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壱 「縁」 三

  ●


「ご、ごめんなさい!」

 ようやくこちらの話を聞いてくれた彼女が腰をまげ、深々と頭を下げている。

「いえ、わかっていただけたなら大丈夫ですから……」

 と、先ほどから言っているのだが、かれこれ五分ほどこの状態が続いてしまっている。

(困ったな……)

 正直、今日はこれ以上の厄介ごとに巻き込まれたくないのが本音。

「ですが、勘違いとはいえ、同じ鵠牙に牙を向けては……私闘を禁じられているのに……かくなるうえは!」

「へ?」

「腹を斬ります!」

 瞬間的にアスファルトに正座をし、太ももに隠していたのであろう短刀を抜き出す。

「ちょ!? ストップ! ストップ!」

「しかし……」

(どんだけ……)

「えっと、切腹とかはいいからね。そのそういうのは、本当にいいから!」

「ですが!」

「ですが。は、無しでお願い」

 本当にやめてほしいのでこちらが頭を下げる。これ以上本当に、本当に! 厄介ごとがあると絶対に怒られる。というか、居場所が彼女にばれる……。

「じゃあ、私はどう謝罪すれば……」

「えぇっと……」

 知ってる……、これ絶対なにかしら受け取るかしないと離してもらえないやつだ。

 とりあえず、今は逃げることを優先しないと……。

「じゃ、じゃあ、今度あったときにとかは、どうかな?」

「では、ご住所を!」

「えっと、住所は……あっ」

 しまった!? 今、家ないんだった!

「ご住所は? あ、ご住所がだめしたら連絡、携帯番号でも!」

「え、えっと……」

 け、携帯止められてから、持ってない!

 ど、どうする!? 適当なでっち上げた住所でも言う? いや、そこの住所の人にご迷惑がかかるかもしれないし……。

「どうかされました?」

 ど、どうする!?

「え、えっと……」

「えっと?」

「じゅ、住所不定で♪」

「…………」

 彼女はこちらの答えに予想通りぽかんとする。

「え、えへへ」

「…………」

「そ、それじゃあ、またご縁があった際に……」

 そうして、踵を返して立ち去ろうとする。

 ガシッ!

「ふざけてらっしゃるのでしょうか?」

 当然のように肩を捕まれ、にっこり笑顔でこめかみに青筋立が綺麗な十字に立っている。

 こ、怖い!?

「住所不定とは、どういうことでしょうか!」

 さらに、こちらに寄ってくる彼女は、胸倉まで掴んでくる。

「どうっていわれても。そ、その本当のことなのでとしか言いようが……」

「はい?」

「いえ、その……今、家がなくて」

「家がない?」

「そのなんというか、追い出されちゃって……」

「…………」

 って、こんなこと今日あった人に言っても困るよね。

「……頼るのしゃくだけど、わかった」

「そう、わかってくれたならありがたいです。それでは僕は――」

「わかった! あんたの住む場所は私が用意する!」

「はい?」

「この、郷古京さとご・みやこ、鵠牙としてあんたの住む場所を見つけてあげる!」

「え……えぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「というわけで、写真一枚撮らせて」

 カシャ。

 瞬く間に携帯で写真を撮られると携帯を操作していく。

「あ、あの……」

「ちょっと待って」

 こちらの顔の前に手を出して静止しのポーズをとりつつ、未だに携帯を操作する郷古と名乗った少女。

 誰かとやり取りしているのか、たまに手が止まりまたすぐに指をせわしなく動かす。

「チッ」

(し、舌打ち? というか、さっきからなんか言葉遣いが……)

「ふぅ」

 操作がようやく一通り終わったのか、こちらへようやく向いてくれる。

「さっきの“私が”どうにかするってのは一体?」

「そのまんまの意味よ」

「つまり?」

「衣食住全部どうにかしてあげるって言ってるのよわかりなさい!!」

「いや、でも見ず知らずの人にそんなことしてもらっても……」

「別に誰にでもってわけじゃないわよ。あなた鵠牙なんでしょ。それだけで身元の保証はされているわ」

「あ……」

 自分の耳につけている認証装飾に触れる。

 この認証装飾は、いうなれば身分証に近いものである。

 しかし、その効果は身分証だけにとらわれず、階級によってはそれこそ事件捜査の強制権限や、政府関係建物ですらフリーパスになってしまうほどである。

「それに私が勝てないってことは、小義じゃないわね」

「え、えっと、階級は小義で玄武です」

「えっ? その実力で小義っておかしくない? 検定試験受けてないの?」

「それにかしては、色々ありまして……」

(ど、どしよう……今出せる精一杯出しただけなんだけど……)

「あぁ、そういうこと……家がないって。家のしがらみって面倒よね。はぁ……」

「そ、そうですよね~」

(なんか微妙に勘違いして納得してくれたみたい。助かった~)

「それで、話を戻すんだけど」

「うん」

「私の知り合いというか、知り合いとも思いたくないやつに鵠牙院立学園の理事長の娘がいるのよ。そいつに頼んで入れるようにしてもらったから、衣食住を提供してあげるってこと」

「えっ!? いや、鵠牙院立って鵠牙院立?」

「そうよ。そう言ってるでしょ」

「いやいや、間違っても鵠牙院立でしょ? そんな簡単に通るわけが……」

「生徒数が足りないって話で、鵠牙なら誰でもいいのよ。あと、そいつの趣味もあるから」

(趣味って……というか、そんなんでいいの……)

「とにかく! あんたの衣食住はこれでどうにかなったでしょ! えっと……ごめん。名前なんだっけ?」

「えっと、みなもと源慧みなもと けいです」

「それじゃあ、慧って呼ぶわね。こちらは何も問題は……ないわけじゃないけど、問題ないわ」

(いやいや、問題だらけな気がするんですけど……というかダメだ……行為はすごくうれしい……でも……)

「それじゃあ、行きましょ……」

「待ってください!」

 歩き出そうとした彼女を大声で止めてしまう。

「ど、どうしたの急に大声出して? まだ、何かあるの? それは移動してからでも」

「違うんです……僕は……僕は人を不幸にするんです」

「誰かと一緒にいちゃいけないんです。僕に関わると絶対に誰かが不幸になるんです。だから、このお話は……」

「…………」

 全てを話すわけにはいかないし、話すことでそれこそ彼女を不幸にしてしまうかもしれない。

 妙な空気になってしまい、急にこんなことを言ったため頭のおかしい子と思われたかもしれない。

 でも、あったばかりで、少し勘違いで戦ってしまったけど、彼女を、他人を不幸にしてはいけない。

 (少し仲良く慣れたかも知れないけど、僕が誰かと関わっちゃいけない。仲良くなっちゃいけない……)

「はぁ……あんた馬鹿?」

「不幸とか思ってるから不幸なのよ!」

「へっ?」

 思わぬ言葉に、間の抜けた音が自分の口から漏れてしまう。

「不幸と思う人間は、不幸から抜け出せる術があることを知らないから不幸と思うのよ!」

「不幸から抜け出したい、幸福になりたいと思うなら、人生全てをかけてでも幸福になるための術を探し出すために足掻けばいいだけよ」

 あっけにとられてしまう。

 僕自身、彼女のことをとやかく言えるわけではないのだが、ここまではっきりと言われるとは予想もできなかった。

「でも」

「でもも、糸瓜もないわ! なら、私が証明してあげる。不幸にならないって!」

 彼女は向日葵にも負けない笑顔をこちらに向けてくる。

(あぁ……この強引だけど、優しい笑顔を僕は知っている……)

『慧。人間には二通りの人間がいる。一つは幸福な人、もう一つはがんばって幸福になった人』

『慧の場合は、後者だ。なぜかって? それは簡単だ。私がそうさせるからだ』

『お前は今まで色々な大変さを知って、色々な不幸があった。でも、人間不幸だけでは人生を終わらせない』

『不幸があった分、もちろんその分の幸せが来る。ただ、人によっては多少の努力が必要になる』

『それ自体を不幸と感じてしまうかもしれない。だけど、それを楽しんで幸福と思って……いや、思え。だって、その先には楽しいことしかないんだからな』

(そう、この強引さは知っている。周り迷惑をかけることがあっても、最後は皆を笑顔にしてくれるこの優しい強引さを……)

 彼女は笑顔まま手を差し出してくる。

 僕は何かにすがるかのように、差し出された手を握り返す。

「うん、私は、郷五京さとご みやこ。京でいいわ。改めてよろしくね慧」

 ぬくもりを感じる手を握ったのは、いつぶりだろうか。何かがはじけた音が胸の中で感じる。

「ありがとう。京さん」

「どういたしまして。あと、さんもいらないわ。京でいいわよ」

「うん」

 重かった空気が晴れていく。それは晴天のように青々とした澄み渡ったものへと。

(って、いつまでも握ってるのはちょっと恥ずかしいかも)

 今更ながら握っている手をしっかりと感じてしまう。

 鵠牙とはいえ女の子の手、獲物を握っているためか少し硬さを感じるが、女の子らしい柔らかさに少しドキッとしてしまう。

「っ!?」

 手の感触に心を奪われていると、いつの間にか彼女の真剣な表情を浮かべた顔が目と鼻の先、それこそ数センチ手前まで近づいていた。

「今度は負けないわよ」

「は、はい」

 もう一度笑顔を作った京さ……京は、優しく繋いでいた手を放し、踵を返す。

「それじゃあ、いくわよ」

「へっ? どこに?」

「決まってるじゃない。慧の新しい学園いえよ」


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