第六章 真実
泣く美玲ちゃんの背中をさすって居る事しか出来ず、数分が経った。
漸く美玲ちゃんの嗚咽が収まってきた。
「すみません…」
俯いていたので、よくわからなかったが、きっと、寝て居ない。
「お父さんの事、警察に話した方が、良いんじゃないかなあ…」
「え?」
「いや、だから…お父さんとの間にあった事を警察に言ったら、正当防衛で罪は軽くなるんじゃないかな。」
一瞬、空気が重く固まった。
息をするのも忘れて、その緊迫感に吸い込まれた。
「…充は、この子は…虐待の時の記憶が無いんです。それを良い事に、父は充を虐待し続けました。児童相談所も、本人が虐待されているという認識が無ければ、どうする事も出来ないと言ったんです。私には、どうする術も無くて…」
また、嗚咽が始まった。
僕は何を言ってるんだ。
美玲ちゃんを慰めるどころか、無神経な事を言って、逆に苦しめているじゃないか…
「ごめん…」
謝罪しか出来なかった。
もう、傷つけたく無かった…
「警察に話しても、きっと信じてくれません。そしたら、充は捕まってしまいます…そしたら、また…」
そう言いかけて、止まった。
すると、今まで黙って居た充君が、美玲ちゃんに歩み寄った。
「どうしたのか、聞いても良い?」
美玲ちゃんは、驚いた様な顔をして、少し考えてから、首だけを縦に動かした。
「私ね、里子だったの。ホントはね、お母さんには、子供が出来ないはずだったの…。だけど、どうしても子供が欲しかったお母さん達は、私を里子にしたのよ。だけどね、その1年後にお母さんは、充を身ごもったわ…。その時ね、私、親戚の家に預けられてたの。そこでも、毎日の様に虐めを受けてた…。ホントは、いっそ死にたかった…。でも、死ねなかった…。」
充君は、黙って美玲ちゃんの背中をさすり、ただ頷く事しかしなかった。
「それでね、貴方が3つの時だから…私は5つね。家に漸く戻って来たの。そしたら、今度は…父さんから虐待を受けた。母さんはノイローゼになっちゃって、自殺したの。貴方は私に全然懐いてくれなくて…お姉ちゃんって呼んでさえくれなかったわ。私ね、ずっとずっと、孤独だった…。誰かに私の存在を見つけて欲しかった。認めて欲しかった…。だから、充。貴方が私をお姉ちゃんって呼んでくれた時、どんなに嬉しかったか…」
気のせいか、自分の視界がぼやけていた。
目を擦っても、直らなかった。
泣いていたのだ。
美玲ちゃんの顔が、充君の顔が…揺れていた。
「充が捕まってしまったら、私はまた独りになってしまう…。ごめんなさい。最低よね、こんなお姉ちゃん…」
悲しそうに笑う美玲ちゃんを充君は優しく引き寄せ、抱き締めた。
「大丈夫。俺は何処にも行かないよ。」
初めて美玲ちゃんは、声を抑えずに泣いた。
早朝の暗闇と、美玲ちゃんの泣き声が溶け合って、空が、涙を流し始めた…