壱 「縁」 一
鵠牙の姫武子 こくがのひめむこ
壱 ~ 縁 ~
三月十二日
「はぁ……」
三月も半ば、春に近づき新しい花の息吹も咲き誇ろうとしている中、僕は新しい芽吹きどころか枯葉のような憂鬱さで黄昏、一年ぶりに帰ってきた故郷の蒼空の下、途方にくれていた。
頭をたれ、下を向いたときに少し落ちそうになってしまったハンチングキャップを手で押さえながら、ため息を漏らし先ほど出てきた区役所を首だけを動かし力なく見上げる。
首都京都、この古い町並みと近代都市の二つの顔を持つ日本の首都のど真ん中、このいかにもお役所が立てましたよ♪ と言わんばかりの機能性しかなさそうな、縦に長い豆腐ビルを遠いまなざしで見つめる。
「はぁ…………」
先ほどより長いため息を漏らし、再びガクリと頭を垂れる。
これからどうしようかなぁ……。
大通りに面した巨大な豆腐ビルに住まう鬼と言う名のお役所さんから、衣食住の内、住を取り上げられたという事実のみが書かれた紙が入った封筒を右手で軽く握り締める。
本当ずぼらだよなぁ、師匠は……。
今はもういなくなってしまった、義親であり、師匠であり、大切な人だったいい加減な女性とのいろいろな出来事があり、自分の中で楽しかったといえるであろうあの家での日々を思いでが――
「…………」
「………………」
「……………………」
「うっぷ……」
なぜか、いきなり自分で作ると言い始めて師匠が作ったカレーと酢豚、フォーを混ぜたようなよくわからない夕飯を思い出して胃の中が気持ちが悪くなる。
うっ、や、やばい……余計なものまで思い出しちゃった……
自分の身体を両手で強く抱きしめてしまい、あの味が口の中で鮮明に再現されていくのを感じ取り、全身が拒否反応を起こし、冷や汗がダラダラと体中からあふれ出すのを感じる。
てか、アレ料理なの? というか、てへ♪ 失敗しちゃった♪ ってなにそれ? あんな生物兵器作っといて、歳も考えずにかわいくごまかそうとしてなんなんですか師匠!
鮮明にこみ上げてくるあの味を忘れるのに、十分ほど身体を震わせなんとか正気に戻ってくる。
てか、師匠はいつもダラダラと家の縁側で過ごしていて、家事一切は全て僕任せ、おまけに修行の時も「こうビュッとやってシュッとやれば出来る」とかものすごく抽象的で、解読するのにすごく時間がかかっていたなぁ――
「って、ものすごくいい想い出ないじゃん! いい想い出って何? さっきの感傷に浸ろうとした僕はなんなの!?」
自分でノリツッコミしつつ、あのいい加減さを完全に思い出す。
「……でも」
けど、家事全般とかに関してはすごくいい加減なくせに、和服と自分の髪だけは几帳面で、季節に沿って和服と髪型を合わせていた。
それと、僕の髪もいつもお風呂上りに櫛を通してくれていた。
少し恥ずかしくて、いつも下をむいたままされるがままな僕を見ながら、少し微笑む優しい師匠。
「ふふっ」
ようやく楽しかった日々を思い出して、少し笑みが自分の口元に浮かぶ。
だけど――
「源 慧 様
昨年度査定により、左記の所有権を差し押さえさせていただきます。
なお、本案件に関しましては決定事項となりますので、ご了承ください。
京都府 京丹後市 源 慧様所有物件
京都府 府役所 」
「師匠……」
なぜか、いつの間にか自分名義にされていた元師匠邸宅。
京都の山間部にある小さな山の一つを所有し、その中腹に三百坪ほどを平野にしたところに建てられた平屋建ての純和邸宅。
しかし、所有者更新や様々な手続きを知らなかった僕は、諸事情により一年ほど家を空けていたらその時期を逃してしまい、所有権をなくしてしまっていたらしい。
正直こういったことは良くわからないので、お役所がそうですと言われたらそなんだろうと思うけど、もうちょっとどうにかならないのかなぁ……。
「まぁ、しょうがないか……納得できないけど、さすがにお上にたて突くわけにもいかないし……」
いつまでも、こわ~いこわ~い鬼の住処の前で突っ立ってたら変な目で見られるかもしれないし、床に置いていた現在の自分自身の全財産であるボストンバックと長筒を肩にかけなおし、両頬とたたき気持ちを切り替える。
「さてと……とりあえず、どこに行こうかな」
自分のこれからをいい加減に考えながら、とりあえず大通りを一番近い駅方面へと歩いていく。
まずは、はじめまして葵樹と申します。
そして、このラノベを読んでいただきましてありがとうございます。
本来でしたら、もう少しコンスタントに、そして区切り(章ごと)が良く出せればいいのですが、本職が忙しくなかなか続きが出せていませんでした。
そのため、これからはできた区切りで出そうかと思いますので、よろしければお付き合いいただけると幸いです。
また次から各用語の説明なんかもここでさせていただければと思います。
それでは、次は早めに出したいと思います。
ではでは。




