第一章2
前書き
私は麗しの男爵様ファンクラブ会員第一号……あ、やっぱり今回は遠慮しておきます。
カミュたちの住んでいる町はスラントと言い、貴族のスラント男爵が治めている。
貴族が治めていると言えば大仰に聞こえるが、人口は千人そこそこしかなく、辺境にある小さな町でしかない。そのため貴族と言っても、町長程度の存在でしかなかった。
とはいえ、小さな町の中であるため、町の少年少女であるカミュとアイリスを救ってくれた旅人がいるという話は、一日たっただけで町中に広がり、すでに男爵の耳にまで届いていた。
子供たちを救ってくれたということで、男爵様がわざわざお礼を言いたいという。
クラウは別に貴族に会いに行く気などなかったが、気が付けばカミュとその母に案内され、軽薄男とともに男爵の住む屋敷へ向かう羽目になった。
町中を歩いている間も、街の住人たちが気さくに声をかけてくる。
「おお、あんたがモーリスさんのところの息子さんを助けてくれたんだって」
「アイリス嬢ちゃんを助けてくれたとは、ありがたい」
小さな町の英雄と化してしまっている。ちなみにモーリスというのは、カミュの父親のことだが、今は町にいないのだそうだ。
そして狼から子供たちを救った英雄殿には、助けた張本人であるクラウでなく、軽薄男がなっていた。子供のクラウに狼を退治できるはずがないと、住民のだれもが思っているから仕方がない。
「だから、僕たちを助けてくれたのは、その人じゃなく、クラウさんだよ!」
大人たちの盛大な勘違いにカミュは抗議するのだが、街の大人たちは全員が「ワハハハ、カミュ、嘘言うんじゃないぞ」と、軽くあしらわれてしまう。
「もう、どうしてみんな信じてくれないんだよ。僕は本当のことを言っているのに!」
誰も信じてくれないことに怒るカミュ。
「クラウさんも、悔しくないの!」
「別にどうでもいいだろう」
同意を求められても、クラウは面倒臭そうに返すだけだ。
「ええっ、それっておかしいよ!」
「何が?」
「何って、みんな本当のことを言っても信じてくれないんだから!」
カミュはそう言って1人で怒るが、クラウはそんなカミュの怒りを真剣に受け止めるでもなく、適当に相槌を打つだけで生返事を返した。
そんな街中でのやり取りがありつつ、男爵の住まう屋敷へたどり着いた。
貴族が住んでいる屋敷にしては、あまりにも貧弱で、屋敷という言葉が完全に不釣り合いな家だった。一応町の中では一番高い場所になる小高い丘の上にあり、立地条件はいい。しかし一般の民家に比べて少し大きな家という程度で、とても貴族が住んでいるように見えない大きさだ。町長の家という方がしっくりきてしまう。
「男爵様、二人を連れてきました」
家の入口でカミュの母が告げると、「どうぞ」と家の中から声が返ってきた。
母がドアを開けると、その向こうでは銀髪と、髪と同じ色の瞳をした女性が待っていた。年齢は二〇代の後半、まだ三〇にはならないだろう。
「男爵様」
母が女性に一礼する。
「男爵って聞いてたから、てっきり男だと思っていましたが、これはお美しいご婦人で」
予想をしていなかった女性男爵様の登場に、軽薄男がさっそく近づいて、片手を取ろうとした。そのまま片膝をついてキスでもするつもりだろう。
だが、女性男爵はそんな軽薄男の手を無視。
「どうぞこちらにお座りください」
と言って、軽薄男の手を取る代わりに、机と椅子が置かれた部屋の一角を手で示した。
カミュの母親と違って、軽薄男の扱いに慣れてるなと思うクラウ。
「ざまぁ見ろ」と、内心で笑ってやった。
それでも軽薄男は取り乱すでもなく、案内された席へ向かう。クラウもそれに続く。
一同が着席した後、男爵は自らの名前をユリア・スティール・スラントと名乗り、この地を収めている男爵だと名乗った。
「もっとも男爵と言っても名ばかりで、ただの町長みたいなものですが」と、付け加える。
町も大きくはないし、家だって普通の民家より少し大きいだけ。特別豪華なわけではなかったので、全く持ってその通りだ。
その後、カミュたちとともに男爵の家で、会話がされた。
ここでも軽薄男がカミュとアイリスを狼から助けだした話になる。だが、それに対してカミュが、自分たちを助けてくれたのは軽薄男でなく、クラウだと反論した。
しかし、そんな少年の目を見つめながら男爵は優しげな眼差しで言った。
「ええ、あなたの言うことを信じていますよ」と。
「……」
優しげな眼差しであっても、本当に信じていない。そんな男爵の心の内を見て取ったようで、カミュは自信なさげに下を向いてしまった。
カミュにとってはつらいことだろうが、そんなことに気付くこともなく大人たちは会話をしていく。カミュたちを助けたこと以外は、さして他愛のない話がされただけだった。
そんな会話も一通り終わったが、男爵は町へやってきた二人にはまだ話があるのでと言って、カミュとその母には、先に家に戻ってもらうことにした。
カミュと母は男爵に挨拶をして家を出ていき、家の中にはクラウ、軽薄男、男爵の三人だけになった。
男爵は机に紅茶を用意していていたのだが、自分のカップが空になっていたので、ティーポットから注ぎ足す。
コポコポという子気味いい音だけが室内に響き、やがてカップが満たされるとともにその音も止まった。
「純血の魔族、それもかなり高位の方とお見受けします」
男爵はティーポットを机に戻しながら、何気なく口にした。
「ほおっ、どうして気づいたかな?」
軽薄男も何気ない声で聴く。別に緊張した雰囲気が部屋の中に満ちるわけでもなく、淡々としている。
「……あえて言えば直感です。私は魔術師ですが、師が純血の魔族でしたので」
「なるほど、僕の同族を知っているわけか」
そう言い軽薄男が男爵の言葉に納得すしつつ、うっすらと口の端を笑わせる。
「それと、その妙な術はやめていただけませんか」
「申し訳ないが、チャームは僕の生まれながらの性のようなものでね」
目を細める男爵に、笑いを浮かべたまま軽薄男が返す。
街の住人は、狼からカミュたちを救ったのが軽薄男と勘違いしていた。まあ、クラウと軽薄男、子供と大人がいて、どちらが狼の群れを退けられるかと考えれば当然後者の方と考えるのが当たり前だ。だが、あれだけカミュが本当のことを言っても、住人がそれを信じないのにはわけがあった。
この軽薄男は魔族であり、自分が喋った言葉がどのようなものであっても、それを相手に真実であると思い込ませることができる能力を持っているためだ。それも自分の自覚、無自覚に関係なく、常に能力が発動している。通常の人間であれば、軽薄男の魔術にかかり、どんな嘘であったとしても、真実だと思い込むようになる。
この能力を軽薄男はチャームと呼んでいた。
町の住人があそこまでカミュの言葉を信じないのは、このチャームの能力のためなのだ。
もっとも、男爵は自分のことを魔術師と名乗るだけあって、軽薄男のチャームの能力にかからないばかりか、その力を見抜いている。
「チャーム……魅惑ですか。私にはファルス……偽りの能力に見えますが」
男爵の言葉に、クラウは正解だなと感心した。軽薄男の能力は魅惑というより、人間を惑わす質の悪い嘘つき能力だ。ならば偽りという言葉がしっくりとくる。
「ファルスか。なるほど、実に正しい言葉だ。今度から私の能力は、偽り(ファルス)の能力と呼ぶことにしよう」
そう言い軽薄男は嬉しそうに笑う。
「それで実際に子供たちを助けてくれたのは、あなたなのですか?」
男爵の視線が、軽薄男からクラウへと移動した。
「ああ」とだけ、クラウは答える。
「……あなたも人間でない。でも、魔族とも違う?」
「魔族……みたいなものさ」
男爵は不思議なものを見るようにクラウを見つめ、クラウも適当に答える。
「そうそう、この子はこんなちっこい見てくれでも、僕よりずっと怖くて恐ろしいよ」
「ちっこい言うな、俺も好きでこんな姿になってるんじゃない」
クククと軽薄男が笑う。
その笑いにクラウは不機嫌にそっぽを向き、男爵は呆れた顔になる。
魔族ということを置いても、この二人は何なのだと思ってしまう男爵。
「コホン、いずれにしてもあなたが何者でも構いません。この町の子供を助けてくれたことには感謝いたします」
軽薄男を無視し、男爵はクラウに礼を述べた。
「別に感謝されるために助けたわけじゃない。ただやりたいようにしただけだ」
と、クラウ。
そのクラウに、男爵はかすかに微笑んだ。
ただし、その微笑みもすぐに消えて、感情のない顔になる。
「ですが、あなた方がもしこの町に悪さをしでかそうというなら、決して許しません」
突然、男爵の言葉が鋭くなった。
その変化に、軽薄男は顔を歪めて笑いを浮かべる。クラウもうんざりとした表情になった。
「魔族は、この町からさっさと出ていけってことか?」と、クラウ。
相手が魔族と分かっているならば、それを歓迎する人間など普通はいない。男爵の反応は、当然の反応なのだ。
「……カミュとアリシアは狼に襲われたと言っていましたが、あの後私は二人が襲われた場所に行って確認しました。一見すればあれは狼に見えますが、実際はハウンドドックと呼ばれる魔族です」
そして、男爵の視線の鋭さがさらに増す。
「この周辺では野生の魔族が現れたなんて話はありません。あなた方が現れたのと同時に魔族の群れが現れたのですから、当然疑っても不思議でないでしょう」
辺鄙な町の領主とはいえ、守るべき住民を持つ男爵はそう言って、二人にぴしゃりと言い渡した。
男爵の家を退出した後、二人は家の玄関の前に立った。
男爵の家はこの街を一望できる位置にある。町にたどり着くまでの土だけの道と違って、町の中の主要な通りは石畳で舗装されている。景色はなかなかにいい。ここが島なのか大陸なのかは知らないが、陸地の端もここからよく眺めることができた。
町の端には石作りの護岸が整備されていて、その向こうには世界の果てと言ってもいいものが存在している。
当然それは青い色をしているのだが、それは波が来ては引いてを繰り返す海でなく、海と見間違えてしまいそうな青い色をした空だった。
「ならば、ここは空の上か?」と考えるクラウ。
家の中で男爵に言われたことをまったく深刻にとらえていないので、そのことを全く引きずっていない。
それより、男爵の家に行くときは気づかなかったが、こうして高い場所から地上を見下ろして、初めて海でなく空があることに気付いた。
「ありえないな」
と、この光景を呟く。
クラウの横にいる軽薄は、何やら考え込んでいるようで反応がないが、にやついた顔をしているから、どうせろくなことではないだろう。
「あ、クラウさん」
そこにカミュの声がした。先に男爵の家を後にしていたのに、どうやら男爵との話が終わるまで待っていたらしい。家から出てきた二人を見つけて、カミュが駆け寄ってきた。
「なあ、カミュ聞きたいことがあるんだが」
「僕に答えられることなら何でも聞いてよ」
嬉しそうなカミュ。これは完全に懐かれてしまったなと思いつつも、悪い気はしないクラウ。
「ここって、空の上なのか?」
「何言ってるのクラウさん。当たり前じゃない。あそこにちゃんと雲海が見えるでしょう」
そう言って、カミュは陸地の向こう側に広がる空を指さす。
「雲海って、空のことだよな。なら、あの下には何があるんだ?」
「何って、雲海はどこまでも広がってるんだよ。地面の上も下もずっと広がってる。……そういえば内陸から来た人は雲海を見たことがないから、初めて見た人はみんな驚くって聞いたことがあったっけ。もしかしてクラウさんは内陸からきたの?」
「……ああ、そうだな」
クラウと軽薄男は、実のところ内陸の人間ではない。それ以前にこの大陸の人間ですらないのだが、その辺はわざわざ話すことでないので、適当に話の調子を合わせる。
「なあ、もっと近くまで行って見てみたいんだが」
「もちろん、僕が案内してあげる」
そう言い、カミュに案内されてクラウと軽薄男の三人は町の端、石で護岸されている岸辺に立つ。
そこから身を乗り出して下を見ると、海などどこにも存在せず、ただ上と同じでどこまでも青い空が広がっていた。
「マジかよ」
と、今自分がいる大地が空に浮かんでいることに驚くクラウ。どこまで見ても、下には海はもちろん、陸地さえ存在しない。
一体どうなっているんだ、と思う。
「初めて見るのなら、すごいでしょ」
「ああ」
カミュはクラウが驚いている様子を楽しんでいるようだ。もっとも、クラウの驚きは、なんで陸が空に浮かんでいるんだという一点に尽きる。
「なあっ」
クラウは、隣で先ほどから何か考えごと軽薄男の方を見た。
「フフフ、クラウ。僕はついに分かった」
もしかして、この陸地が浮かんでいる理由でもわかったのか、と一瞬クラウは期待した。
だが、返ってきたのは全く予想外のことだった。
「僕は、トゥルーと名乗ることにする」
「……はい?」
こいつはいきなり何を言い出すんだ?と思うクラウ。
だが、すぐに男爵の家での話を思い出す。軽薄男の能力を男爵は偽り(ファルス)と呼んだ。ならば、トゥルー(正しい)というのは、自分の能力に対する皮肉を込めた名前ということか。
「そういえば君にはまだ僕の名をまだ名乗っていなかったね。僕はトゥルー。よろしく少年」
そう言い、軽薄男改めトゥルーがカミュに自らの名を名乗った。と言っても、その名前はたった今思いついた一〇〇%不純物で、まじりっけしかない偽名だが。
「……トゥルー……さん?」
いきなり名乗るトゥルーに、どうも胡乱げな視線を向けるカミュー。
「トゥルー、トゥルー。うむ実にいい名だ」
などと、トゥルーは口の中で名前を反芻して勝手に一人で喜びだした。
「気にしないでくれ、こいつはこういう変な奴だから」
戸惑うカミュに、適当にクラウは言った。
それにしても、クラウはこの世界が変だと考える
空に浮かぶ太陽の上下には巨大な白亜の塔が存在している。あの塔はどう見たって誰かが作ったものだ。だが、その果てが見えず、太陽よりも巨大な塔など、一体どこの誰が作ったというのだ。
おかしいのはそれだけでなく、大地は空中に浮かんでいる。住んでいる人間はそれが当たり前のことだと思っているようだが、この世界は明らかにおかしいのだ。
とはいえ、今のクラウにはおかしいと思うことしかできないのだが……
あとがきだってさ~
毎回小説を書くと、妙齢の美女が登場して、万歳と叫びつつ、勝手にファンクラブ会員第一号を自称している作者です。
今回の妙齢の美女筆頭格は、ずばりユリア男爵(正確に書くなら女性なので、男爵夫人と書かないといけないんだろうけど、まあ細かいことは気にしない~)。
過去に書いた小説の登場人物、銀髪のアレスティア様をベースにして生み出された彼女は……あれ?なんか実際に書いたらアレスティア様とは全然違う人間になった。
そもそも、本編中での外見描写がものすごくいい加減じゃない……(?△?)
性格もあんまりよくなさそう。
あううっ、絶世の美女設定で登場するはずだったのに、なんかこれまでに出たキャラがほとんどイロモノ設定(それも男ばっかやなー)になってたせいで、割りを食って美人設定をはく奪されてしまったーーーーーーーー!!!!
(物語の主役格が美男美女はお約束だけど、そればっかだとものすごくしつこくなって、ついでに腹が立ってくるんですよね~)
ああ、なんてことだ……
妙齢のお姉さまが登場して、私はそのヒールをはいた足に跪いて、口づ……
<ピーーーー、ただいま作者の脳内で年齢制限一八歳以上のピンクワールドが展開中です。しばらくの間お菓子でも食べて、動画でも見て、ツイッターとかでもして、このあとがきの存在自体を記憶から消してください>