file:11ロビーでの雑談
署長室を後にした二人は、ロビーの椅子に座っていた。時間が時間だけに薄暗く、一般の人どころか警察官もほとんど見あたらない。
「あの……」
「なによ!」
声をかけた春人を一刀両断するような、ドスの聞いた雅の声。
春人は少し怯えつつも、拳に力を込めつつ思い切って切り出してみた。
「ぼく、釈放ですよね?」
「ああ、そうですよ! ケイのくせに自白しないからね!」
「ケイじゃないですって……」
「あのね、嘘つきは泥棒の始まりなのよ……って、もう泥棒だったわね、ごめんごめん」
一人で納得した雅は、そのままそっぽを向いてしまった。
「いや、そうじゃなくて……釈放ならもう帰りたいんですけど」
ピクッと、雅の頬が痙攣する。
「!?」
殺気を感じとった春人がとっさに両手で頭を覆うと、ちょうどそこに雅のチョップが炸裂していた。
「ちっ、なかなか鋭いじゃない」
「だからそうじゃなくて……」
「分かってるわよ、釈放でしょ? でももう少し待ってもらえないかしら?」
「どうして?」
「あなたがクロだって証拠がみつかれば正々堂々と逮捕ができるわ。悔しいし、借りなんて作りたくないけど、ここはあのゴリに託すしかないわ」
わなわなと体を振るわせつつ、雅はうつむいていた。膝の上にのせられた拳に、ギュッと力が込められる。
「あの……雅さん」
「なによ」
「雅さんは絵武市出身ですか?」
春人に突然聞かれた質問は、雅にとって想定外だった。一瞬キョトンとしてから、意識を戻そうとブンブン首を振る。
「なによ、突然」
「いや、能力者だって言ってたから、どこの出身なのかなって」
確かに能力者である以上、出身地は限られている。能力者が生まれるのは絵武市、光砂市、そして蜜貴市の三都市だけだ。
そうなれば、春人の質問も不思議ではない。
「そうよ……っていうか、光砂市と蜜貴市は完全閉鎖してて、鎖国ならぬ鎖市状態じゃない」
「それはそうだけど、もしかしたらと思ってさ」
無邪気な瞳で話す春人に、自然と雅は続けていた。
「わたしは絵武市出身でよかったと思ってるわ。特別な能力があったって、狭い世の中に引きこもりじゃつまんないわ」
「じゃあ、なんで警察官に?」
「メモリーが一番役に立つ職業だからってのと……あなたは知ってるかしら? 絵武市の能力者がどんどん行方不明になってるの」
春人は小さく頷いた。まるで決意を新たにしているかのような、真剣なまなざしだった。
「その事件を個人的に調べたかったってのもあるかな? 放っておいたらわたしまで行方不明になりかねないし」
「自分にもかかわる事件なのに、そんな悠長な構えかたでいいの?」
「よくはないけど、とりあえずわたしが警察で活躍するために、能力者を法的に認めてもらうことが先決ね。誰かさんみたいに捕まえても意味がなかったらいやだもの」
春人にヘッドロックをかけ、こぶしで頭をグリグリと擦る。
雅の話に聞き入っていた春人は、あっさりとその洗礼を受けてしまった。
「いたっ、痛いよ雅さん!」
「まったく、あなたって変な子だわ。極悪人の盗人かと思ったら、そうでもないし。なにをたくらんでるのかさっぱりだわ」
「それは結局、なにもたくらんでないってことなんですよ!」
「まったく、口が堅いわね? ああ、もういい! とにかくあのゴリが帰ってくるまで待っときなさい!」
不当なげんこつが、春人の頭上へと落ちる。そのまま二人はゴリ――権田原警部の帰還を待った。