フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶53
食事を終わらせ、食堂を出る。
テルシアは一旦黒い小鳥を部屋の箱に乗せてから、俺の袖を摘まんで通路を歩き始める。
いつも編隊飛行する様に彼女が右後ろにいる事が常と言う事もあり、彼女の左後方から付いて行くと言うのは何だか違和感がある。
通路を進み、階段を上る。
そして更に通路を進む。
また別の階段を上る。
幾つかの扉を開けて、通路を進むと、『第4観望室』と言う文字の書かれた扉に辿り着いた。
どうやら、飛空戦艦の一番外側まで来たらしい。
扉を開けると、天井や、壁面の一部が透明な強化ガラスで覆われていた。
そこから見えるのは夜空に浮かぶ白い月だった。
部屋の電灯は消されたまま。
しかし、月明かりが、仄かに部屋を照らして、優しい光が包み込んでいる様だ。
テルシアは黙したまま、窓際の手摺に背を向けて、こちらに向き直る。
空色の瞳をじっとこちらに向けて、向かい合う様に俺の腕を手に取った。
何かを待っている様に、ゆっくりと瞳が閉じられる。
長い睫毛が僅かに、震えている。
「テルシア」
「はい」
囁く様なテルシアの声。
一流の彫刻家が創った作品の様なテルシアの表情。
心の底から綺麗だ、と思えた。
彼女の頬に手を添える。
俺よりも体温が高いのだろうか、ほんのり温かい。
そして一瞬、キスした。
「その、何だ」
誤魔化すように言う。
どうもこの様な場の空気が気恥ずかしいと言うか、慣れない。
先ほどから慣れない事ばかりだったので、俺としては少し落ち着く時間が欲しいと言うのが本音だった。
勿論、それを悟られない様に、してるが、案外、彼女は俺の本音を見破っているのではないかと思えて来る。
こう言う時、テルシアは勘が鋭い。
まるで俺が戦闘空域の空気を読み取る様に彼女は自然に感じ取っているのだろう。
何か隠し事をしているならば、恐らくそれを言い当てるだろうし、言わずとも分かっている様な素振りを見せる事もあるのだ。
「ちょっと、こう言う時には、何か格好良い言葉があるんじゃないですか。
良い雰囲気だったのに何だか台無しです」
頬を紅潮させたままテルシアが言う。
「悪いな。
俺は格好良い言葉が言える程、語彙力がないからな」
何処か不服そうな彼女ではあったが、不意に思いついたように声を出す。
「あ、そうだ」
「何だ?」
問い掛ける。
「一つだけ約束をしましょう」
そうして、じっとこちらを見やった。




