湖
「綺麗だね」
「そうだね」
湖のほとりで男女が囁き合う。俺はその光景を木の陰から睨んだ。
舌打ちをしつつ、右手に握り締められたトランシーバーを耳に当てる。
「全隊、状況は?」
『A隊作戦目標地点に到達』
『B隊同じく』
『C隊同じく』
『ブクブク』
『E隊同じく』
ブクブクは良しとして全隊作戦目標地点に到着した様だ。
「C隊、カップルの状況は?」
『イチャイチャしています』
「よし、殺すか」
俺はそう呟くと、一つ息をついて、口を開いた。
「これよりCBS、カップル撲滅作戦を開始する。D隊、作戦を開始せよ」
俺の言葉にまたブクブクという音が返ってくる。さっきからそう返ってくる理由は至って簡単だ。何故ならD隊は水中にいるのだから。
『D隊、作戦行動に移りました』
「わー綺麗」
C隊の報告と共に女が声を上げる。今頃水面では光が反射して幻想的な景色になっているだろう。まあそれはD隊の鏡による光の反射なのだが。
俺は木の陰から顔を出す。すると、女が少しずつ前に進んだ。
(きた!)
俺は内心そう呟き、トランシーバーから指示を出す。
「A隊、作戦行動に移れ。B隊はA隊の援護」
『了解』
その返答と共に、男の後ろで物音を立てずに迷彩服の三人が立ち上がる。そしてそのまま男に忍び寄り、背後から女目掛けけて男を押す。
「うわっ!」
男は押され、そのまま女も押す。そしてそのまま女は湖へドボン。
(うおっしゃあぁぁ!)
内心叫びながらガッツポーズ。
「A隊B隊は後退。C隊はその場で待機」
そう指示を出し、俺は影で見守る。男は何故か湖を見ながら頭を抱えている。普通彼女が湖に落ちたら助けるのが普通である。しかし、彼には出来ない。何故なら彼は泳げないのだ。
しかし、男は意を決したのか、頭を横に振って湖に飛び込んだ。
バシャンといういかにも飛び込みミスった様な音と共に、水面に白い泡が激しく立つ。溺れていやがる。
「C隊、作戦開始」
『了解』
C隊はそう返答すると、溺れた二人に駆け寄って浮き輪を投げる。
「大丈夫ですか? 掴まってください」
投げられた浮き輪を二人は掴み、そのまま岸に上げられる。どうやら助かった様だが、これだけでは終わらない。
俺はトランシーバーを口元に近づけ、今まで動かさなかった最後のE隊に指示を出す。
「E隊、作戦行動に移れ」
『了解』
その返答と共に、六人の集団が少し離れたところで大きな声で話し始めた。
「あの彼氏意味わかんなくない? 彼女溺れたら普通助けるでしょ。て言うか自分で落としてたし」
「しかも泳げないときたもんだぜ。最低だな」
「マジひくわー」
そのまま六人の会話が進む。すると、彼女の表情が曇り、そして怒りに満ちた。
「そうよ! あんたが押さなきゃこんな事にはならなかったわ! 責任とってよ!」
「いや……俺は後ろから押されて……」
「ならすぐ助けなさいよ! ああもう、服ベトベトじゃない。最悪よ最悪」
「わ、悪かったよ」
「もうあんたなんて知らないわ!」
女はそう言いながらスタスタと歩いて行った。男が「まってくれー!」と叫ぶがもう遅い。
俺はその光景を見ながら脳裏で一言。
(任務完了)