フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶52
その日、格納庫へ戻るまでテルシアは声を出さなかった。
いや、出さなかったと言う表現は変かも知れない。
言葉を交わさなかったと言うのが自然な表現だろう。
「隊長、あの。
後で食堂に行きますよね」
と、そう言い残して彼女はそそくさと通路へと通じるドアに向かって歩いて行ってしまった。
彼女は、多分怒っているのだろう。
自分自身に対して。
救えなかったと言う結果に対して。
そして、それに至る決断や判断に対して。
だとしても、あの状況下で俺は他に最善の方法を見出せなかった。
だから、もしも、あの時どうしてあのように判断したんですか?
と問いかけられた時、果たして答えられるか、自信が無かった。
分からないのだ。
俺の判断が間違っていたのか、正しかったのか。
結果として、そうなった。
人間性をあの場面で優先していたとしたら、生き残る確率は低い様にも思えた。
仇をとりたい、と言う感情に逆らわず、あのまま向かって行ったのならば、恐らくテルシアは命を落としていたかも知れないと言うのが本音だ。
その事が俺は恐ろしかった。
大切な人を失うと言う事が、この時、初めて酷く恐ろしかったのだ。
冷酷な言い方をすれば、これはこれで人間らしいかも知れない。
戦いから逃げていると言う事なのだろう。
戦場では無くしていたと思っていた人間性が、まだ残っているのだと、そう思いながら機体を降りて、シャワーを浴び、食堂に向かった。
既にテルシアはいつもの席に着いて、オムレツを食べていた。
その隣には、黒い小鳥が小皿に入った小魚を食べている。
この鳥が一体、何なのかまだ分かっていない。
と、言うか、テルシアは大した問題では無い様で、調べる事はしていないようだ。
雛鳥だった頃に比べて、一回り、いや一回り半ほど大きく感じる。
ちなみに、今朝には羽を羽ばたかせていたそうだ。
もう、そろそろ飛べる日も近いかも知れない。
席に着く。
「お先に頂いています」
と、言ってテルシアはオムレツを頬張る。
「なぁ、テルシア」
「なんですか」
「今日の事だが、気にするな」
「……はい。
分かっています」
少しの間を開けて、テルシアが答えた。
「ちょっとですけれど。
私、考えたんです」
そう続けざまに言って、スプーンを置いて、こちらを見やる。
「何を?」
「でも、まだ漠然としてしまって上手くは言えないんです」
「そうか」
「あ、それよりもこの後、時間ありますか」
思いついたように彼女は言う。
「まぁ、報告書を提出する位だからあると言えば、あるが」
「なら、デートしましょう」
「こんな場所で?」
「こんな場所でも、です」




