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file:8『メモリー』

「まったく、アンタって子は!」

「え〜ん、ごめんなさい雅ちゃ〜ん!」

とある薄暗いバーの中で、雅はさゆりにこんこんと説教をしていた。

他にお客の姿はなく、マスターも無言でグラスを拭いているため、否が応でも雅の声は響きわたる。

「幼なじみのわたしの声を、なんで怪しんだりするかな……」

「だってだって、すごい物音がしたから、雅ちゃんやられちゃったのかと……」

「それならそれで助けに入ってきてよね!」

グラスに入っていたワインを飲み干し、ふぅ〜と息を吐く。

「それにあのゴリ野郎の勝ち誇った顔!『そう簡単に捕まるんだったら、とっくにおれが捕まえてる』だって! ほんとっ、憎たらしいったらありゃしない!」

「ふえ〜ん、雅ちゃん怖いよ〜」

今にも泣きだしそうなさゆりの前で、三本目のワインをグラスに注ぐ。

だが、グラスの三分の一まで赤い液体が上がると、瓶はうんともすんともいわなくなってしまった。

「マスター! 同じやつもう一本!」

「雅ちゃん、もうやめときなよ。そんなに飲むから、いつも男の人に……」

「あ゛あ゛っ!?」

「ピギャー! 雅ちゃん、やっぱりごわい〜!」

泣き叫ぶさゆりの脇を通り、マスターがやってくる。だが、手にはなにも持っていなかった。

「お客様、わたくしもそろそろお止めになった方がいいかと……」

「あによ、あんたもわたしに逆らう気!?」

「逆らうわけではございません。ただわたくしの経験からの忠告です。このままでは美しい顔が台無しですよ?」

「あ、あら、そぉ? もう、マスターったら、お上手なんだから……」

一瞬にして機嫌を直し、マスターの腕をバンと叩く。

マスターの腕はヒリヒリと痛みだしていたが、客商売を理解しているのだろう。満面の笑顔を絶やさなかった。

「はあっ、それにしてもどこかにいい男いないかしら……」

ぼやきつつ、最後のワインを飲み干す。

その時、事件は起こった。

「おじさん! ワイングラスの注文、いま届いたよ!」

裏へと続く通路から、一人の青年が荷物を持って姿を現した。雅の耳がピクッと動く。

「ああ、カウンターの裏に置いてくれ」

おじさんの指示に従い、カウンターへと荷物を運ぶ。突然立ち上がった雅は、その背後を追い始めていた。

「よいしょっと、これでよし……うああああ!」

荷物を置いて振り向いた青年は、目の前に立っていた雅の存在に尻餅をついていた。

「あいててて……」

お尻をさすりながら立ち上がると、雅がにっこりと微笑んでいる。

「まさか、こんなに早く見つかるとはね……」

「えっ?」

「あなた、名前は?」

目をパチクリしながら、青年は自分を指さした。

「ぼ、ぼくの名前ですか?」

「そっ、なにか言えない理由でもある?」

あくまでにこやかに接してくる雅ではあったが、目はまったく笑っていない。

「あ、あの……」

「ほらっ、はっきり言いなさいよ! 男らしくないわよ!」

「一場春人ですけど……」

春人が名乗ると、雅は時計を見てから、素早く取り出した手錠を春人へとはめていた。

「一場春人――愛称ケイ。20時55分、逮捕」

「ちょ、ちょっと、なにするんですか!」

慌てふためく春人を無視して、バーの外へと連れ出そうとする雅。その進行方向をマスターが塞いでいた。

「失礼ですが、警察の方ですか?」

「ええ、四季雅警部補です」

手帳を出した雅の横に、いつの間にか泣きやんでいたさゆりがくっついて手帳を出す。

「同じく相楽さゆり巡査で〜す!」

頬と頬をくっつけてくるさゆりを押し退けてから、雅はマスターへと向き合った。

「この子はわたくしの甥なんですが、なにかやらかしましたか?」

「ええ、この子はいま世間を賑わしているN.F.Sの一員であるケイです。よってすぐさま署へと連行します」

「おじさん! なんとかしてよ!」

雅の背後から叫ぶ春人を手で制してから、マスターは落ち着いた調子で雅への質問を続けた。

「証拠はどこに?」

首をかしげながら、少し考え込む。

「まっ、いっか。どうせすぐ分かることだし」

意味ありげな独り言を放ってから、小さく微笑んでみせた。

「能力者はご存じですね」

「ああ、知っている。絵武市や光砂市なんかに現れる、特殊な力を得たとかなんとか……」

「そう、そして何を隠そう、わたしもその能力者の一人なんですよ」

「わたしもわたしもぉ!」

横から割り込んできたさゆりを、雅が容赦なくはじきとばす。

「うにゃ!」

悲鳴をあげると、さゆりはそのまま床を転がり、突っ伏したまま動かなくなってしまった。

「わたしの能力、それは『メモリー』です。一度聞いた声を記憶する能力、絶対に間違えないし忘れない。たとえ姿形を変えようとも、わたしには同一人物だとわかるのです」

後ろにいた春人の頭をがっちり掴み、雅はなおも続ける。

「わたしは今日の午後三時頃に、N.F.Sのうちの二人に会った。その内の一人がケイだった。この子はケイとまったく同じ声よ。わたしの能力は故意に声を変えてもどうにもならない。間違いなく一場春人はケイよ!」

「た、たまたま同じ声だったのかもしれないだろ!」

頭を押さえつけられたまま、春人の反論が炸裂する。

だが、雅はまったく慌てていなかった。

「この狭い地域で、同じ声の人間が二人? あり得ないわね。同じ声の人間がいる確率とあなたがケイである確率、どちらが高いかは明らかだわ」

バーのマスターはやれやれと首を振り、雅の前の道を開けた。

「春人、警察に行ってこい」

「お、おじさん……」

「調べれば分かるはずさ。無実だと信じているからな」

「……うん」

途端に大人しくなった春人を連れて、雅はバーを後にした。

「ま、待ってよ、雅ちゅあん!」

起こしてくれると期待していたさゆりが、慌てて雅を追って飛び出していく。

「ふぅ〜、やれやれだな」

「ケイ、大丈夫ですかね?」

背後から現れたリアが、マスターに訪ねる。どうやら扉越しに話を聞いていたらしい。

「大丈夫だろ。警察だってバカじゃない。すぐに釈放されるさ。もし捕まって留置所に入れられたとしても、あいつならすぐに逃げ出せるしな」

言葉とは裏腹に、心配そうな面もちを浮かべるマスターに、リアは無言で頷くことしかできなかった。

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