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操者の判別は学校や病院などで行われ、その際にノスタルジア──主に、操者たちが発する特殊な電磁波のことを指す──を認識できる機器を用いる。
もちろん、推薦入学試験のときに、燐慟も検査された。
結果は──陰性
面倒くさいことになるから、と封じ込めたのである。
ただ、ノスタルジアを封じるという行為は、ノアが使えなくなる上に、かなりの手間と苦痛を伴う。
父からの密偵の命を受けたその日に、燐慟は封印の儀を施された。
全身がばらばらに砕けて、勝手な方向に駆け出し飛び散っていくような激痛に、三日三晩耐えた。
絶えず発されていた叫び声でのどは枯れ、 両手は握りすぎて赤に染まった。
父の話によれば、その間、ユリはずっと隣で看ていてくれたらしい。
滝のように流れ出た汗や、噛みしめた唇に滲んだ血を拭き取ってくれた。
痛みで絶叫しているときも、『大丈夫、大丈夫です』と言って、手を握ってくれていた。
そんな物思いにふけりながら、紅獅子が刻まれている左胸をそっと触る。
これはノアの封印と同時に、操者であることの証である。
普段は人工皮膚で覆ってあるが、万が一バレれば、どんな手を使ってでも国や軍は、燐慟を保護という名目で捕まえに来るだろう。
──それだけは避けなければならない。
「ハッタリだよな……?」
今朝の蓮の言葉が思い出される。
『ははっ、そんなにキレるなって。お前の内のノアが穢れるぜ?』
感情の起伏があまりにも激しいと、ノアは穢れ、操者は感情そのものを失う。
振れ幅は人によって異なるが、ある一定の基準値を超えたとき、ノアは暴走すると言われている。
操者の体内を暴れまわり、記憶と感情の総てを一掃し消滅するため、2度と元に戻ることはない。
普通、あの程度の怒りでノアは穢れない。
蓮は、それを判った上で言ったのだろうか。
──謎すぎる
何を思い、考えているのか皆目見当もつかない。
「めんどくせェ………」
と、曇りガラスのドアの向こうに、黒い影が現れる。
「あの、燐慟様」
ためらいがちに、声がかけられる。
「どうした、ユリ」
「その……お身体は大丈夫でしょうか? 封印の儀のとき、大変苦しそうだったので……」
「大丈夫じゃなかったら、学校行ってねェよ。なぁに、大丈夫だ。ありがとうな」
──嘘だ
ノアを封印したからと言って、ノアそのものがなくなった訳ではない。
無理矢理抑えられているノアは、時折、息が詰まるような痛みで、自身の存在を主張してくる。
しかし、ユリはほっとしたように息を吐き出すと、
「よかった……!! もしかしたら、燐慟様が死んじゃうんじゃないかって……あたし、心配で…ッ……」
嗚咽まじりの声が、耳元で聞こえたような気がした。
「あんな辛そうな燐慟様を見るのは、もう耐えられません……」
「ユリ……」
「……すみません、ご入浴の邪魔を……では、ごゆっくり」
そう言うと、すぐに曇りガラスの影は消え、燐慟の視界を湯気が覆い隠した。
それから軽く身体を洗い、浴場をあとにすると、リビングではすでに料理が並べられていた。
一方的にユリが話をし、その間にも燐慟は黙々と料理を口に運んだ。
隣の部屋が空いているというのに、『同じ部屋がいいです』と、頑なに離れるのを拒んだユリを、簡易ベッドに寝かせ、燐慟はソファーに横たわった。
「時雨…………」
目じりに浮かんだ水滴はソファーに吸い込まれ、跡形もなくなって消えた。