フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶2
全長450メートルの漆黒に塗装された巨大な飛空戦艦が見えてくる。
「こちら管制室、機体認証コードを確認されたい」
事務的なオペレーターの声が通信機を通じて聞こえてくる。
「クリストロ・ヴェルト。
コード煉華F681114」
こちらも事務的に返す。
「ハレム・テルシア。
コード煉華F681413」
僚機のテルシアもまた同じ様に感情の感じられない口調で通信を送っている。
いや、彼女の場合は普段と変わらないが。
慣れていると言うのと同時に、内心煩わしいとでも思っているのかも知れない。
実際、連日の出撃でほぼ同じ時間に出撃して、同じ時間に帰還しているのだから、オペレーターも言われずとも知れているのでは無いかと思えてくるのだが、軍規にあるように、この機体認証コードの英数字の羅列と搭乗機体の組み合わせ、更に自身の名前によって個人の特定と同時に、敵味方の識別をしている訳だ。
「照合確認。
第5格納庫へ誘導します」
別に誘導しなくても場所は分かり切っていると言うのに、等と思いながらも機体の小型モニターに表示された案内通りに飛翔し、第5格納庫へと機体を滑らせた。
格納庫内は相変わらず、整備員が動いているが、何処かのんびりとした印象を与える。
と、言うのもここ数日は大きな戦闘が在った訳でも無く、出撃するのは周辺の空域の警戒等だったからだ。
艦内での噂ではあるが、この先も大規模な戦闘が行われる事は無い様な内容が多かった。
勿論、大規模な戦闘が無い方が良いに決まっている。
理由は簡単。
誰も死なずに済むからだ。
この戦争が始まった当初は多くの仲間で編隊を組んで飛翔したものだ。
3機を1組として、それを10組配置して、空中戦を挑んだ事もあった。
だが、今となってはこの編隊を構成する人員も片手の指で数えられる程しか残っていない。
「隊長、お帰りなさい」
機体の小型モニターにキーボードを接続して設定を変更しているのだろう。
華奢な身体をパイロットスーツに包んで、忙しく機体教本とモニターとを見やりながらこちらに笑みを浮かべている。
名前をカルテット・ライトフライ。
腰に差し掛かる長さまである茶掛かった黒髪をうなじで結わえてポニーテールにしているライトフライだが、見た目は何処か、落ち着きの無い学生然としている。
恐らく編隊の中で一番テンションの高い人物だろう。
目鼻もはっきりしていて、茶色い瞳からは常に好奇心旺盛さが滲み出ているようだ。
だが、ライトフライの飛翔技術はその見た目とは反比例して高度なものだ。
ヴューレのパイロットで、もしも飛翔技術順に並んだ場合、恐らく彼女は上位に食い込んでくるに違いないだろう。
男性パイロットにはあまり見られない繊細な操縦と機体への細かな配慮でテルシアや、ライトフライの様な女性パイロットの方がヴューレの操縦に適性があるのでは無いかとも言われている程だ。
「あぁ、そっちは変わりないか?」
うーん、と小首を傾げつつライトフライは迷惑そうな表情で少し離れた場所で女性整備員と何やら楽しげな表情で談笑している男を見やった。