file:6初顔合わせ
約束の三十分まえに、ケイは指定の角谷ビルに来ていた。待ち合わせをしているアスクの姿はまだ見えない。
角谷ビルは数年前に入居者がいなくなり、すでに廃墟と化していた。
割れた窓ガラスの破片が散乱しており、崩れ落ちたコンクリートが所々で瓦礫の山になっている。
三階にあるいくつかの部屋のうち、ケイが選択したのは一番整然としている部屋だった。
もちろんそれは他の部屋と比べればであって、人が住めるような状態ではない。
入り口の方角から足音が聞こえ、ケイがそちらを向く。
「遅かったね、アスク」
だが、返ってきた声はアスクのものではなかった。
「まったく、考えなしだなケイは」
声に合わせて姿が見える。そこにいたのはフィンだった。
外出用なのか、アジトでみた服装の上に色あせたジージャンを着込み、腰に手をやりつつケイをにらみつけている。
「な、なんでフィンが?」
「わたしだって来たくはなかったさ。だけどアンタたち二人じゃ、もしもの時に脱出しずらいだろ?」
「だったらリアに来てもらいたかったよ……」
ぼやくケイにフィンはフンと鼻を鳴らし、部屋の中へと入ってきた。
「リアはいま、アスクを閉じこめてるよ」
「なんでアスクを閉じこめる必要があるんだ?」
ケイの当然とも言える疑問にも、フィンは平然と答えてみせた。
「アスクは女に弱いからな。ペラペラとN.F.Sについて喋られたりしたら困る」
「そこまで節操がないとは思えないけど……」
考え込んでしまったケイへと、フィンがなにかを渡す。それは目元を隠す赤い覆面だった。
「ほら、つけとけ」
「そうか、アスクが来ないとなると、これがいるってことだよな」
「そういうことだ。分かったらさっさとつけとけ。そろそろ来てもおかしくない時間帯だ」
同じ覆面を、手早くフィンも装着する。ケイのものと違うところは、色が青い点だけだ。
それから二人は無言で手紙の主を待った。約束の五分前になると、階下から騒がしい声が聞こえてくる。
「雅ちゃ〜ん、ここ歩きにくいよぉ」
「うるさいなあ。のろのろしてると置いていくよ!」
「あぁん、待ってよ、雅ちゅあ〜ん!」
ケイとフィンが顔を見合わせる。とても警察官とは思えない会話だ。
だが、部屋の入り口から顔を出したのは、紛れもなく写真で投げキッスをしていた雅本人だった。部屋に入って二人を一瞥すると、まだ姿の見えない助手に罵声を飛ばす。
「もう……さゆりが早くしないから、先に来てるじゃない」
「だって足場が悪くて、うまく歩けないんだもん!」
「それでよく警察の採用試験通ったわね……」
呆れつつ頭を押さえる雅の横に、足をもつれさせながら、もう一人の姿が現れる。
雅と同じような紺色のスーツを着ているものの、サイズが合っていないためか、胸元のボタンとボタンの間に隙間が開いていた。
「だってぇ、雅ちゃんのスーツだと、胸が苦しいんだもん。しょうがないじゃない」
雅のゲンコツがさゆりの頭を狙いすますと、ピギャーという悲鳴が、静かなビルの中に響きわたった。
「なんなんだろ、あれ」
「さあな……」
呆気にとられて呆然としているケイの横で、フィンがあきれた気持ちを落ち着けるためか息吹きを吐いた。
どう見ても前任の警部より優秀だとは思えない。
「ほらっ、ちゃんと挨拶するわよ、立って!」
ゲンコツを恐れてうずくまるさゆりを無理矢理立たせると、雅はケイたちに敬礼した。
「N.F.Sの方ですね。わたしは四季雅。こっちの分けのわかんない子は相楽さゆり。これからN.F.Sの担当になりますので、どうかよろしく!」
Vサインでにっこりと微笑んだ雅を、フィンが目線を外しながらつぶやいた。
「漫才コンビの間違いじゃないの?」
ピクピクッと、雅の頬が笑顔のままで痙攣する。
「少々お待ちくださいね!」
そのままいったん姿を消すと、しばらくしてドグオォンといった激しい衝撃音が聞こえてきた。
「雅ちゃ〜ん、だいじょうぶぅ?」
心配そうに訪ねるさゆりをよそに、雅は元の笑顔で戻ってきていた。
「すみません、ちょっと崩れ落ちそうな瓦礫があったもんで」
「はあ……」
曖昧ながらも納得の返答をするケイに満足したのか、雅は微笑みを崩さずに話を続ける。
「ところで、N.F.Sって4人組じゃあ……」
「罠かもしれないのに全員で来ると思うのか、ペチャパイ」
またもフィンの言葉に反応した雅は、
「ちょ〜っと待ってくださいね〜」
部屋の外へと飛び出していた。連続して聞こえる瓦礫の衝撃音に混じって、
「わる……たなペ……パイ……にい……養が……いってんだ……」
途切れ途切れの罵声が聞こえてくる。さゆりはオロオロしながら、ことの成り行きを見守っていた。
「なあ、フィン」
「なんだ?」
「話が進まないから、あの人に暴言吐くのやめてくれ」
両手を上向かせて、あきれたようすのフィンだったが、ケイの申し出には納得したようだった。
「お待たせしました〜」
やはりにこやかに雅は戻ってきた。だが服は細かいホコリにまみれている。
「それで、四季さん」
「雅でいいわよ。えっと……」
「ケイです。こっちの小生意気な方がフィン……」
「だれが小生意気なんだよ……まったく」
フィンに反論されると思っていたケイは、少し拍子抜けしていた。
もしかするとまた話が長く、そしてややこしくなると考えたのかもしれない。
「それでは話を戻します。ぼくたちを呼んだ理由はなんですか?」
雅は少し考えてから、おもむろに口を開いた。