file:10署長室にて
「どうしてですか! この子は間違いなくN.F.Sのメンバー、ケイなんですよ! こんなの納得がいきません!」
署長室に雅の絶叫に近い声がひびく。それでも署長は腕を組んだまま、まったく動じていない。
「大体ですね、署長はわたしの能力に期待してN.F.Sの担当にしたんじゃないんですか!?」
横では春人がすごい剣幕の雅に一歩後退していた。
反対に一歩前進した雅は、署長の机に両手を叩きつける。
「納得できる説明をお願いします!」
そこでようやく雅の動きが止まった。ただ、形相は普段とは比べられないほど憤ったままだ。
「では言うが、わたしが君を着任早々N.F.S担当にしたのは、早期逮捕を目指したのではない」
両肘を机に乗せ、組んだ手にあごを乗せる。荒れる雅に対し、署長は至極冷静だった。
「ではわたしのメモリーはなんのために!」
「メモリーを使えば、覆面をかぶったN.F.Sの正体を普段の生活から見破ることができるからだ。容疑者さえ絞れば、尾行も張り込みもたやすい。違うかね?」
「そ、それは……」
「君はどうも酔っ払ってるようだ。少し判断を誤ったのではないかね? それに現行犯でもないのに、逮捕状もなしに逮捕など以ての外だ。緊急逮捕としても、証拠が君のメモリーだけでは、逮捕状はとれん」
「ぐっ……」
雅の両手が机から離れる。悔しいのか、唇が小さくふるえていた。
「結論を言おう。すぐに釈放するんだ。今度は先走らないようにな」
目元を潤ませながらも、雅は力いっぱい敬礼をしてみせる。
そのまま春人を連れて、署長室を後にしようとした時、署長が春人を呼び止めていた。
「一場春人くんだったね?」
「はい……」
見るからにフワフワした皮製の椅子から立ち上がり、宮部署長が春人の肩を叩いた。
「今回はすまなかったな、だが……」
一呼吸おいてから、淡々とつぶやく。
「わたしは四季君のメモリーを信頼している。君はN.F.Sのケイとして一番の容疑者だ。それをよく心に留めておくことだ」
そういうと宮部署長は、椅子へと座りなおした。ギィと椅子のきしむ音が聞こえる。
「ほら、さっさときなさいよ!」
宮部署長に暗雲を感じつつも、春人は雅に従い署長室を後にしていた。