妖1 ハンターが妖怪を護る?
おれの名は水島灘。
もともとは、孤高の賞金稼ぎとして幼いころから活動していたハンターだ。
縁あって今の組織に所属してからしばらく経つ。縛られることが嫌で、いままでなにかに属したことはなかったけど、しかし未成年の未登録ハンターは違法な存在だ。
まだ十七歳のおれが非合法の舞台から足を洗うにはちょうどよかったし、思いのほか組織の情報網や備品を使えるメリットは大きいものだった。
これなら多少の束縛と天秤にかけても利益はあると気に入っている。
のだが。
「だましたな、准将っ!」
携帯通信機の画面に向かって、おれは唾を飛ばす。
“准将”と呼ばれる上司の男は、長い髪をサラリと撫でて、冷淡な口調でいなした。
『まあ落ちつけ、灘。きれいな顔立ちが怒りに歪んでいるぞ。そんなお前もまたよいものだが――』
「だまれ変質者。おれは妖怪を狩りに来たんだよ。そうだろ?」
『ノン。お前に下される命令は真逆だ。資料の妖怪をガードしたまえ。その身、その命に代えても』
「アホか。おれは護衛じゃない。狩人だ。しかも、なんだ、学園の生徒として潜入せよなんて……この、」周囲を見回す。築年数の経過した、校舎と校庭が見える。問題は外観じゃない。中身だ。「この、化物学園に!」
『ばけもの、ではない。あだしのと読むんだ。最初に教えただろう。由来は京都の地名に――』
「アホか。阿呆か。いいか、おれは普通の人間だ。妖力もないしあやしげな術も使えない。妖怪どもの学校に通えるわけがないだろう」
『問題ない。お前は吸血鬼と言う名目で登録した。ただの人間だとばれないよう、十分注意したまえ』
あ、なんか景色がぐるっと回った。これが眩暈か。
二の句が継げないおれに、准将はポーカーフェイスのまま告げた。
『大丈夫だ。吸血鬼には眉目秀麗な者が多いと言う。お前の容姿であれば充分な説得力となるだろう』
「……好きでこんな顔に生まれたわけじゃねー」
反論に力が入らない。
どうやらおれは黙っていれば女と見まごう顔立ちをしているらしく、おかげで昔から苦労している。
『日本には西洋の妖怪がまだ少ないからな。学園の連中もお目にかかったことはないはずだ。まあ、たぶんいけるだろ』
「なにそれ後半投げやりじゃなかった?」
『では通信を終わる』
あ、と声を上げる間もなく、通信機の画面が真っ黒になる。がっくりと膝をつきたい気分だった。
「話は済んだかね?」
木立の陰より、ぬっと巨体が現れる。黒のマントで包まれた体躯は壮観だ。あだしの学園の学園長だそうだ。こいつの方がよっぽど吸血鬼のイメージに近いんだけど。
「……お待たせしました」
現場で打ち合わせてこい、と言われ、学園長と話しているうちに、准将のたくらみに気がついたってわけだ。あわてて通信を入れたが、案の定なんにも覆ったりはしない。
「よろしい。君が護衛するのは、事前にご存じかも知れないが、『宮之内珠依姫』君である。ご大層な名前から類推できようが、さる高貴な家柄の嫡子で、それゆえ命を狙われることも多い。君には彼女のよき友人となり、その安全を守ることを期待するのである」
「はぁ。ちなみに契約期間は……?」
「卒業までの一年と半年、と聞いているのである」
また、眩暈が……。
天を仰いだおれに、独特の口調で学園長が告げた。
「詳しくは知らないが、君は幼いころより各地を放浪し、まともに学校へ通ったことはないとか?」
「まあ、そうです。そんな暇も必要もなかった」
「穿った見方かもしれないが、これは准将の親ごころではないのかね? 君にも学園生活を味わってもらいたい、と言う。とても、ふつうとは言いがたい場所ではあるがね」
「…………」
そんなことをしそうである、ってのが微妙に面映ゆい。准将はあんなだが、あの人がいなければおれが組織にいることもないだろう。だれひとり頼りにすることなく生きてきた自分が、唯一信頼する人物だ。言葉にすると腹が立つけど。
「それでは、転入の手続きをするのである。あとで教室へ案内しよう。いいかね、君が妖怪でないことを知るのは学園で私ひとり。ゆめゆめ忘れてはならないのである」
おどしのような言葉にため息一つ。校舎へ向かう学園長のあとをついていくのだった。