第一章3
前書き
区切りを見つけられなかったので、長い話になっちゃいました。
多分、ほんわかふんわか日常編。
……あ、でも軽く(軽いのか?)戦闘シーンが入ってるや。
グロくはないけど、痛いの注意~
クラウとトゥルーの二人は、お昼ご飯をカミュの家でごちそうになっていた。
カミュの命の恩人ということで、カミュの母の好意によるものだ。
「クラウさんってすごく食べるね。朝あんなに食べたのに、もう食べられるなんて」
「彼もあんなに食いまくったのは久しぶりだなー」
クラウが目覚めたのは午前中のこと。目覚めた後に大量に食べまくり、男爵の家から戻ってきて、もう昼のご飯を食べている。
さすがに起きた時のような暴飲暴食はしていないが、あれだけ食べておいてもう普通に食事をしているというのも驚きだ。さすがにこれ以上食べ続けてはカミュの母親に悪い気もして、クラウは食べる量を控えておいた。
そんなクラウを、カミュは母は穏やかに見ている。
そんな食事の後、カミュの家を後にした。辺りになってから、クラウはとんでもないことに気付いた。
「大事な話がある」と、深刻に切り出すクラウ。
「なんだい?」
クラウが真顔になっているのを見て、軽薄なトゥルーも若干まじめな顔を作る。
「金がない。お前は?」
「当然ない」と胸を張って答えるトゥルー。
「威張ることじゃないだろう」
「そうは言うけどね、ここに来る前に誰かさんが大暴れしたのが原因なんだよね。そのせいで僕は、誰かさんにあわや殺さそうになったわけだし。自分が死にそうなときに、命より金を持って逃げようとする馬鹿はいないだろうしねー」
ちなみにトゥルーの言う誰かさんとは、目の前にいるクラウのことなのだが、話の大部分は二人にだけしか分からない。
「……そうか」
とはいえ、どうもクラウに非があることは間違いないらしい。多少は後ろめたい様子のクラウ。
とはいえ、はっきりしたことが一つ。
「俺たちは無一文か」
そう言いクラウは天を仰いだ。
男爵には見抜かれたように、トゥルーは人間ではない。魔族だ。そしてクラウも人間ではなかった。
ついでに、今の彼らの金もない。
「はあっ、無一文ってことは、これからどうしよう」
「僕は気にしないけど、そんなに金が欲しいなら僕が一言二言言えば……」
「お前の口車で、詐欺をやるつもりか!」
トゥルーの能力なら、簡単に人を惑わして、金を貢がせることができるだろう。例えばカミュの母親なんて典型的なほどトゥルーの口車に乗って有り金全てを差し出しかねない。
そして、この男なら平然とそれをするだろう。
何しろ生粋の魔族なのだから。
「却下だ」
「じゃあ、どうする?金がなくても困らないのに、君は相変わらず人間らしさにこだわるね」
人間らしさといわれて、クラウは一瞬口ごもった。
「……俺は、人間だ」
「まあ、君が何にこだわってもいいさ。ただし、決して自分の本性は隠せないものさ」
真実を言われていたから腹が立った。クラウはトゥルーを睨み付ける。
だが、そんなクラウの内心を見透かしているトゥルーは、魔族にふさにわく、口を三日月形に禍々しく曲げて、陰惨な笑みを浮かべる。
一応クラウの連れではあるが、クラウはこの男が嫌いだ。
それから数日、クラウとトゥルーの二人は、町にある空家の一つにいた。
無一文以前に、寝泊りする場所すらない二人。
とりあえず、最初はカミュの母の行為で家に泊めてもらったが、それも長く続けるわけにいかない。
二人が無一文で、さらに行き場に困っているという話を聞いた町の住人達が、親切心を起こしてくれた。小さなこの町では都市部に働きに行く人間も多く、そのために空家になっている家が何件かある。そこに泊まっていけばいいと申し出てくれたのだ。
親切なのはうれしいことなのだが、どうも適当なことをトゥルーが住人達に吹き込んだらしい。
「実は、ここに来る前に立ち寄った村で、詐欺にあって有り金全部巻き上げられてしまって……」
「一人息子がいるのですが、もう行き場がなくてどうすればいいのか……」
「今日の食べ物はいったいどうすれば……」
「一日だけ泊まれる場所があれば……」
「この町に住む場所があればいいのですが……」
情に訴え、涙なしには語れない話を住人に聞かせ、そして好意を獲得して居場所を獲得する。トゥルーは適当に話しているだけなのだが、誰もが彼の能力である事実誤認をもたらすファルスの術にはまり込んでいく。
このファルスの能力の厄介なところは、人に勘違いを起こさせること以上に、トゥルー自身で能力を制御することができないことだった。彼の力は常に発動していて、耐性のない人間相手であれば、彼が意識して語ったことはもちろん、無意識に語ったことでも、その能力の影響下に落ちてしまう。
そんなわけで、トゥルーが適当な話をしているうちに、術中にかかった住人によって、クラウとトゥルーの住処が出来上がっていた。
もっともトゥルーがばらまいた話の中で、いつの間にやらクラウは、トゥルーの息子にされていた。
「こいつが本物の親父だったら、俺は確実に家出している」
「そんな君がこの家に住めるのは、どこの詐欺師さんのおかげかなー」
ニタニタ笑うトゥルー。クラウには何も言い返せない。なんだかんだと言いながら、結局トゥルーの能力に助けられてしまっているのだから。
もっとも、トゥルーの能力は、だれにでも通用するわけではない。
まずカミュがトゥルーを信用している様子がなかったが、これは彼だけに限らず、この町にいる子供のほとんどがトゥルーの語る言葉を信用していない。彼の力は魔力によるものだが、まだ純粋な子供にこの術にかからないのだ。大人を騙すことができても、子供を騙すことまではできない。
ただ、子供からどう見られたところで、この男は痛くも痒くも感じないのだが。
そして能力にかからないもう一つの例外が、この町の男爵であるユリアだ。魔術師である彼女は、魔術に対しての耐性が高い。魔力による力は、それに対抗できる力がある相手には通用しないのだ。
男爵はクラウとトゥルーの二人がこの町に住むことに反対だったが、トゥルーが周囲の大人たちを言葉巧みに誘導してしまい、男爵の反対意見は町の住人たちに抑え込まれてしまった。いかにファルスの術に落ちなくても、こんな辺鄙な場所の貴族では、政治的な意味での力はそこまでないみたいだ。
何しろ、当人も貴族というより町長程度の存在だと言っていたわけだから。
それから一か月。
町の外にある小麦畑で鋤と鍬を片手にクラウは農作業に励んでいた。汗を流しながらの畑仕事の横で、横にごろんと寝ころんだトゥルーがあくびを噛み殺しながら、うとうとと眠そうにしている。
傍から見ればグータナで働かない親父が息子を働かせ、自分だけ楽をしているようにしかみえない。
とはいえ、この男に働けというのは無駄なので、クラウは気にすることもなく畑仕事をしている。
街に住む場所を得たものの、食べていくためには何か仕事をしなければならない。今は、町の住人から食べ物を分けてもらっている状態だが、畑を耕して、何とか自足していきたい。いつまでも人に頼ってばかりというわけにもいかないのだ。
「ふああっ、君って変なところで生真面目すぎるねー」
欠伸を隠そうともせず、トゥルーが話しかけてくる。
「霧や霞を食べて生きていけるわけじゃないからな」
「別に人間の食べるものを食べる必要はないでしょう」
トゥルーが言っていることは事実だ。ただし、クラウはその言葉を言下に拒否した。
「やれやれ、物好きなもんだ」
退屈ここに極まれり。トゥルーは、目を閉じて寝息をたて始めた。
「クラウー」
それからしばらくして、町の方からカミュがやってきた。その隣には狼の群れ……魔物のハウンドドックから助けた時に一緒にいたアイリスの姿もある。
「よおっ」
畑仕事の手を休めるクラウ。
最初に助けた時にカミュに随分懐かれてしまったクラウだが、一カ月たっても相変わらず……というか、町にいる間にさらに懐かれてしまった。
いつの間にかさん付けもなくなっている。
アイリスの方は助けた当初は、魔物に襲われたことと、その後の殺戮の現場の恐怖を引きずっていたが、ひと月たって当初の恐怖も落ち着いたらしい。
カミュとともにクラウの傍までやってくると、アイリスは手にした水筒をクラウに差した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
水筒を受け取って水を飲むクラウ。
畑仕事で汗も出ているから、この水には助けられる。
「今日はユリア先生の家での勉強だから、呼びに来たよ」と、カミュ。
「げえっ、俺勉強は苦手だなー」
小さな町だが、町の男爵ユリアは自分の家を使って、子供たちにわざわざ勉強を教えている。毎日というわけではないが、実に勉強熱心な教師だ。
「俺は、仕事があるから」
「もう、そう言って言い訳しない。ほら、早くしないと遅刻しちゃう」
「遅刻しちゃうよー」
カミュに続けてアイリスまでそう言ってクラウをせかす。結局二人に両手を引っ張られ、クラウはしぶしぶ勉強の場へと連れていかれた。
あとには、暢気に昼寝をするトゥルーだけが残された。
男爵改めユリア先生は、町の子供たちを集めて自宅で勉強を教えている。
それは大変結構だ。こんな田舎ではまともな教育を施せる学校もないだろうに、実に教育熱心な立派な人。勉強は町の住人にも支持されていて、ユリアは領主としてだけでなく、町の人たちから尊敬と信頼をされていた。
そんなわけで、彼女の家には三十人程度の子供たちが集まっていた。普通の民家に比べれば広い家だが、それでもさすがに三十人ともなれば部屋も狭くなる。
子供たちは未知への勉強に心躍らせ、その目は光輝いて熱心だ。
そんな子供たちとは打って変わって、クラウは眠い。こういう頭を使うことは体がすぐさま拒絶反応を起こして、眠たくなる。
クラウとトゥルーの正体を知っているうえで、二人を追い出そうとしていたユリアだが、住民に反対されてしぶしぶ二人を受け入れた。とはいえ、勉強の時間にやってくるクラウを見る彼女の銀色の眼は冷ややかだ。特に勉強が始まった途端に居眠り始める常習犯であるところから、その視線には氷点下の凍てつきにまでなる。
スコン。
居眠りするクラウの頭に、ユリアが本の角を叩きつける。
「ZZZzzz……」
その程度では起きる様子がないクラウ。
ギュッ。
今度はクラウの耳を、てかげんなく引っ張る。
「はいはい、聞いてますよ。一応、たぶん。ふぅぁぃ」
うっすらと目を開けて、目の前で怒気をあらわにしているユリアに答えるクラウ。
「クラウ、起きてなきゃダメだよ。先生すごく怒ってる」
隣に座るカミュに体を揺さぶられ、クラウはようやく目をちゃんと開けた。
「先生、おはよう」
「おはようではありません。ほかの皆はちゃんと先生の言うことを聞いてるのに、どうして君だけ寝てるんですか?」
「眠たいからです」
正直に答えたクラウ。だが、正直すぎる答えを聞いたユリアは、クラウの耳を引っ張っる力をさらに強くする。
「先生、痛いです」
「だったらもっと痛そうな顔をしなさい!」
言葉と違って、全く痛そうでないクラウ。
「おいおい、クラウのヤツ、ユリア先生を怒らせすぎだろ」
「怖いもの知らずよね」
などと、室内では子供たちの囁きあう声までした。
ユリアの家での授業の後、町にある広場の一角で町中の男子を集めた剣の訓練がある。
前から剣術の訓練が行われていたそうだが、カミュたちが遭遇したのが魔物であることが分かってからは、領主であるユリアの指示で、町の男子は子供まで含めて訓練を行うことが義務付けられるようになった。
万が一の際に、町を守るための訓練だという。
むろん、クラウも強制参加である。
男子と言ってもさすがに幼い子供や赤ん坊、高齢の老人は例外である。ついでに畑の傍で寝っ転がっているトゥルーも参加などしていない。適当な言葉を口にするだけで、あの男ならば訓練に参加せずに済むのだ。
とはいえこのあたり一帯はもともと魔族の出没する土地柄ではないそうだ。そのために剣術の訓練と言ってもどこか間の抜けたものにしかクラウには見えなかった。
やっている人間は真面目なのだが、どこか緊張感というものが足りていない。
そしてクラウは剣術の訓練という奴が、大の苦手で、ついでに嫌いだった。
可能であれば、トゥルーのように適当に逃げてしまいたいくらいだ。
「ああ、やってられない」と、つぶやく。
訓練用の剣……といってもただの棒切れを持たされるだけだが、それを構えて剣の構えの練習をする。
集まっている男たちの前では、本物の真剣を持った老人が剣の型について教え、それに合わせて全員に同じ動きをするように指示を出す。
クラウも棒切れを持たされている以上、適当に形をまねる。
とはいえ、そのやる気のなさはすさまじく、型はいい加減なものだ。
「ほら、クラウちゃんとしないとダメだよ」
そんな体たらくぶりだから、隣にいるカミュに注意される。
「へいへい」
ユリアの授業の時よりは、だいぶましに答えるが、それでも明らかに手を抜きまくるクラウ。
「コラ、クラウ!そんな型では敵に襲われたときに真っ先にやられてしまうぞ!」
当然ながらそんなクラウの様子は目につく。
男たちの前で型の指導をしていた老人が、クラウのもとへ鼻息も荒くつかつかと歩いてきた。
「ドーソン教官!」と、傍にやってきた老人にカミュが姿勢を正す。
クラウはそんなカミュとは対照的に、「あーあー、見つかったか」と愚痴をこぼす。
ドーソン老人はもともと軍人だったそうで、長年の軍隊生活の末についには部隊の隊長まで務めたそうだ。今では歳をとって故郷のこの町に戻ってきて隠居しているものの、元軍人であるからには、剣術の指南役としてはこれ以上の適任もなかった。
外見は白髪交じりの髪に、いかつい顔。軍人時代に負った怪我のために、右目は黒い眼帯で覆われ、しかも眼帯の大きさを超えて、顔の右半分には大きな傷跡が残されている。昔魔族と戦った時に顔面に深手を負い、その時に右目を失い、残された傷跡だという。
年を取っているとはいえ、たいていの人間なら、この男に一喝されただけで恐怖から背筋が凍える。
「クラウ、貴様のなよなよした型では、いざというときに戦いにすらならんぞ。そんなことでは貴様は真っ先に死ぬ!」
顔と相まった老人の厳つい言葉に、クラウは声でなく面倒臭そうな表情で答える。
「ええい、返事もせんとは!貴様の腐った根性を叩き直してやる!」
ドーソンはそう言って、周囲の人間たちをどかせた。集まった男たちは訓練場の端に追いやられ、訓練場の中心にはドーソン老人とクラウの二人だけになる。自然、どかされた男たちは周囲を囲うようになり、二人のやり取りを見守ることになる。
「剣を構えてみせろ。ワシと一本勝負じゃ」
衆人環境になったところで、ドーソンは剣をクラウにつきつけながら宣告した。勝負とあって、ドーソン老人もさすがに真剣から訓練用の木刀に持ち替えている。
とはいえ、何とも激烈な老人だ。
「……」
対してクラウは、無言で剣をだらりと下げる。剣の先が地面についていて、やる気のなさは誰の目にも明らかだ。
「ありゃあ、ダメだな」
「ドーソン老人は手加減がないから、下手すりゃ骨折だぞ」
などと、周囲の男たちは無情に言い合う。
カミュも、ハウンドドックの群れから助けられた時のクラウの強さを目撃している。とはいえ、さすがにドーソン老人が相手では……とクラウの身を案じた。
「ええい、とことん剣をバカにしおって、戦場での恐ろしさを教えてやるわ!」
いい加減にしているようにしか見えないクラウに対して、ついに怒り爆発。顔を真っ赤にしたドーソンが、クラウに向かって剣を真上から振り下ろした。
「どりゃあ!」
裂ぱくの気合い一閃。ドーソンの振り下ろす剣は、目にもとまらぬ速さに見えた。だが、クラウは一歩後ろに退いて難なくかわす。
半分は怒りに任せていたが、渾身の一撃をあっさりと交わされて、ドーソン老人は一瞬よろめいた。
「教官、あまり力を込めすぎると、よけられた時に体制が崩れますよ」
「やかましい、知ったようなことを言うな!」
またまた怒声を上げ、ドーソンが突きの一撃を放った。それをクラウは軽いステップを踏んで横へかわす。
「……グヌヌヌッ」
あっさりと攻撃をよけられたことに、ドーソン老人の顔がさらに赤くなった。
「ええい、卑怯者が!よけてないで剣で戦わぬか!」
叫びながらさらにドーソン老人は、二撃三撃と剣を繰り出しす。それに対してクラウは、剣先は地面にぶら下げたままの状態で、軽くステップを踏みながら次々とよけていく。
見事な回避の連続に、初めは呆れて事の成り行きを見守っていた周囲の男たちも、だんだんと興奮していく。
「すごいぞ!」
「クラウのヤツ、どうしてあんなに簡単によけられるんだ」
ドーソンの剣をかわすごとに、男たちは感嘆の声を上げる。ただし、剣で剣を受け止めないで、ちょろちょろと動き回ってよけているだけのクラウが、ドーソン老人にはますます気に食わない。
「ええい、貴様は山猿か!それでもきん玉はついているのか!」
「山猿はともかく、きん玉は関係ないでしょう」
ドーソンの言葉に軽く呆れるクラウ。
「グヌヌヌヌ」
ドーソンはさらに怒りに身を任せて、剣を容赦なく振るいだした。
「おいおい、まずいぞ。本当に手加減がなくなってるんじゃないのか」
「ドーソン爺さん、木刀といえどこのままじゃ本当にクラウを殺しかねないぞ」
ドーソンの怒りに任せた攻撃に、まずさを感じ始める周囲の男たち。打ち込む一撃一撃の強さが、明らかに子供相手のものを超えている。
その様子を見守るカミュも、クラウのことが心配になってきた。
だが、クラウはドーソン老人の攻撃をよけているだけで、まだ一度も剣を使っていない。ならば、もしかすればドーソン教官にクラウは勝てるんじゃないか。
カミュには、そうも思えた。
だが、そんなカミュの目の前で、クラウはいきなりへまをやらかした。
「あ゛っ」
いきなり戸惑う声を出すクラウ。地面にぶら下げたままの剣が、訓練場の床材である石畳の隙間にはまった。それに勢いを取られて、クラウがバランスを崩す
「もらったー」
ドーソンのは声を荒げ、必殺の突きを繰り出した。
突きはクラウの腹を見事に直撃。威力の乗った一撃をまともに受けて、クラウの体は空中へと浮き上がり、後ろへ吹き飛ばされた。そのまま体が地面へと叩きつけられる。
受け身を取る余裕すらなかったようで、派手に後頭部を石の地面にぶつける。
地面に叩きつけられた後、クラウは腹部に受けた一撃が原因らしく、口から胃の中の物を吐き出し、ぐったりと動かなくなった。
「……しもうた。やりすぎた」
こうなってから初めて、怒りで我を忘れていたドーソン老人の顔が青ざめた。
「クラウ!」
地面に横たわったまま動かなくなったクラウに、真っ先にカミュが駆け寄る。クラウならば、ドーソン老人にも勝てるかもしれないと思っていた。でも、そんなわけがなかった。軍人だったドーソン老人は、やっぱり強いのだ。
でも、今はそれより動かないクラウのことが心配だ。
口の物を吐しゃしたままのクラウは、カミュが傍によってもピクリとも動かない。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「誰か、急いでユリア先生を呼んで来い!」
意識を失ったクラウを見て、周囲の男たちも一斉に慌て始めた。
この町で最も医術の知識があるのは、領主であるユリアだ。
子供たちに学業を教える一方で、彼女は町の医者を務めている。学校がないときには、薬の調合もしており、病人やけが人が出た場合に頼れるのは彼女だった。
訓練中の練習試合……というかドーソン老人による一方的な見世物試合のようなものだったが……それによって子供が1人大けがをしたとあって、ユリアも家から急いで駆け付けた。
ぐったりとして意識を失ったままのクラウを見て取り、ユリアはすぐにクラウを自分の家へと運び込むように、その場にいる男たちに命令する。
「ワシは、怒りに刈られてなんてことを……」
クラウを気絶させた張本人であるドーソン老人は、真っ青な顔をして、ユリアに小さな声で言う。
「ドーソン老人……」
「先生お願いです。悪いのはワシです。何でもするので、どうか命を救ってやってください」
「安心してください。私の見立てでは命に別状はありませんから」
懇願するドーソンに対して、ユリアは安心させるように、彼の厳つい顔を正面から見て言う。とはいえ、ドーソンにずっとかかわっているわけにはいかない。彼女はすぐさま踵を返し、クラウを運び込んだ自分の家へと急いで駆けていった。
気を失ったクラウが運ばれていく間、カミュはその傍でずっと彼の手を握ってクラウの名を呼んでいた。
どうしてこんなことになったんだと思いつつ、本当にクラウのことを心配していた。
ユリアの家に運び込まれた後もクラウの傍についていたが、やがて少し遅れてユリアが家に戻ってくると、処置をしている間は誰も家に入らないようにときつく命令されてしまった。
「先生、クラウは大丈夫なんですか」
ドーソンと同じく、カミュも必死の懇願だった。あれだけの一撃を受けた後、クラウは全く動いてくれない。息はしているが、苦しそうで、冷汗をかいていて、肌の色も悪い。
友のことを心配する少年に、ユリアは両肩に手を置いて、安心させるようにゆっくりと語りかけた。
「安心して、先生が必ず助けるから」
カミュは涙を流しながら、「お願いします、お願いします」と繰り返した。
カミュを含めて全員を家から追い出したユリアは、壁に寄り掛かった。
「……どうして魔族って、こういうことばかりするのよ」
恨めしそうな眼をして、横たわっているクラウに愚痴る。
「平気なんでしょう」
するとユリアの声が聞こえていたようだ。横たわっていたクラウは、ぱちりと目を開いて、ユリアの方を見た。
「こうでもしないと、皆僕のことを人間じゃないって疑うでしょう」
さっきまでの衰弱ぶりがまるで嘘。クラウは上半身を起こし、そのまま寝かされていたベットから立ち上がった。
ここに来るまでの間に上半身の服は脱がされ、腹部にはドーソン老人の木刀で突かれた部分が赤黒い痣となっている。とてもただ事ですまない、痣に見える。
だが、あれだけの出来事があったのに、クラウは顔に苦しんでいる様子など微塵もない。ただ少しだけ、その表情には陰りはあったが……。
「剣の訓練と聞いたけど、この町にいるのなら、こういう大事に見せかけた嘘はしてほしくないわ」
ユリアは、冷ややかな目をしてクラウに言う。
「俺もここまで大事にするつもりはなかったんですよ。でも、剣の稽古って苦手なんです」
そう言いながら、裸にされていた上半身に上着を着るクラウ。
「適当に合わせればいいだけじゃない」
「……そういうのできないんです。先生には分からないでしょうが、体が覚えているんです。例え木刀でも、剣を持っていだけで確実に相手を殺そうとして……。だから、適当なところでドーソン老人の攻撃を受けるしかなかった。でないと、ドーソン老人を殺しかねなかったですから」
「……あなた殺人者なの?」
クラウが魔族らしいことは知っている。だが、殺人まであるとなれば、危険極まりない存在でしかない。
「先生は知らなくていいことです」
ユリアの問いかけに、冷静に答えるクラウ。
「ですが、先生はこれで俺たちを町から追い出す理由が増えましたね」
「……そうね。あなたたちは、この町の人間をいいように躍らせて、楽しんでいるだけなんでしょう」
「……」
ユリアに冷たい視線に、クラウは沈黙で答えた。
どうせ拒否したところで信じないだろうし、彼女の言葉を認めたとしても、その先の反発がひどくなるだけだと分かる。
しばらく互いに無言の時間が続いたが、やがてユリアが諦めたようにため息をついた。
ドーソン老人や、カミュの必死な姿が脳裏をかすめたのだ。
「町には少なくともあなたが無事であることを願っている人がいるわ。私はあなたたちを全く信用しないけど、彼らの信頼を裏切ることまではできない」
そう言い、ユリアは上着を着たばかりのクラウに、また服を脱げという。
「どうして?」
と、服を脱ぐ理由の方を訪ねるクラウ。
「これだけの大怪我をしたなら、包帯ぐらいまくでしょう。あと一週間は寝たきり、ひと月は剣の訓練なってもってのほかです!」
きつい声でいいながら、ユリアは部屋にある包帯を取り出した。
とりあえず、この町にまだいてもいいのだとクラウは解釈した。
あとがきという名の、作者の精神錯乱風景
美人の、美人の女性はどこかにいないのか……
幼女なんていらない、未成熟の女なんてどうでもいい。
麗しの女帝様を、足蹴りしてくれそうな素敵な女性を……
ゲフッ……