file3:四季雅
「どうぞ」
宮部署長が返事をすると、ガチャというノブを回す音が漏れる。
「失礼します」
言いながら扉を開けて入ってきたのは、紺色のスーツを身にまとった端正な顔立ちの女性だった。
まだ二十代前半であろう若々しい女性に、権田原と田淵は目を丸くしている。
「紹介しよう。四季雅警部補だ」
笑顔で軽く会釈する雅に、権田原はわざと聞こえるように舌打ちをした。
「ちっ、キャリアか」
ピクッと痙攣した雅が、ゆっくりと面をあげる。先ほどまでの満面の笑顔が、見事にひきつっていた。
「キャリアとかノンキャリとか、関係ないと思いますが?」
雅も負けじと、過剰にはきはきとしたしゃべり方で対抗する。
その後は二人ともにらみ合ったまま、一言もかわさなかった。間に挟まれた田淵が年甲斐もなくオロオロとうろたえる。
「署長! なんでこんなチチくさいガキがN.F.Sの担当になるんですか!」
現状を打開するために、権田原が宮部署長に詰め寄る。当然雅も黙っていない。
「なによ! わたしがチチくさいなら、アンタは加齢臭のキツいおっさんじゃない!」
「なんだと貴様! 上司に向かって!」
とっておきのカードを出して勝ちほこる権田原を、雅は鼻で笑いとばした。
「なぜ四季君がN.F.S担当かはさっきいった通り、彼女が能力者だからだ。そしてこの事件に限り、きみは四季君の命令で動いてもらう」
「そ、それはどういうことですか署長!」
「いま言った通りよ。権田原くん」
肩をポンポンと叩いて、今度は雅が勝ち誇る番だった。
だが権田原はとっさに雅の腕を振り払うと、
「貴様なんぞの下で働けるか! おれはおれで勝手にやらせてもらう! 行くぞ田淵!」
そのままさっさと署長室から出ていってしまった。
田淵は権田原の消えたドアと雅を落ち着きなく交互に見やると、雅に一礼してから権田原の後を追っていった。
「まったく、なんなのよあのオヤジは」
「まあ概ね予想通りの反応だった。権田原くんの頑固さは短所でもあるが、長所でもあるからな」
「短所にしか見えないけど……」
ボソッと呟いたため、宮部署長には聞こえなかったらしい。
組んだ両手の上にあごを乗せて、宮部署長は雅へと尋ねた。
「ところできみの能力だが……」
「それについて一つお願いがあるのですが」
口をへの字に曲げてから、どうぞという意志をうなずくことで送る。
「助手として、ひとりほしい人材がいるんですが」
「ほう……だれかね?」
「部署は違うんですが、婦人警官をやってる子で、名前は相楽さゆりって言うんですけど……」
雅から名前を聞いて、宮部署長は少し考えてから思い出したように手を打った。
「そういえばどこの部署にいっても厄介者扱いされるという、おっとり系の婦警が相楽とかいったような……」
「その人に間違いないです……」
ため息混じりに返答すると、当然のように疑問が浮かびあがる。
「そんな子が捜査の役に立つのかね?」
「正確にはわたしの能力を生かすために役立つんですが……」
ふむと言いつつ、あごをなでる宮部署長。だが悩んでいるようではなさそうだった。
「わかった。すぐに手配しておこう」
「ありがとうございます」
返答を受け、宮部署長は引き出しから資料の束を取り出した。そのまま立ち上がると、それを雅へと手渡す。
表紙には『N.F.Sに関する資料』と書かれていた。
「次の事件が起こるまでに読んでおいてくれたまえ」
「はい。それとできればもう一つお願いしたいことが……」
「なんだね、言ってみたまえ」
宮部署長の耳元で、なにやらつぶやく。宮部署長は何度か満足そうにうなずくと、
「いいだろう。すぐに手配しておく」
あっさりと雅の願いを受け入れていた。
「ありがとうございます。では」
一礼の後に敬礼をしてから、雅は署長室から出ていった。
「なかなかのお手前だな。結果を楽しみにしておこう」
宮部署長は元のいすへと座ると、本来の仕事へと戻っていった。