 ジェリが不安そうに涙目で見てた。

 すまん、ちょっと回想してました、っと。

 俺は、かいつまんで状況を話した。

 ① なんか魔族が襲撃してきた、たぶん高位個体ハイレベル

 ② たぶん宿敵の、勇者であるマリエルさんを狙ってきた。

 ③ 旦那さんと息子さんの一件以来、錯乱しているマリエルさんが、嬉々として連中を迎撃に出た。

 ④ 俺も一緒に行くと言ったらぶん殴られて気絶しました。

 以上。

 ジェリは一瞬、どう答えていいかわからず、視線を泳がせる。

 そしてしばらく考えてから、言った。

「そう……わかったわ。とりあえず、一度離れましょう。隣町に住人皆逃げてるわ。都市部の教会騎士団駐屯所に、応援も要請してるみたいだから。あとは教会に任せましょう」

「でも、それじゃマリエルさんは」

「あんたよりよっぽど頼りになるわよ」

 そう言った矢先だ。

 これまで以上の凄まじい衝撃が巻き起こった。

 大地震レベルで地面が揺れ、天に吹き上がる火炎と雷撃が、怒号のように轟く。

 そして、俺は見た、ジェリも見た。

 天空を飛び交う、影。

 一個は、竜だ。

 今まで見たこともないような、超巨大、きっと物凄い年齢の、高位竜。

 翼を翻して空中を旋回する巨竜が、火炎を吐き、魔力形成した矢を羽からほとばしらせる。

 その全てを、負けないくらいの速度で飛んでいる、もうひとつの影が、とんでもない反射速度のバレルロールで回避。

 それは、ひとだった、遠目で詳しくは見えないのだが、ひとが、背に魔力で紡いだ光の翼を展開し、飛んでいるのだ。

 手に持った二本の剣が振るわれ、空が……燃えた/弾けた。

 遅れて響く雷音と爆音、稲妻と火炎が同時にぶっ放される音色、吹き荒れる魔力光の嵐。

 考えるまでもねえ、マリエルさんだ。

 あんな、空を自在に飛び回って、古竜とガチンコ空中戦かませる人間なんぞそういるわきゃねえからな。

 やがて、さらに高速度で旋回した二騎が、激突するのを、俺とジェリは見た。

 いったい、どちらがどちらに、どれだけのダメージを与えたのか。

 測ることはできないが、結果は、両者とも、錐揉みしながら地上へ降下していく。

 落下なのか、それとも、滑空なのか。

 どちらかといえば前者にも見えた。

「くそ!」

 俺は腰に剣がしっかり止まっていることを左手を添えて確認し、走り出そうとした。

 その俺を、肩を掴んでジェリが止める。

「ちょっと、なにしてんのよ! 方向が逆でしょ!」

「うるせえ! マリエルさんほっとけるかよ!」

「バカじゃないの! あんたが行ってどうなんのよ!」

「~っ!」

 そうだ。

 俺が行ってどうなる。

 俺になにができる。

 とんでもねえ空中戦だった、俺なんか空を飛ぶなんて想像もできねえ。

 あんなでかい竜相手に、地上でだって敵うかどうか。

 でも……でも、俺は……

 俺は聞いたんだ、マリエルさんの過去を。

 胸糞悪くなるような、悲惨過ぎる過去だ。

 愛した旦那さんと息子さんを奪われて、復讐に狂って、そのまま、事実さえ受け止められなくなって。

 俺を息子と錯覚して、偽モンの暮らしを送って……それでも忘れきれない真実を夢に見て泣いていた。

 あんな綺麗なひとが。

 あんな優しいひとが。

 毎晩、マリエルさんは泣いてたんだ。

 一緒に過ごしたのはほんの数日でも、俺はマリエルさんの泣き声と涙が忘れられない。

 あのひとは俺を正しく見てくれない、あのひとにとって俺は死んだ息子だった。

 初めて会ったときのことが忘れられない。

 今まで見た女で、一番綺麗なひとだ。

 思い出すだけで胸が苦しくなった。

 もしかすると、この気持は……

 なら、なおさら、俺は理屈や常識で止まるわけにいかなかった。

「だから、なんだよ……だったらなんだよ! 知るかよそんなこと! 俺は……俺はあのひとを守りてえんだよ!」

「――」

 叫んだ。

 叫ぶしかなかった。

 阿呆なバカガキにできる、クソみてえな意地だ、カスみてえな意地だ、だがこの意地を通せなかったら俺はもう俺でいられない。

 死んだ爺ちゃんに顔向けもできねえ。

「わかったわよ……じゃあ、あたしも一緒に行くわ」

「はぁ~!? なに抜かしてんだアホ! おめえは帰れ!」

「っさいわねえ! アホにアホ言われたくないわよアホ! てか、あんたどうせ剣しか使えないじゃない。今呪符とか銃用意してる暇あんの? ないでしょ? バーカバーカ! 魔法術万年最下位! 落ちこぼれ魔道士!」

「うっせボケ! 俺は魔道士なんかならねんだよ! 俺は剣士! 剣客けんかくなの! だから剣だけあればいいの!」

「ならなおさらあたしがいるでしょ! 近づいて剣使う距離まで、あたしがサポートしてやるって言ってやってんでしょ! ありがたく想いなさい!」

「うん、あんがと」

「……っな!」

 いきなり素直な不意打ちを仕掛ける。 

 へへ、ざまあ! ジェリのやつ顔真っ赤にしてやんの! ぎゃはは!

 ん……? いや、そんな赤くなることか? こいつなに嬉しさを押し隠すように顔俯けてもじもじしてんだ? わからん。

 まあいい、ともかく、俺は頼もしいダチがいることで、ちょっとは気が楽になった。

「じゃ、まあ頼むわ。俺だけじゃなにかと不便だからな」

「え、ええ……いいわ。任せておいて。でも、市街でクラちゃん召喚できる場所あるかしら」

「中央広場の噴水の水でなんとかなるんじゃねえか。あのへん、たぶん戦闘の中心地だ。まあ、とにかく行こうぜ」

「ええ」

 こうして、俺とジェリは駆け出した。

 まだどちらも一四のガキだ。

 だが、ガキだからって舐めてかかれば、大怪我させるぜ。

 それだけの自信はあるふたりだ。

 敵の凄まじさも、辿り着いたときの混沌も、悲劇も知らなかった俺たちは、走った。

 ただ全力で走った。


第一章 第十五幕 【マイ・ベスト・フレンド】

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