フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶54
「約束?」
訝しげに問いかける。
「はい」
そう言って、テルシアは瞳を伏せて、一呼吸置く。
何か大切な事を言おうとしているような、そんな様子だった。
そうして、再びこちらに空色の瞳を向ける。
「もしも、どちらか片方が撃墜されてしまった時」
「お前、何を言い出すんだ?」
つい、遮ってしまう。
彼女は一体、何が言いたいのだろう。
俺に何を伝えたいのだろう。
そしてその時、この後に続く言葉の意味を理解する時、俺はどう思うのだろうか。
決して予知能力がある訳では無いが、この先に続くであろう彼女の言葉を聞いた時、俺は底知れぬ不安に苛まれるのではないかと思えたのだ。
「良いから聞いて下さい」
そんな俺の胸中を察してか、ゆっくりとした口調でテルシアは言う。
いつもの無表情では無い。
真剣さと、必死さを交えた表情を真っ直ぐに向けて、口を開く。
「これは、もしもの話です。
私か、隊長。
どちらか片方が撃墜されてしまった時には、全力で逃げる事。
これをお互いに約束しましょう」
「どういう意味だ?」
「これに、意味なんてありませんよ。
私、ちょっと考えたんです。
偉そうな事を言ってしまいますが、私か隊長のどちらかを墜とせる技量を持っている相手だとしたら、私達二人ならどうにか出来るでしょうが、きっと片方だけになった時には勝ち目はありません」
その相手が誰を差しているのか瞬時に分かった。
奴だ。
『白い鳥』の事を言っているのだろう。
今日、見た『白い鳥』。
彼らの機体と技量は俺達と同等か、それ以上の可能性が高かった。
それを感じ取ってか、彼女は言うのだ。
「ほら、黒死蝶のノーズアートも二人で1つじゃないですか」
俺に、何としてでも納得して欲しいと思っているのだろう。
それが理由にはならない事でさえも、そう聞こえる様に言ってくる。
そして、彼女の声が僅かに震えていた。
「それに、戦場では、個人的な感情を持つなと教えてくれたのは隊長なんですよ。
今更、それが間違えていた、だなんて言わないで下さい」
「あぁ、そうだったな。
人間性が在る者ほど早く墜ちて行った。
だから、俺はそれを間違えていた、だなんて言わない」
「それは良かったです。
何だか安心しました」
この先、この約束を守る様な場面に出くわす事の無い様に俺は強く願う。
「わ、どうしたんです」
テルシアが少し驚いた声を上げる。
俺は、テルシアを抱き締めた。
「あの、ちょっと苦しいです」
「悪い」
自分が思っている以上に力が入ってしまったらしい。
少し、腕を緩める。
「でも、もう少し、このままでも良いですよ。
私、全然、平気なので」
そう言って、彼女の腕が俺の背中に回された。
お互いに無言のまま、穏やかな時間が過ぎていく。




