file:15作戦会議(N.F.S側)
ナンバーズへと帰った春人――ケイに、義朝とN.F.Sの三人が駆け寄る。
「ただいま」
「どうやら釈放されたようだな」
照れ笑いをしながら頭を掻くケイに、何者かがガバッと抱きついてきていた。
「心配したんだぞ、このバカケイが!」
声をあらげるフィンの頭を、軽く撫でる。
「わるかったなフィン、まさか声で判断されるとは思わなかったんだ」
「あの時、あの女は……わたしたちの声を聞きたかったんだな……」
ケイから体を離しつつぼやく。ケイは一度頷いてから自分の意見を述べた。
「あの面会は、声を聞きたいがために開かれたものだったんだ。質問などする必要なんてない。名乗らせればそれで事足りる」
フィンが黙って頷くと、後ろにいたリアが一歩前へと進んできた。
「話はだいたいフィンから聞きました。全員で行かなくてよかったようですね」
「まったくだ。俺の能力の天敵だな」
自嘲気味に笑うアスク。頷きつつもケイは話を続けた。
「裏の部屋はおじさんが?」
義朝が素早く相づちを打つ。
「緊急事態だったからな。一応移動しておいたんだ」
「おかげで俺の家はぐちゃぐちゃだけどな」
ため息混じりに嘆きつつ、アスクが肩を落とす。どうやら部屋の有様は相当ひどいらしい。
「で、これからどうするんだ? ほとぼりが冷めるまで大人しくしとくという手もあるが……」
フィンの申し出にいち早く首を振ったのは、腕を組んで考え込んでいたリアだった。
「わたしは反対です。そんなことをすれば、春人がケイだと認めているようなものですよ、フィン」
「ああ、リアの言うとおりだ。というわけで、次の予告状は明日送る」
「なんだって!?」
「マジか?」
「本気ですか、ケイ!」
三者三様の叫びがナンバーズ内にこだまする。義朝は黙って成り行きを見守るだけだ。
「ケイ、それはそれで怪しいですよ! 容疑を晴らすためだけに、焦っていると思われるです!」
「わかってるさ。だからといって日数が過ぎれば、準備をされる恐れがある。明日予告状を叩きつけ、明後日の日曜日に決行だ」
「ですが!」
あくまで引こうとしないリア。もちろん、他の二人もケイが焦っているとしか思えなかった。
だが、すでにケイの頭の中にはシナリオが書きあがっていたのだ。
「みんな、耳を貸してくれ。詳細はこうだ」
四人が顔を寄せあい、ひそひそと語り合う。話が進むにつれて、三人の顔色がよくなってきていた。
「どうだリア? いけそうだろ?」
「いいですね、ケイ。やってみる価値はありそうです」
「だけど、それには三村のおっさんの力が……」
慌ててケイがアスクの口をふさいだ。むぐむぐと口を動かすアスクをそのままに、義朝へと愛想笑いを浮かべる。
「言っておくがな春人、おれはもう手伝わんぞ」
「そ、そんなあ!」
懇願するケイから顔を逸らして、バーの片づけをはじめた。
「お願いだって、おじさん! あと一回でいいから!」
「ほう、一回でいいのか?」
「えっ?」
そう言われ、ケイはわずかに動揺していた。
手伝ってくれるに越したことはないが、言い方に裏が含まれているのは明らかだった。
「どういうことです?」
代表でリアが尋ねると、店のカーテンを閉めながら答えてきた。
「簡単なことだ。警察も無能じゃなけりゃ、この店や春人からマークをはずしたりしない」
「ってことは……やっぱりどういうことだ?」
首を傾げて考え込むフィンの隣で、アスクがプッと吹き出す。
「つまり、いますでに監視されてる可能性があるってこった。そんな中、おれたちが平然と店の外に出てみろ。めでたくおれたちも容疑者の仲間入りってわけだ。わかったかい? フィンお嬢様」
「……ケンカ売ってんのか?」
フィンの中指に力が込められる。慌てて――といっても笑いながら、アスクは店の裏へと逃げていった。すかさずフィンも後を追う。
「もう一度聞くぞ、春人。一回でいいのか?」
二人の喧噪に呆れつつも、ケイへと改めて問う。
「に、二回手伝ってください……」
ボソボソと述べるケイ。それでもわざわざ尋ねてくるのは、手伝ってくれる気があるからでは……という淡い期待が膨らんでいた。だが……、
「断る」
「おじさぁん!」
「おれは最初に反対したはずだぞ。それをお前がどうしてもというから、お前たちの行動を黙認することにしたんだ。その時に言ったはずだぞ? 黙ってはいるが手伝いはしないとな」
「それは、そうだけどさ! かわいい孫が捕まってもいいの?」
わざとらしく目を潤ませていると、リアがケイに続いていた。
「義朝さん。わたしのせいでケイがこんなことになったです。わたしがわがままを言わなかったら、N.F.Sすら存在してないんです! だからケイを責めるのは違います!」
リアの渾身の訴えにも、義朝はまったく動じなかった。
「別に責めているわけじゃない。ただ責任は負わなければならない。盗んだものを返したからといって、盗み自体が無罪になどならない」
しょぼくれるケイに、やれやれと両手をあげる義朝。
「まったく、世話の焼ける奴らだ。今回だけだぞ?」
「おじさん!」
「義朝さん!」
ケイとリアが同時に叫ぶ。
「ただし、今回が本当に最後だ。次に力を貸してくれなんぞぬかしたら、その場で警察に連れていって正体をバラすからな」
「うっ……」
一瞬、返答に苦しみつつも、ケイはこっくりと頷いた。背に腹は代えられないと判断したのだろう。
「で、どういう作戦なんだ?」
義朝に聞かれて、先ほど話していた作戦を聞かせる。最後まで聞くと、口元をほころばせながらケイを見下ろしてきた。
「なるほどな。悪くないかもしれん」
「でしょ? というわけで、とりあえずおじさんはフィンを家に送って。アスクの実践練習もかねるから、おじさんは髪の毛をアスクに渡して家に帰っていいよ」
「了解だ。家で電気もつけずにゆっくりしとけってことだな」
苦笑いを浮かべるケイをそのままに、義朝は裏へと入っていった。いまや空き部屋となってしまった一室へと入ると、入り口付近でフィンが奥にいるアスクを睨みつけている。「ほら、喧嘩するな」
「アスクはいつもわたしのことバカにしてんだ! 今日こそ痛い目に……」
と、突然フィンと義朝の姿が、何の前触れもなく消えてしまった。
だが、普通なら慌てるはずの現象にも、アスクはまったく慌てていない。
それから少しの時間が経つと、またも前触れもなく義朝の姿が現れていた。そばにフィンの姿はない。
アスクが口笛を吹きつつ、感嘆の声を上げる。
「よく協力する気になったね? テレポートは極力使いたくないって言ってたくせに」
「最初で最後さ」
「部屋を空にした時も同じこと言ってなかったっけ?」
「あれは俺が勝手にやったことだ。頼まれてじゃない」
髪をかきあげてから大きく息を吐いた。義朝の表情に疲れが見える。
「んじゃま、俺も家まで送ってくださいな」
「わかった……と言いたいところだが、ケイがいってたぞ。実践練習もかねてお前と帰るってな」
「……マスクを使えってか。せっかく楽して家まで帰れると思ったのに」
肩を落としつつ、義朝に近寄っていく。
「んじゃ、髪の毛一本もらうね」
「あまり痛くすっ……!?」
義朝の言葉が終わる前に、アスクの指が頭から髪の毛を抜きさる。
痛そうに頭を撫でる義朝の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「おっと、ごめんな三村のオッサン」
「まったく誠意が感じられんが……」
愚痴をこぼしながらも、瞬く間に姿を消す。またテレポートでどこかへと移動したのだろう。
「さてと、それじゃあ帰るとするか……」
大事そうに義朝の髪の毛を握り、空き部屋から出ていく。N.F.Sと雅たち警察の戦いが、いま始まろうとしていた。