file4:N.F.S本拠地にて
とあるバーの裏にある一室。煌々と蛍光灯に照らされた部屋だ。
入り口の真正面に配置されたホワイトボードには、目標と作戦という議題が掲げられている。
だが、他に書かれているのはどう見ても落書きで、議題とは無関係にしか見えなかった。
部屋の左右にはスチール机が一台ずつあり、それぞれにパソコンが設置されている。
実のところ、ここはN.F.Sの本拠地だった。だが、室内の雰囲気は盗賊団のアジトという本性を微塵も感じさせない。
そして、部屋の関係者であろう男女は、二台のパソコンへと向かいあっていた。
左側の一台では、まだ幼いつり目の少女が、カタカタと規則的にキーボードを鳴らしていた。
赤い下地の中央に、斜体の白い文字で『GYANBARY』とかかれたシャツ。下は赤と黒のチェックのスカートで、キーボードをまったく見ることなく打ち続けている。
プリントアウトをクリックすると、横にあったプリンターがヴィーンと音をたてて動き始めていた。
「フゥ……」
一息入れた少女は、チラリと背後を盗み見た。もう一台のパソコンの前には、二人の青年の姿がある。
一人は肩に触れる長さの茶髪に青いワイシャツ、一人はなめらかで綺麗な黒い短髪と、黒づくめの上下に身を包んでいる。
二人は時折ゆるんだ目を合わせては、いやらしく微笑んでいた。
「まったく……」
少女は嘆くとツカツカと入り口の扉へと歩いていった。腰まで伸びた紺色の髪が、スカートと一緒にゆらゆらと揺れる。
そして入り口横のコンセントをつかむと、思い切り引き抜いていた。
プツンーー。
「うああああ!」
二人の悲鳴が室内へと響く。茶髪の男が即座に椅子から立ち上がると、少女を力強く指さした。
「リア! てめえなにしやがる! もう少しでダウンロードが終わるところだったんだぞ!」
「いったいなにをダウンロードしてたのです? 答えてくれますよね、アスク」
アスクと呼ばれた青年の怒鳴り声にも動じずに、少女――リアが尋ねる。
ウッと一瞬息を詰まらせたアスクは、背後にいる黒髪の青年の肩に手を回した。
「いやあ、ケイがどうしてもっていうからさ」
「き、きたねえぞアスク! フィンがいない間にってお前が!」
ギャアギャアとわめくアスクとケイの醜い言い争いに、リアは力なく肩を落とした。
「まったく、男という生物は、どうしてこう……」
「小学生のくせして異性に悲観すんなよな」
「だれのせいでこうなったと思ってるですか!」
二人が同時に、お互いを指さす。その後は先ほどと同じような、陳腐な言い争いが始まっていた。
呆れはてたリアはパソコンのコンセントを戻し、自分が使っていたパソコンへと戻った。
印刷された資料を確認し、ファイルへと綴じる。ようやく仕事から解放されたリアは、大きく背伸びをすると、
「なあ、なんか変なのが町内に出回ってるぜ?」
言いながら部屋の扉が開き、毛先の跳ねた緑髪の女性が入ってきた。
黄色いタンクトップにジーンズという男勝りの格好で、ヒラヒラと指でつまんだチラシを振ってみせる。
「どれですか?」
チラシをリアへと渡して、ちらりと横を見る。リアはまったく相手にしていなかったが、まだアスクとケイの不毛な言い争いは続いていた。
「ほら、見ろっていってるだろ!」
両手を使って同時にげんこつを食らわせる。それでようやく二人の口げんかが止まった――と思ったら、単に矛先が変わっただけだった。
「いてえぞ、フィン!」
カッとなったアスクが臨戦態勢へと入る。
だが、フィンと呼ばれた女性はあわてることなく、
「へえ……わたしとやろうっての?」
フィンの右手が、スッと前に出る。親指で中指の先を押さえる、いわゆるデコピンの体勢だ。
だが、強気のアスクをたじろがせるにはそれで十分だったらしい。
「そ、それは反則だぜ、フィン」
「だれが反則だって決めたんだ? これはわたしの能力だ。使うか否かはわたしが決める」
じりじりと詰め寄ろうとするフィンに、後退していくアスク。その間にケイが割って入った。
「二人ともケンカするなよな。それよりも大切なことがあったんだろ?」
前に出していた右手を下げてから、フィンはリアの持っているチラシをあごで指す。
全員がチラシを読み終えるのを待ってから、
「なあ、どう思う?」
フィンが他の三人へと尋ねた。
「可愛い刑事さんじゃないか」
「あんたの第一声はそれだと思ってたよ」
目を輝かせながら話すアスクに、半ば呆れながらフィンぼやく。
「わたしは罠だと思うです。こんな挑発に乗ったら、間違いなく捕まるですよ」
否定的な意見のリアに頷きながら、フィンはちらりとケイのようすを伺う。ケイは真剣な眼差しでチラシを見ていたかと思うと、口元を軽く緩ませた。
「よし、この挑発に乗ってやろうじゃんか!」
「本気なの? ケイ」
「もちろんさ。罠の可能性は高いかもしれないが、いままで以上に目立った存在になれる。そうなれば……」
「おれたちの目的にも一歩つながるということだな」
こぶしを高々とあげる男性陣。それでも女性陣は納得できないようだった。
「罠と分かっていていくバカはいないです」
「まったくだ。目立ったところで捕まってしまったら意味がない。わたしもパスさせてもらうぞ。期日の明後日までに考えが変わることを祈ってるよ」
そう言葉を残して、二人は部屋から出ていってしまった。
「仕方ないな。当日は二人で行くか」
「ああ、いいぜ。かわい子ちゃんにおれの魅力をアピールしないとな」
浮かれ気分のままアスクも部屋から消えていく。一人残されたケイがチラシに目を向けていると、アスクと入れ替わりでバーテンダーの格好をした男性が部屋に入ってきた。
「おい、春人」
「おじさん……ここではケイって呼んでくれよ。いつも言ってるじゃんか」
「知らん。もうすぐ開店だからな。さっさと準備しろよ、居候」
「ふぁ〜い」
気のない返事をしながら、ケイ――春人は、部屋の電気を消して部屋を後にする。先ほどまで騒がしかった部屋は、あっという間に沈黙へと姿を変えていった。