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妖2 おばけのがっこう

 むかし昔から、人間と妖怪は反目しあい、争いあってきました――。


 それはもう、過去の話。

 世の中豊かになって、社会基盤も法整備も進んだ昨今、いつまでも無益にいがみ合っているほどお互い非文明的でもないわけで。

 絶対数に優れる人間側は妖怪を保護し、個の能力に優れる妖怪は人間社会に順応できるよう譲歩する――そんな話し合いが、双方でなされたらしい。


 しかし人間以上に考え方のばらばらな妖怪どもが、ひとつの条約に同意しただけでも奇跡的で、実際は一枚岩にほど遠いのが現状だ。トラブルは頻発しているし、事件も多い。おれが賞金稼ぎで食っていけるのも、それだけ妖怪の犯罪者が多数に及ぶからだ。


 大事なのは教育だ。義務教育の制度は妖怪の青少年にも拡充され、専門の学校がいくつも設立された。


 その内のひとつが、おれの潜入する『あだしの学園』だった。

 生徒から教師、用務員に至るまで、きっちり妖怪ばっか。人間なんて足を踏み入れようものなら、渦巻く妖気に当てられて鳥肌が治まらないだろう。おれは慣れているから、気にもしないけど。


「ひっ、ひひっ……。水島クンが転入するのは、ぼ、ボクの担当する、二年 いかり組ですよォ……」


「はい」


 廊下を先導しながら案内してくれているのは、担任の自動先生だ。フルネームは自動的じどうまといと言うらしい。異常な痩せ方から、餓鬼の一種だろうと思う。


「二年には、怒組、なげき組、さけび組の三クラスあります……。クラスの垣根に捉われず……みんなと仲良くしてくださいねェ……ひひひっ。……おっと、到着しました。それでは中に入って、じこ、自己紹介をどうぞ……」


「はい」


 戸を引いて教室へ入る。黒板と教卓、居並ぶ生徒たち。

 たしか、転入生は黒板に名前を書いて自己紹介するはず。ドラマでやってた気がする。

 チョークを使うのは初めてだったのですこし戸惑ったが、『水島灘』と大きく板書して生徒を振り返る。


(うッ!?)


 とたんに突き刺さる、視線、視線、視線――。

 まさか、おれが人間だと即座にばれたのか?


 自動先生は疑うそぶりを見せなかったから、いけるのかと思ってしまったけど……。あの人は明らかに脳に栄養が行ってなさそうだったからな。


 襲われた場合の脱出経路は――廊下へ向かうのは得策じゃない。おれがいるのはふたつある出入り口の前側の方で、廊下の突き当たりに位置する。後ろ側から退路を断たれる可能性を考えると、多少のダメージを覚悟してでも、窓から飛び降りるしかない。二階からなら、そんなに衝撃も――。


「きゃぁぁぁぁぁぁん!」


 必死に脱出法を模索する思考は、突如発せられた黄色い声の大合唱に阻害された。

 見ると、クラスの女子たちが目をキラキラさせて悲鳴のような声を上げている。


「な、なんだ……?」


 思わずたじろいでしまう。痩せた担任の手が肩に置かれた。


「ひ、ひひひ……色男はうらやましい……」


「なんのことです?」


「と、とぼけなくてもけっこう……。ハイハイ、みなさん! 転校生がびっくりしているでしょう。落ちついてください!」


 とにかく、いま襲われる心配はなさそうだ。


 まずは敵を知れ。

 教室に視線を巡らせる。あんな風体でも担任としての威厳は最低限持ち合わせているようで、注意を受けた生徒たちはざわめきながらも静まっていく。


 想像よりも普通の学校の風景だ。生徒が着ているのは古めかしいデザインのブレザーで、机や椅子も日本の学校で標準に使われているもの。リノリウムの床や塗装のはげかけた壁など、むしろノスタルジィを感じさせる造りだ。前半だけ通っていた小学校がこんなだった気がする。


「本日より転入する、水島灘と言います。種族は吸血鬼。よろしくお願いします」


 しかしそれも、想像より、と言う程度の問題で。

 クラスメイトには角の生えているやつ、尻尾の伸びているやつ、なんだか向こう側が透けているのや、ともかく個性的な面々が並ぶ。


「水島クンの席は、宮之内さんのとなりです。みなさん、仲良くするように」


 自動先生が教師らしく場を締めて、おれの席を指さした。

 護衛対象のとなり……学園長の手配だろう。興奮するクラスメイトの中で、つまらなさそうにあご肘をついているのが、宮之内珠依姫のようだ。


「よろしくね」


 椅子を引いて着席しながら、小声で声をかける。こう言うのは第一印象だと、知識にあったからだ。珠依姫はじろりと一瞥すると、「ふん」と鼻を鳴らした。まさか、警戒しているのだろうか。命を狙われ続けているらしいから、危機管理能力は高いのかもしれない。残念なことに、おれは充分怪しまれるに足る転入生だった。


「まいったな……」


「ねねね、水島くんっ」


 嘆息しかけると、反対側から女子が話しかけてきた。頭の両脇で髪をツインテールにくくった、活発そうな容姿の子だ。雰囲気すべてから好奇心が伝わってくる。


「水島くんってどこから来たの? 寮生になるの?」


「あ、あぁ。寮に部屋があるみたいだけど」


 いけない、思わず伝聞口調でしゃべってしまった。なにせ、自分の設定資料を斜め読みしたのはついさっきのことだからな……。


「やった。私も寮生なんだ。名前は相葉二海あいばふたみ。ふたくち女なのよ」


「ふたくち……」


 ――殺気!?


 とっさに首を逸らして、加えられた攻撃をかわす。

 ガチッと合わさったのは、ツインテールの先端。そこにギザギザの牙が生えている。


「あはは。やるねー。でも詰めが甘いかな?」


「ひぐっ!?」


 突然、耳をあま噛みされて、背筋にぞわぞわとしたものが走った。もう一方のツインテールが、死角から伸びてきておれの耳を咥えていた。


「じょ、冗談はやめてくれないか……?」


「うーん、うふっ。水島くんのこと、食べちゃいたいくらい気に入ったのになぁ。ふふふ」


 妖しく笑いながら髪を引いていく。

 相手にその気があれば、おれは本当に食われていただろう。一見、人間社会そのものに見えたこの教室だが、まやかしにかかってはいけない。ここは魑魅魍魎の巣窟なのだ。


 よだれでベタベタする耳を拭きながら、安い授業料だったと感謝することにした。

 ふと、宮之内がにやにや笑いながらこっちを見ていることに気がついた。肩をすくめて軽口を叩いておく。


「……ふたくちじゃなくて、みくちだよな」


「まぬけめ」


 なんとなく、とどめを刺された気分で、おれは机に突っ伏した。


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