フィフスグラウンド戦記外伝 黒死蝶1
この場所では誰もが平等だ
地位、名声、年齢、性別
それらは意味を為さない
地上と言う呪縛から解き放たれ
誰もが自由なのだ
何の為に ここにいて
何の為に 空を飛ぶのか
ここにあるとするならばそれが一体何なのか
まだその答えは見付からない
この物語は
決して英雄ではなく
名も無き者達のひとかけら
灰色の靄が掛かったような曇り空。
こう言う日は生存の可能性が格段に上がる。
空気中の水分量が増え、その影響でヴューレに取り付けてあるレーダーの性能が半減するからだ。
戦場の基本。
相手よりも早く見付ける事。
これが大前提だ。
頭では分かっているのに、実際はこれがなかなか難しい。
相手もその事を熟知している事もあって例えば水分量の多い雲の中に隠れ潜んで、周囲を窺っている場合が多い。
機体に取り付けてある小型モニターから警告音が鳴る。
だと言うのに、今日初めて見つけた敵は雲の少ない空域を飛んでいる。
こう言う時には要注意。
わざと発見させて、接近した所を襲うと言う戦術があるからだ。
案の定。
その白銀の機体の後方の、雲の隙間から別の機体が見えた。
「見えたか?」
すかさず僚機に通信を送る。
「勿論です。
どうします?後方の敵機からにしますか?」
ほんの僅かではあるが楽しそうな口調で問いかけられる。
普段、全くと言って良い程感情を表に出さない彼女ではあるが、こういう時、ほんの一瞬感情を表に出すことがある。
本人は自覚していないだろうが、声のトーンが僅かに高くなるのだ。
自分の僚機として空中飛行の技術とそれに伴った謙虚さは満足しているのだが、こういう時だけは子供染みていて好きでは無い。
と、言うのもこうした生と死が隣り合わせで、いつ自分が死ぬかも分からない状況の中、個人の感情と言った人間らしさを出す事は禁忌では無いかと思う様になったからだ。
連邦国軍との開戦から数か月、この戦場では、人間らしい奴ほど早く堕ちていった。
仲間の死を目の当たりにして、感情が赴くまま、敵機に突っ込んだ者もいた。
或いは、仲間を庇う為に、わざと敵のレーザーに当たる者もいた。
誇れるような事でもなければ、愚かしい事でもない。
ただ、そうなったと言う結果論だけが残った。
それだけだ。
そして、その結果論に感化される様に機械のように感情も無く、ただ心も、魂でさえも凍らせた者達だけがこうして今も空を飛んでいる様に感じるのだ。
「両方一気に叩く。
俺は先行している奴を」
それだけを言うと、速度を調整するスロットルを捻り込む。
後方で飛翔していた彼女は機体を滑らかに翻した。
そうだ、ここでは機械だけが生き残るのだ。
機体を急上昇させて、雲の中へ。
一瞬出来た雲の切れ間から敵機を確認。
すぐさま鋭角で敵機に突っ込む。
白銀に塗装された連邦国軍の機体はここでやっと気が付いたのか、慌てふためきながらパイロットがこちらを仰ぎ見た。
刹那、レーザー掃射ボタンに指を掛ける。
パイロットと視線が合う。
何を思っているのだろうか。
驚きか、これから起こるであろう出来事の嘆きか、あるいは。
吸い込まれるように青白い閃光が、パイロットの身体を射抜く。
そしてそのまま閃光は機体をも貫いた。
スロットルを握りなおして、機体を加速させ、再び急上昇する。
刹那、赤い炎が雲の中へ飛散していくのが見えた。
「敵機撃墜」
それと同時に彼女から通信が入る。
いつの間にか、元通り、一枚の絵画の様に俺の後方に彼女の機体が滑り込んでくる。
「そう言えば、ですが」
今日は珍しく彼女の口調が多い。
こう言う時には黙って聞いているのが常だった。
「私達って、敵に何て呼ばれているか知っていますか?」
彼女は先ほどよりも僅かに声のトーンを高くして問いかける。
「さぁ、興味も無いな」
そう答えると彼女は答える。
「コクシチョウだそうですよ。
黒い死を呼ぶ蝶々だそうです」
続けて彼女は言った。
「不吉なものらしいですよ。
って聞いています?」
ここでは機械でなくてはならない。
そうしない者は堕ちていった。
だと分かっていると言うのに、どうしてこうも心が躍るのか。
俺は口を開く。
「あぁ、聞いている。
良い名だな」
「本当にそう思っています?」
彼女の声がやや曇っているようにも聞こえる。
何か不満があるらしい。
「あぁ、それよりも一旦、帰艦するぞ」
「了解しました。
クリストロ・ヴェルト隊長」
機首を南の方角へと向ける。
そしてスロットルを捻りこんだ。