フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶57
一気に距離を縮めて、至近距離からレーザーを見舞うが、それは互いのシールドによって阻まれて命中する事は無かった。
『白い鳥』と宙で交差する。
それならば、とハンドルと、スロットルを一気に捻り込んで、フットバーを蹴り込む。
視界が一気に塗り替えられて、機体が翻る。
その僅かな時間。
同じ事を、『白い鳥』もやって、お互いが決して交わる事の無い円を空に描きつつ、レーザーを放った。
やはり、シールドに遮られて、命中する事は無い。
が、それはお互いの技量の高さを証明し合う様に、再び空を舞う。
仕方が無い、仕掛けるか。
先頭にいる1機を追う様に、その背後を取る。
瞬間、俺とテルシアの間に割り込む様に、1機が入り込んでレーザーを放ってくる。
白銀の機体を先頭にして漆黒の機体、白銀の機体、漆黒の機体と数珠の様に続く。
先頭の機体が左に急旋回しようものならば、俺はそれを逃すまいと、機体を旋回させる。
すると、その背後の機体が旋回して、一番背後のテルシアがそれを追う。
しかも、その旋回は複雑な上下左右運動も加わって、単調な線では無かった。
常に左右上下に揺れ動きながらの急旋回。
一瞬、それが途切れたかと思えば、今度は逆の旋回。
そして、機体を翻して、逆撃を加えて来る。
許すまいと、相手の背後に回り込んで、レーザー掃射。
どの方向が上で、どの方向が下なのか、感覚が鈍ってくる。
しかし、その一瞬でも気を抜けば、忽ち、レーザーが命中して、シールドに負荷がかかる。
シールドの耐久が超えた瞬間、それが致命傷へと繋がるのだ。
歯を食いしばりながら、複雑な曲線を空に描いて追跡する。
常に、追いつつ、追われつつ。
レーザー警告音もやむ事は無い。
『白い鳥』と『黒死蝶』、両者が縺れ合いながら、高度を変えて、曲線を描いていく。
俺は、これ程の技量を持った敵と出会った事は初めてであっただろう。
驕っている訳では決していないが、俺達『黒死蝶』に匹敵する敵とこうして空で戦える事に高揚している。
不思議な事に、俺は、生きるか死ぬかと言う命のやり取りには似付かない、まるでスポーツを楽しんでいるかの様な心地よい緊張感で満たされているのだ。
いま、この瞬間。
ひとつだけ気が付く。
必要のないと思っていた人間性が。
自分の身体の何処にもないと思っていた人間性が。
在るじゃないか、ここに。
まだ在るじゃないか。
ただ忘れていただけだったんだ。
嬉しいと思える。
憎いと思える。
悲しいと思える。
楽しいと思える。
自分の感情。
取り戻すのではない。
最初からここにあったのだ。
そう感じる。
だから、決して逃さない様に、俺は追う。
機体を翻し、スロットルを捻り込んで、フットバーを蹴り込む。
前方の機体が三度翻る。
その背後を狙う様に、照準を定めそして撃った。
僅かにそれは白銀の機体の横に逸れて宙を射抜く。
同じ様に、敵機もこちらに向かって撃ってくる。
俺は素早く機体をスライドさせて、避ける。
と、その時、気が付いた。
敵が放ったレーザーは、俺を狙ったものでは無い事に。
そしてそのレーザーは背後を飛ぶテルシアに向かっている事に。




