壱 「縁」 二
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大通りを少し歩き、あ、そういえばこっちの方が駅にショートカットできるはず。と、近道であるわき道へと入るため、目の前の喫茶店とガソリンスタンドの間の細い道へと入る。
たしか、こっちであってるよなぁ……。
昔、師匠と歩いた京都の街をうろ覚えで角を曲がって行く。
わき道は住宅街が広がっているものの、景観管理のためか古い家ばかりが並んでいる。
だが、よく見てみると外装だけ昔に立てられた家を使いながら、コンビニが入っていたり美容室、本屋などになっていた。
ん~、この辺りはたしか駄菓子屋があったはずなんだけど……。
数年ほど前に初めて歩いた京都の街は近代化が進み様変わりを果たしているため、あった筈のものがなくなり、見覚えのないものが増えているためか、この古き良き迷宮とかした町は自分を惑わせる。
「あれ?」
いくつかの十字路や曲がり角を進んだ後、立ち止まって周囲を見渡すのだが、完全に自分の記憶の中にある歩いたことのある道と一致してこない。
ひとつ前の道を右だったかなぁ……、失敗したなぁ、近道しようとしたらこれだもんなぁ……。誰ですか、京都は碁盤の目だからわかりやすくて迷うのはアホしかいないって言ったのは……。
「はぁ……」
言っていた本人が道に迷った挙句、民家の屋根に登って周りを見渡してから無理やり目的地に向かったことを思い出し、またもため息をついてしまった自分に、気持ちを切り替えたはずだったのにと嫌悪感を抱いてしまう。
どうしようかなぁ……、来た道戻ろうかなぁ……。
「ん?」
とりあえず次のT字路まで行って、また見覚えがなかったら来た道を戻ろうかと少し悩んでいると、細路地の奥、今まさに向かおうとしているT字路の方から少し大きな声が聞こえる。
「――だ――うっぜ――」
「あやま――悪いん――こ――」
「お――めんど――」
狭い路地を進みT字路へと差し掛かると、その声ははっきりと聞こえ出す。
声がする方へと耳を澄ませてみると、若い女性と数人の男性のようだが、会話の内容から察するにあんまり雲行きが良くない様に聞こえる。
どうしようかなぁ……助けたいけど、今トラブルに巻き込まれるのはまずい。
(でも、さすがに女の子“一人”が、男“四人”に囲まれている状況は見過ごせないよね……)
そう思い、路地から出るためにT字路のへ向け一歩を踏み出す。
ベキン!
「へっ?」
一歩前へ踏み出した瞬間、目の前をありえないものが通り過ぎ、すぐ後ろで何かとぶつかり大きな音を立てる。
ゆっくりと首を回して音のした方を見ると、そこには先ほど少女と会話をしていただろう大柄で少しやんちゃしていそうな格好の青年が、一方通行標識のポールを大きくひしゃげさせ、そのひしゃげたポールに嵌っている。
当然のようにその青年は、白目を剥き泡を吹きながら意識を失っているようだ。
「えっ? えっ?」
今起きたことがいまいち理解できず、後ろで倒れている青年を何度も瞬きして見てしまう。
青年はぐったりと倒れたまま動かないようだが、身体を微かなに動かしているので呼吸はしている。
「くそ! めんどくせぇ! みんなやっちまえ!」
古臭い掛け声がしたので、改めてT字路の右へと視線を向けると、ひとりの少女を取り囲むように三人の青年が拳を構えていた。
少女は、純白のフリルが付いたドレス? みたいな洋服を身にまとい、両手を腰に当てて喧騒の中心に立ち、瞳を閉じたたままため息を吐く。
見るからに喧嘩慣れしているような感じの青年達に比べ、囲まれているはずの少女は、溜息を吐き終わると、ゆっくりと目を開き鋭い眼差しで取り囲んでいる青年達へ視線を送る。
「京都の治安が最近あまりよくないとは言ってたけど、ここまでだったとわね……たしかにめんどくさい!」
少女は三人にも囲まれているのにもかかわらず、少し憂いた表情を見せるだけであって悲惨さは感じられない。
「おらぁ!」
少女の右後ろに構えていた茶髪の青年が拳を振り上げて襲いかかる。
「あぶなっ――!」
声を出しつつ少女と青年達の間に入ろうと、再び一歩前に脚を出すのだが、
「ふん!」
少女は僕が声をかけ終わる前に、スカートを気にせず足を上げ、純白のパンツを見せながら腰がきっちり入った回し蹴りを繰り出していた。
「ぐふっ!」
顎へとクリーンヒットし、そこを軸にし空中できりもみしながら、今度は僕がいる路地とは反対側へと吹っ飛び、民家の草壁へと突き刺さる。
「へっ?」
残っていた二人の青年達は今起きたことが理解できていないようで、吹き飛ばされた青年を受け止めた草壁へと視線を向けてしまう。
「はっ!」
「げほっ!」
続いて、彼女は真後ろにいた青年を蹴りであげた脚で震脚を踏み、身体をひねりながらの正拳突きを腹に入れ吹き飛ばす。
(あの子……まさか……)
もし、あの少女が空手などの格闘技をやっていたとしても、いくらなんでも強すぎる。
というか、そもそも普通の格闘技をやっているだけで、大の男をあそこまで吹き飛ばすことは不可能だろう。
そして、拳を振り切っている少女に注目していると、自分が予想通りのものが少女の右耳に白く光っていた。
(認証装飾……、やっぱり鵠牙……)
鵠牙、それは国から認められた“武士”にのみに許される資格で、常人の数倍の戦闘能力を有している存在。
(普通ならそんな存在に喧嘩なんてするわけないのに、何かあった……んだろうな~)
「ぐはぁ」
「ふぅ……」
そんな思考をしていると、最後の一人を民家のブロック塀に背中を押し付けさせたうえで、掌底を腹部に叩き込んで終わらせ、少女は軽く息を吐いて、たなびいていたスカートの裾を直しているところであった。
(これなら、心配する必要なかったかな。見つからないうちに移動しよう)
立ち去ろうと肩にかけていたいボストンバックを持ち上げ直す。
持ち直した瞬間ストラップの金具が鳴る音がギシリと音を立ててしまう。
「っ! そこ!」
先程の少女が足を開いて急に体勢を沈めて、ちょうど足元に落ちていた消しゴムサイズくらいの石を右手で拾い上げ、右足を引いて手首のスナップを利かせてこちらへと投擲してくる。
「っ!」
投擲された石は、身を隠していた電柱に当たり電柱の一部と石を完全に粉砕させた。
急なことに反応できずびっくりした僕は、持っていたボストンバックを落とし、その場で尻餅をついてしまう。
「もう一人いたなんてね。仲間がやられたのに隠れて見ているだけなんて男の風上にも置けないわね」
少女の目は、明らかに見敵必殺する勢いでこちらを射抜いてくる。
「えっ! ちょっと待って僕は!」
「問答無用!」
十メートルほどあった距離を一蹴りで詰めてきた彼女は、飛び上がりたなびくスカートをまたも気にせず、体を半回転させて右足を一度折りたたみ力を込めて回し蹴りを繰り出してくる。
とっさのことで頭をかがめることにより、顔に直撃することは避けれたのだが、かぶっていたハンチングキャップが少女の靴の先に引っかかりもっていかれてしまう。
「ちっ!」
蹴りを外した少女は、繰り出していた右足を避けられたことに驚いたようだが、そこからの立ちなおしは早く、右足を即座に地面につけて、慣性に任せての左足で蹴ろうと体勢にはいるが……。
「えっ?」
繰り出そうとした足がピタリと止まる。彼女の驚きがそうさせたのは明白であり、彼女が驚いたのは今の僕の姿を見たからであろう。
ハンチングキャップに押さえつけられまとめられていた僕の髪はその枷がなくなり、背中の中間まではあろうかという長髪をさらけ出していた。
「おん……な……のこ?」
「ええっと……」
止まった少女と見つめ合い、さらに彼女は僕の右耳にも付けられているモノを見つける。
「それに、それは――認識装飾?」
そう、僕の右耳にも彼女と同じ鵠牙である証、認識装飾が輝きを放っている。
「…………」
無言のまま彼女は、一度足を下ろして俯き加減で僕を見下ろす。
「ええっと……、それでですね」
彼女の様子を見ながら体勢を直し立ち上がり、一応両手を小さくばんざ~いと上げ、降伏の意思を見せながら説明しようとするのだが……。
「あなた……」
「は、はい?」
「あなた、それでも鵠牙か!」
彼女は右拳を正しく握り拳を造ると、左足の震脚を拳に乗せて、僕の心臓目掛けて正確に狙う。
風を切り、その拳の速度、威力は今まで相手にしていた男達へ向けていたものとは比べ物にならないものだ。
「わっ!」
今度は避けきれなかったため、繰り出されてきた正拳を上に挙げていた右腕で払い落とし、後方にある壁まで無理やり跳躍する。
「ちょ、ちょっと待って!」
「悪に組する鵠牙の話など聞く耳持つわけないでしょ!」
「だから、ちがうって!」
彼女はこちらの静止も聞かず攻撃を繰り出してくる。
「はっ! はっ! はあっ!」
空手と中国拳法だろうか、左の正拳突きから踵落とし、肘打ちなど、多種多様な技を打ち出してくる。それは一つの舞を踊っているかのように。
しかし、混成技を全ていなし続けているのだが、このままでは話を全く聞いてくれそうにない。
「ちょっと話を聞いて!」
「せいっ! いやっ! ったあっ!」
完全にこっちを無視しし、未だに攻撃を繰り出してくる彼女。
(しょうがない……。ちょっと強引だけど……)
彼女が繰り出してきた、自身を軸にし回転を加えた右手の裏拳。その回転を利用して回転に逆らわないように流していなす。
いなすと同時に、左手で右手首をつかみこちらは逆回転に回りつつ腰を落とし、右足踵で足払いし転ばそうとする。
「甘い!」
足払いされそうになるところで自分から空中に飛び、空中で無理やりひねりを加えて、五メートルほど後方へと飛び去り着地し態勢を整えようとするようだ。
しかし、僕はそれを許すわけにはいかない。
僕は足に力を込める。そして、現在の体勢……体勢が足払いを出したため崩れ、しゃがんでいる状態では考えられないほどの脚力で地面を蹴り、彼女を追撃する。
「!」
「ごめんね……」
飛び去った彼女が着地するよりも先に、後ろに回り込み手刀を彼女の首筋へ当てる。
「瞬……光……」
瞬光――。
龍力と呼ばれる大地に流れる力をとりこみ、自身の肉体で増幅し脚力に付加、瞬発脚力を通常の数十倍に跳ね上げ、それこそ普通の人には瞬間移動したくらいに感じる速度での移動術。
彼女が空中でひねりを加えて顔がこちらを向いていない最中に、死角である下を通り彼女が着地するであろう位置の一歩後ろへと回り込んでいたのだ。
「ええっと、それで話聞いてくれますか……?」
「くっ! やりなさいよ! 悪には屈しないわよ!」
「あ、悪って……」
「さぁ!」
「……はぁ」
彼女が何を決意しているのかわからないが、目を瞑り歯を食いしばっているので、首筋に当てていた手をどける。ついでにもう一度小さく両手をバンザイする。
「え?」
「これで、わかって貰えないでしょうか?」
すみません。また、次いつになるかわかりません。
▼用語説明
『鵠牙』
神皇より、武術に優れているものが拝命する事ができるもの。
鵠牙に任命されれば、常時帯刀許可と認証装飾(現在ではピアス)、
位判別のための刀の場合は柄巻き、そのほかの武器は対応色の柄巻きが施されている脇差を授かる。
位に関しては、冠位十二階を元にした十二色で階級別に配色されている。
女性が非常に多く、現在の男女比は9.5:0.5位である。
『認証装飾』
鵠牙であることをわかりやすくするための装飾。
鵠牙を拝命しているものは装着義務があり、こちらも柄巻き同様色分けされている。
『龍力』
地に流れている力の一種。
鵠牙の条件として、この龍力を地から自分の体の中へ吸い上げ制御できることが最低条件である。
個人差が非常に高いうえ、一度に龍力を取り込める量は先天性である。
『瞬光』
鵠牙が身に付ける共通体術、強化術の一つで、初歩的な術であるものの、力の制御、龍力量によってその速さ、移動距離が変わるため、力の差の目安としてわかりやすい術でもある。