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「──、い………──リン……、リンドウ」
誰かの呼びかけで、思考世界から引きずり出される。
気がつけば、目の前を掌がヒラヒラと上下していた。
「聞いてる?」
「……時雨がなんで………」
──生きている?
と聞こうとして口を開き、少しの浚巡の後、喉元まで込み上げていた塊を嚥下した。
残ったため息だけが吐き出される。
「……別に」
とだけ告げれば、案の定、蓮は眉ねにシワを寄せる。
「は? なんだよ、それ。今、何か言いかけてただろ」
「別にって言っ──」
「言えよ」
ほんのかすかに殺気を纏った言葉が、飛んでくる。
一発触発の危機を秘めて、火花を散らす碧眼と琥珀色の眼。
凍りつくような沈黙が、二人の間に鎮座する。
「……まぁ、いいけどね別に。今は僕の婚約者だから」
またもや、蓮の言葉に反応してしまう。
蓮に強い視線を向けてしまった後で、にやりと蓮が口の端をつり上げ、
「ほら、隠しきれてないってば」
と、笑う。
キッ、と鋭い眼差しを蓮に向ければ、彼は見下すような冷笑を浮かべ、こう言う。
「時雨の何を知ってるか判らないけど、僕らが知らない何か重要な情報をリンドウが持っているなら、家の者がお前を連行して、拷問にかけるかもしれないよ?」
「…………」
「なんなら、僕が言いつけてやろうか?」
彼の目に、嘲るような光が漂う。
そんな蓮を燐慟はただ見つめ、億劫げに息を吐き出した。
「………お前、本っ当に面倒くせェヤツだな」
「あ、やっと喋った」
「うるせェ、話しかけんな」
「えー、いいのかなぁ、神咲に逆らっても。 父上に報告してもいいの?」
「………何が目的だ」
その言葉を待ってたと言わんばかりに、嬉しそうに顔を輝かせ、息を弾ませる。
「友達になろう」
唖然として、まじまじと蓮の顔を見つめてしまう。
「…………………は?」
「だから、僕と友達になろう」
「………てめェ、ふざけてんのか」
自分でも驚くくらいの低い声が、口から発せられた。
声が怒りに震えるのを、抑えきれない。抑えられるはずがない。
「ははっ、そんなにキレるなって。お前の内のノアが穢れるぜ?」
隠しきれていたはずだった。
いや、隠せている。
何せ、無理矢理封じ込めているのだから。
だから、周りのヤツらには悟られることはない。
そう思っていた。
これはハッタリか、それとも本当に──
「………なんのコトだ」
だから結局、燐慟はこう言った。
それに、蓮は笑って言う。
「隠してもムダだって。な、仲良くやろうぜ、リンドウ」
その張り付いている笑顔の下で何を考えているのか、皆目見当がつかない。
が、注意しておくに越したことはないだろう。
「俺に話しかけんな」
「ははっ、素直じゃないなぁ」
そこで女教師が、
「ではみなさん、講堂に行きましょう」
どうやら、これから入学式が始まるらしい。
その新入生代表のあいさつをするのが、神咲 時雨だと蓮は言う。
本当に、あの時雨なのだろうかと心の中で疑問が渦巻くが、とにかく、自分自身の目で確かめるしかない。
イスが床と接触し音を立てながら、生徒たちは腰をあげる。
机に手をついて立ち上がった蓮が、
「さ、行こうぜリンドウ」
右手を燐慟に伸ばす。
燐慟はその手を見上げ、顔をしかめ、払う。
「だから、俺に話しかけんなって言──」
「ははっ、素直になれって」
それでも懲りず、蓮は燐慟の手を無理矢理掴み引き上げる。
「神咲家には逆らわないんだろ? だったら俺に従えよ」
「……ッ…くそが」
そんな燐慟の悪態をものともせず、蓮はなおも笑みを浮かべる。
それから燐慟たちは、講堂に向かった。