いらないこ
初挑戦のジャンルです。楽しんで頂けると嬉しいです。
…字が読めない私でも、知っている童話が一つだけある。
―あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
―女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
―そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
この国の季節の女王様の童話は、訪れる季節は塔に住む女王様によって訪れるらしい。今の季節は、冬の女王様。
冬はとても寒い。どうして冬があるのか分からない、『いらない』季節…と誰かが言った。
冬は『いらない』…
そうなのかもしれないな…とかき集めた、『いらない』布をかき集めて寝ている私は思った。
とてもとても寒くて、なかなか寝る事が出来ない。それでも『いらない』と捨てられていた布はとても役にたっている。明日はもっと『いらない』布を集めようと決めた。
―ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
―冬の女王様が塔に入ったままなのです。
―辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
―困った王様はお触れを出しました。
困るぐらいならどうして、冬の女王様を塔に入れたんだろう…?その童話を聞いた時、私は不思議に思った事を覚えている。
私は生まれた時から『いらない』と言われた。名前も『いらない』ので、私の名前は『いらない』だと思っていた。
それでも家もあったしご飯も一日一回だったが貰えたので、『いらない』はその家にいた。
確かに私を産んだとされる母は、私の存在をいないものとして、私を見た事はない。私を見た事がなかったので、母とはそういうものだと思っていた。
ある時、初めて私の事を話している母の声を聞いた。
「はやく『いらない』子を、捨ててしまいたい。どうしていなくならないの」
なるほど…と思った。あまり頭が良くない私には、『いらない』ものは、捨てるものだという事を知らなかった。
その日、『いらない』私は、家からいなくなることにした。
どうして『いらない』私を母は産んだのだろうか?
―冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
―ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
―季節を廻らせることを妨げてはならない。
この寒い冬がさっさと終わるのなら、冬の女王様と春の女王様を早く交代させたいと思ってしまう。冬に入ったばかりだというのに、春がとても待ち遠しい。
家から出た事がなかった私は、家も寒かったが外はもっと寒い事に気が付いた。靴もなかったから、足はすぐに傷だらけになった。
どこに行けばいいか分からなかった私は、『いらない』ものを捨てる場所を探した。そこが私の居場所のような気がしたから…。
どれだけ歩いたのか分からないが、ものがいっぱい落ちている場所にたどりついた。
これは何だと、そこにいた人に聞いた。
「これは何でもないものだ」
何でもないものとはなんだと聞けば、顔をゆがめて『いらない』ものだと言った。『いらない』ものなら拾ってもいいだろうか?と聞けば、誰も『いらない』からいいんじゃないか、と言われた。
そうか…『いらない』は誰も『いらない』から『いらない』私でも拾ってもいいのか…。
片方しかない『いらない』靴も、もう一つの『いらない』靴で、足はもう痛くない。
破れた服も、他の部分が敗れた服を着ればその穴からの寒さはなくなる。
『いらない』もので壁を作って、寝る場所も出来た。
ただ『いらない』はずのご飯を拾うたびに、その家の人に怒られた。『いらない』ものを拾っているだけなのに、どうしてだろう?『いらない』ご飯を拾う時だけは、見つからないように拾った。怒るぐらいなら、捨てなければいいのに。
ある時は、箱の中に小さな生き物がいた。ここに置いてあったので、捨てられたのだとすぐに分かった。私は、小さな生き物を拾う事にした。ニャーニャー鳴いてとても可愛い。こんなに可愛いのに『いらない』なんて…。抱っこすれば、体がとても冷たくなっていた。私は撫でるように暖めるとだんだんと体が暖かくなる。きっと一緒に寝たら暖かくて良く眠れるであろうと思った。
誰からも『いらない』ものを、私は拾っていった。誰からも『いらない』ものは、私にとって『いらない』ものではなかった。何故『いらない』のかは分からなかったが、私にとって『いらない』のではなければ、それでいいと思った。
色々な所で『いらない』ものを拾った。どれもこれも私には『いらない』ものに見えない。『いらない』ものは、私にとって宝物に見えた。
―お触れを出せど、誰も冬の女王様と春の女王様を交代させる事は出来ませんでした。
―何故なら、冬の王女様に会おうにも塔には近づけませんし、春の女王様の居場所すら誰にも分からなかったからです。
『いらない』と言われた冬は、物語の中では『いらない』とは言われなかった。だから、私は冬を『いらない』ものだと、はっきり思えなかった。私には、どうしても拾えない季節。
この童話を知ったのは、隣から聞こえてきた老婆の声に耳を傾けた時だった。
毎日、決まった時間に同じ童話を老婆は声に出して読んでいた。いつも誰かに読み聞かせているんだと思っていたのだが、ある時気になって隣の家を覗いてみれば、老婆は一人で童話を読んでいた。何故一人で読んでいるのか分からなかったが、私はその老婆が童話を読んでいる時間がとても楽しみになっていた。
毎日、毎日、私があの家からいなくなる日まで、ずっと続いていた。
『いらない』ものに囲まれた『いらない』私は、道に人が座り込んでいるのを見つけた。誰もが、その人を遠巻きに見ている。
誰かが「病気を持ってるから近寄らない方がいい」と言っていた。どうして病気だと近づいてはいけないのかと聞けば「うつるからだ」と教えてくれた。病気はうつると困るものらしい。病気は『いらない』ものだと私は思った。ならば、病気を持っているあの人は『いらない』のだろう。私は拾う事にした。
『いらない』私は、もう一人『いらない』人を見つけて嬉しくなった。私の『いらない』もので作った家に運ぶのは大変だったが、嬉しくて嬉しくて大変だと思う事さえも嬉しかった。
―王様は、春の女王様が何故塔に訪れないのか、春の女王様と仲の良い夏の女王様に聞きました。
―夏の女王様は、春の女王様は『寂しがり屋だから塔に入りたくないのだ』と言いました。
童話を聞いていたその時の『いらない』私には、寂しいという感情が分からなかった。
もう一人の『いらない』人は、病気だというので部屋の『いらない』布団に寝てもらった。
もう一人の『いらない』人は、「さむい」「さむい」と言っていた。私は『いらない』布をいっぱい集めて、もう一人の『いらない』人に着せてあげ、『いらない』ものを集めて、火にくんで部屋を暖くした。
もう一人の『いらない』人は、寒いと言っているのに体が熱かったので、『いらない』水たまりに出来た氷を『いらない』袋に入れて額にのせた。
もう一人の『いらない』人は、喉が渇いたというので、飲める水を川にくみにいった。
もう一人の『いらない』人は、お腹がすいたというので、『いらない』ご飯を探しにいった。
もう一人の『いらない』人は、だんだんと病気から良くなっていった。私はもう一人の『いらない』人が退屈にならない様に色々な話をした。どこかで聞いたおとぎ話や、私が拾った小さい生き物の話。
もう一人の『いらない』人は、色々な話をしてくれた。とても楽しい私の知らない世界の話。
私は、『いらない』人が何か言う度に嬉しくて、一緒にいる事が楽しかった。だけれども、もう一人の『いらない』人は、もう病気が無くなれば『いらない』人ではなくなる。それでも、もう一人の『いらない』人が、病気を捨てる事が出来たのなら捨てられる事はもうないだろう。私は『いらない』のだから、『いらない』モノ以外は拾えない。
もう一人の『いらない』人は、病気が治ると名前を教えてくれた。やっぱり名前は『いらない』ではなかった。
もう一人の『いらない』人は、私にお礼を言うと「また戻ってくる」と言った。
ここは『いらない』ものだけがいる場所だから、戻って来てはいけないと言えば、ここには『いらない』ものなんて一つもないと言われた。そう言った。もう一人の『いらない』人だった彼は、『いらない』ものばかりの場所からいなくなった。
―王様は、冬の女王様が何故塔から離れないのか、冬の女王様と仲の良い秋の女王様に聞きました。
―秋の女王様は、冬の女王様は『塔の眺めが好きだから塔から出たくないのだ』と言いました。
『いらない』私は、『いらない』ものばかりの場所から出る事が出来なかった。この場所以外、『いらない』私には行く所がない。
彼だと分かったのも病気が治ってからだった。とてもきれいな顔をしていた。そんな彼が、もう『いらない』場所に戻って来るなんて思えなかった。私は、また一人だけの『いらない』人になった。
冬はまだ続く。『いらない』ものである病気を拾った『いらない』私に冬はきつく襲った。
『いらない』病気で意識は朦朧としてくる。『いらない』私は、この世界からやっと捨てられるんだと思った。なんだ、『いらない』病気も『いらない』ものではないのかも知れない。一人になった『いらない』私は、寂しいという『いらない』感情を覚えてしまった。こんな感情は『いらない』。彼に戻って来てはいけないと思いつつ、寂しいから、戻って来てほしいという『いらない』感情を捨てる事が出来なかった。それならば、『いらない』私ごと捨ててしまえばいい。
小さな生き物が、私の頬を舐める。きっとこんなに可愛いのだから、このこは『いらない』場所から出ていく事が出来るはず。
私が居なくなっても『いらない』ものが捨てられるだけだ。あんなに高かった体温が無くなっていくのを感じる。
もう一度…彼に会いたかったな…
最後に『いらない』想いを口にすれば誰かが私を抱きあげた。私の意識はそこで終わった。
―その話を王様と一緒に聞いていた一羽の鳥が、言いました。
―『冬の女王様の塔へ飛んでいく事も、私なら飛んで春の女王様を探す事もできます。私が二人にそれを告げてきましょう』と。
私も羽があれば、飛んでいけただろうか?飛んで彼に会いに行けただろうか?
目が覚めると、とても暖かい部屋でフカフカしたベットに寝ていた。私の手を握り見つめるその先には、『いらない』ものではなくなった彼がいた。
「遅くなってごめん」
そう言って泣く彼に、私は夢だと思い『いらない』私にも、夢が見れるんだ…と口にしてしまった。
彼はそんな私に、夢ではない事、ここは彼の家だという事を教えてくれた。彼は、一人で旅に出ていたのだけれど、騙されて無一文で外に投げ出され、歩いて帰ろうとしたら病気にかかってしまい道に倒れていたのだと、あの時の状況を説明してくれた。
あの場所から一人で居なくなったのも、一緒に連れて行きたかったが、寒く足場の悪い季節に私を歩かせる訳には行かないと思って連れて行かなかったのだと言った。
そして体調の悪い私を見て、今度は彼が私を看病するんだと、嬉しそうに笑った。
『いらない』私に、お薬を飲ませてくれた。
『いらない』私に、暖かい布団で寝せてくれ、暖かい暖炉で部屋を暖かくしてくれた。
『いらない』私に、優しく冷たいタオルを頭にのせてくれ、手を握っていてくれる。
『いらない』私に、甘い飲み物を用意してくれ 暖かいご飯が毎日運こんで、食べるのを手伝ってくれる。
『いらない』私に、退屈しないように本を読んでくれ、色々な話をして分からない事を丁寧に説明してくれた。
『いらない』私に、小さな生き物を見せてくれた。『いらない』場所にいた私の拾った『いらない』もの。嬉しくて病気なのにベットの上で跳ねて喜んでしまった。
『いらない』私に、また彼は、『いらない』感情を増やしていった。
―鳥はまず、多くの人に囲まれた寂しくない場所にいる女王様を見つけ聞きました。
―『塔の眺めをもう見たくはないのですか?』
―春の女王様はそう言われると、塔の眺めを見たくなりました。
『いらない』ものばかりの場所には、良い眺めの景色などない。
病気が治れば、『いらない』場所に戻らなくてはいけない。あの場所は寂しい。誰もが『いらない』と言った意味が分かった気がする。こんな『いらない』感情を持つぐらいなら、病気で捨てられ方が良かった。私が突然泣き出すと、「どうしたの?」と彼は手ぬぐいで私の涙を拭いた。
「私は『いらない』人なの。なのに『いらない』場所に帰りたくないと思ってしまった…」
「帰らなくていいよ。君は『いらない』ものではないし、それに、あの場所は『いらない』場所でもない」
―鳥は次に、高い塔で一人でいる冬の女王様に会い聞きました。
―『この塔に一人でいて寂しくないのですか?』
―冬の女王様はそう言われて、何だか寂しくなってきました。
「でも私には、名前もないの。『いらない』と言われたものだけが、私の居場所だった」
「名前なら、僕がつけよう。君の居場所もここにすればいい」
「名前を付けてくれるの?『いらない』私なのに?」
「『いらない』なんて言わないで…君は、僕の大切な人なんだ。だから君との思い出の場所は、どこも大切な場所なんだよ」
大切という意味は良く分かっていなかったが、『いらない』の反対だと彼の表情で分かった。私も彼を「大切だ」と言えば、彼は顔を赤くして微笑んでくれた。
―冬の女王様が塔から降りてみれば、そこには春の女王様がいました。
こうして季節は又廻り始めました。
もしかしたらあの童話を読んでいた老婆は、私の為に読んでいてくれたのではないかと思う。私にも、きっと春が廻ってくると教えてくれていたのではないかと…。
彼に名前を付けてもらった時、もう一つ名前が増え…やがて、大切な家族が増えていった。
彼は私を大切に大切にしてくれた。…『いらない』私を、彼が捨ててくれたのだ。
『いらない』私は、もういない。
冬はとても寒い。どうして冬があるのか分からない、『いらない』…と誰かが言った。
だけれど、『いらない』冬は私には存在しなかった。寒い、寒い季節。彼と私が出会えた大切な、大切な季節。