フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶20
「隊長はどうなんですか?」
「どうって言われてもな」
内心、その様な質問が来るとは思いもしなかったので平静を装って答える。
「誰かと付き合いたいとか、そう言う事は思わないんですか?」
「それは勿論、思うだろう。
とは言え、ここはあくまで戦場だ。
いつ死ぬか分からない事はお前も良く知っているだろう」
「場違いと、言う事ですか?」
「少し違うかな。
ただ、後悔はしたくないと思ってはいる。
やり残した事が無い様に極力努力はしているつもりだ」
はて、本当にそうなのだろうか。
後悔しない様に、やり残した事の無い様に努力しているのでは無く、そうならない様に自分の持ち物や、人との関わりをなるべく持たない様に逃げているだけでは無いだろうか。
とも自分自身思えて来るのだ。
「つまりは…。」
テルシアの空色の瞳がじっとこちらを見ている。
「俺は不器用だからな。
上手くは言えないが、その2点をモットーにしている」
「そう、ですか。
私も後悔しない様にしているつもりですがなかなか難しいですね。
やはり、やり残した事って言うのはありますし」
何かこちらを窺う様に見ている。
いつも無表情であったのに、珍しい。
とは言え、以前に比べると随分、感情が見えるようになった気がする。
ほんの数か月前には日常でさえも戦闘時と同じ様に表情は無くただ、「はい」か「いいえ」を繰り返すような状態だったのだから。
「と、言う事で、今ここで一つ。
やり残す事が無い様にします」
そう言ってまじまじと俺を見やる。
一歩、二歩。
こちらに近付いて来るテルシア。
手を伸ばせば頬に手を添えられる程の距離。
「隊長…。
いえ、ヴェルト…さん。
私と、付き合って下さ」
「ちょっと待て!」
と、素早く右手でテルシアの口を塞ぐ。
瞬間に、いつもの無表情に、若干の抗議を込めた視線が向けられる。
「そのー。
何だ。
こう言う事は、お前から言うものじゃ無い、と俺は思う。
むしろ似合わん」
言っている事が支離滅裂だ、と自分でも思いつつ、そっと、右手を離して一つ大きく呼吸する。
「似合わないってどう言う意味ですか?」
「いや、要するに…。
あれだ、俺と付き合って貰えるか?と言う事だ」
「隊長、さっきから言っている事が滅茶苦茶です」
テルシアの顔の白い肌がほんのり紅潮しているように見えた。
「あぁ、そうだな。
お前の言う様に滅茶苦茶だ」
「でも、そんな滅茶苦茶な事を言う隊長と付き合うって言うのも面白そうですね」
視線を逸らすテルシア。
「今後も宜しくお願いします」
付け足すようにそう言ってこの時、彼女は恐らく初めて綺麗な笑みを浮かべた。




