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しつこいメリーのあしらいかた

しつこいメリーのあしらい方

作者: 蟹井公太

 俺の名前は猿飛壮一。地元の高校に通う二年生だ。

 苗字がさる有名な忍者と同じため学校でのアダ名はズバリそのまま『シノビ』。まあわかりやすくて良い。

 とはいえさすがにクラスの誰も知らない事がひとつある。

 それは――。


『山を越え谷を越え 僕らの街へやって来た ハッ』


 おっと電話の着信音だ。今の時間は朝の七時半。学校へ向かっている途中。

 こんな時間から電話をかけてくるとは随分と忙しい奴が居たものだと思う。

 だがディスプレイに表示された名前をみて納得する。やれやれ、毎朝ご苦労なことだ。

 通話をオンにして携帯電話を耳に当てる。するとこちらから声をかける前に相手が話し始めた。


「――もしもし、私メリー……今、やっと、ようやく! この街へ帰ってきたわ!!」

「そうか、ご苦労なことだ」

 素直に感心した。モンゴルの平原からわずか一週間で帰還できるとは驚きだ。

 だが電話の相手はそんな賞賛に対してただ『ギリ』と歯ぎしりの音を返してきただけだ。

「ちなみに今日の数学の授業で当てられるのは君だ」

 電話の向こうで何やら人の倒れる音と『お嬢様、しっかり!』と声をかける声。何やら大事のようだ。

 なお彼女の休みの理由は急な体調不良のためとなっている。が、数学担当の舛方教諭は病気明けだろうが容赦なく当ててくる御仁だ。

 モンゴル帰りから直行でここまで戻ってきた彼女にとってその事実は最後のひと押しになったのだろう。



 メリー・N・ファントゥニア。

 由緒正しき怪異の家系であるらしい彼女が、怪異として一人前になる最後の試練。それが俺の呪殺ということだそうな。

 彼女のストーキング歴はかれこれ十年近くにもなる。

 当時欧州に住んでいた彼女は一日一回律儀に電話してきて『私メリー、今自宅にいるの』などと意味の分からない報告をしていた。

 というかなんで欧州に住んでて俺を狙うかな。そこがまるで謎なのだが。

 ともあれそんな日々が変わったのは中学最後の三月。

『私メリー、今空港にいるの』

『私メリー、今日本についたわ』

『私メリー、今新幹線に初めて乗っているの』

『私メリー、今たこ焼きを食べたわ』

『私メリー、うどんって独特の触感ね』

『私メリー、らぁめんの種類っていくつあるのよ』

『私メリー、お鍋もいっぱいあってどれから食べるか迷うわ』

『私メリー、ご当地バーガーはどこのものが美味しいのかしら』

 などとグルメレポが延々と続き、末週になってようやく。

『私メリー、体重が少し増えたけどようやくあなたの街についたわ』

 高校入学祝いに買ってもらった電話の最初の着信がそれだった俺の心境がいかほどのものだったか、ご理解いただけるだろうか。



 まあそんなわけでいわゆる『メリーさん』の怪談に正式になるための試練をしている彼女だが、この一年結局俺をその手にかける事に失敗し続けている。

 大抵の怪談話には回避策というものがあり、メリーさんにもそれは存在する。

 いや、こうすればよい、というおまじないがあるわけではないのだがその性質からして明らかすぎて。

 さすがに俺も命が惜しいのでそうそう引っかかってやるわけにもいかないのだ。

 ということで授業中に背中をガン見するのはやめてもらいたい所存。シャーペンの芯でツンツンするのもなしで。

 その時携帯がブブブとポケットの中で震えた。

 こっそり取り出して見てみるとメールが一通。


『私メリー、今あなたの後ろにいるの』

 呆れてメールを返信する。

『知っている』

『よくも嘘をついたわね! わたしが数学に当たるのは明後日じゃない!!』

『よくわかったな』

『すごく驚いたんだから! お詫びにこっちを振り向きなさいよ』

『死ぬじゃないか。なら代わりに別の情報を教えよう』

『何よ』

『君が今日当たるのは数学ではなく物理だ』

 数秒後、ガタガタガタッ! と凄まじい音とともに後ろの席で誰かがコケる音がした。

 なお参考程度の情報だが、メリーの苦手科目は物理である。



 さて、メリーが帰ってきたとなると放課後からが本番だ。

 俺も彼女も学生となれば放課後からが最も自由な時間。つまり彼女にとって、俺を狙いやすい時間というわけだ。

 ほら、そんなことを考えていると電話がなる。

「もしもし、私メリー。今校門にいるの」

 なるほど。頭のなかでざっと地図を思い描く。

 怪異の力を発揮した彼女はおよそ人間とは思えない速度で行動する。というより段階的に瞬間移動でもしているのだろう。

 その間隔を考えるとあと数分で俺の背後に到達するはずだ。

 今俺が居るのは住宅街のど真ん中。ここでは彼女への対処は難しい。

 いや、手段を選ばなければできることはできるのだが、さすがにグロは勘弁したい。

 仕方ない。

 周囲に人が居ないことは既に把握している。

 俺は両足に力を込めて――。

「ふっ!!」

 跳躍。軽々と家々を飛び越える。

 そう。何を隠そう俺は正真正銘忍者なのだ。まさか忍者の子孫が忍者そのままの苗字で続いているなど夢にも思うまい。

 あえてあからさまであること。それもまた忍びの術。

 屋根の上を走っているとまた電話。

『もしもし、私メリー……今あなたの後ろにいたのに……いたのに……!!』

 すごく悔しそう。胸が熱くなるな。

 どうも彼女のシステムは随分とロジカルらしく人間味のあるブレがない。

 移動→電話→出現。という工程を踏むため、移動後電話を受信するまでにこちらが大きく距離を離せばついてこられないわけだ。

 なお瞬間移動でも体力は消費するらしく、これを十回ほど続けると。

『げほっ、ごほっ! は、はぁ、はぁ……わ、私メリー……今、どこに居るのよぉ……ここどこなのよぉ……』

 と、こちらを追跡する余力さえなくなる。笑える。

 なお現在地は港。俺は背中を麦でいっぱいのコンテナに預けている。あとはお察しである。

『うぅ……なんなのこの香り……狭いし、暗いし……ううう……』

 体力を使い果たした以上すぐに出てくることはできないだろう。

 後は国内の電波が届かなくなる前に彼女が脱出できるかどうか……未来は君の肩にかかっている。

「やれやれ……今日も勝ってしまった。勝利とは虚しいものだ……さて、帰るか」

 適当にカッコつけて満足した俺はさっさとその場を後にした。

 なお、この状況でもうかつに振り返ると刃物が自動で飛んでくるので注意が必要だ。どんなチートだ。

 明日の授業の準備をしなければ。





 なお、どうやら彼女はギリギリ通信圏内で体力を取り戻したらしく、なんとか本日中に帰宅出来たらしい。

『お嬢様が大層麦臭くなられてご帰宅されたのですがなにかご存知ですよね』

 と、夜中に彼女のメイドさんから電話を受けたものの、疑問さえなく確定とは恐れ入ったね。


いいか、メリーさんは金髪ロリだ。これだけは譲れない。

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