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人生の分岐点その二


蝋燭から漏れる仄かな明かりがこの無駄に広い剣道場を照らしている。

築何年だかわからないような古さをもつこの剣道場だが、度重なる改修によりなんとかその姿を保っている。


歴史の教科書で見た大政奉還が行われた二条城を思い出させる様な造りの剣道場の真ん中で刀を握り素振りを繰り返す。

心を無にし、一連の動作を素早く滑らかに、そして美しく。


額を流れる汗も周りを飛ぶ煩わしい蚊も外の林が風に吹かれざわめく音も全く気にしない。


暗黒時代は幕を開けたが、より冷静にいる事が大事という俺の考え方は変わらない。

常に心に一枚の薄い膜を張り、そこから内側は何者にも侵されない不可侵の領域だ。


「なぁどう思うよ?2組のあの子、あんなチャライ奴と付き合ってさぁ。有り得なくね?あの清純さが良かったのにあんなのと付き合ったらもう女の価値が大暴落だよな、ウォール街もビックリだよ」


剣道場の隅に携帯を弄りながらうるさい独り言を言ってる親友みたいな奴が居ても全く心を乱さない。



いくら俺が喧騒に満ちた中に居ようと、俺の中にある心は穏やかである。

波紋一つ広がらず水面に鮮やかな満月を映す池の様な心なのだ。


「よし、終わりだ」


日課の鍛練を終え刀を腰の鞘に戻し、うるさい蚊を片手で握り潰しながら親友の元へ歩く。


「やってらんねーよなー、リア充死ねばいいのに」


先月新しくした畳に寝転がりぶつくさ言っているのは知っての通り、神島だ。


「そんなこと言ったって出来ないものは出来ないよ」


「これがモテる男の余裕ってやつか…」


神島は中学生の頃、好意を抱いていた女の子が俺の事を好きだったらしく、それが原因で俺を殺そうとして以来の付き合いだ。


こいつは外見自体は悪くないし性格だって何の問題もない。

どこと無く日本人離れした顔立ちはハンサムの部類に掠るレベルだし、性格だってクラスの女子から『よくわからないけど優しそう』という評価を得ているのだ。

ただただ運が悪いのだ。

好きになった子が彼氏持ちだったり、転校してしまったり。


「妹がいたら紹介してたんだけどなぁ」


剣道場の入口の上に立て掛けてある家族写真を見上げながら俺は言った。

神島も事情を知っている為目を細め、そうだなぁと言っている。


妹は俺が小学三年の時に行方不明になり今もそのままだ。

警察の捜索の成果無く、犯人も原因も何もわかっていない。


妹が居たという形跡として残っているのはこの家族全員が揃っている写真と俺の腰に差してある小太刀だけだ。


「もう日も落ちたし、ボチボチ俺は帰るわ」


「そうか、じゃあまた明日学校でな」


学校帰りに俺の家に寄り遊んで行くのは神島の日課となっている。

二人で剣術の練習をしたり、ゲームをしたり、くだらない話をしたりして盛り上がる。

昔の俺では考えられなかった事だ。


今ではそれが普通になり当たり前になり日常と化している。

人間変わろうと思えば変われるものということだ。


神島が入り口の扉に手をかけた瞬間。



フッ



部屋の中の蝋燭の火が消えた。


この広い部屋全体を照らすだけの数がある蝋燭の火が一瞬で消えたのだ。

風が吹いた訳でもないのにだ。


「なんだ?」


神島も顔をしかめ周りを見回す。

その顔には不安とほんの少しの恐怖の色が混じっている。


日は完全に落ち、今日は朔月、月明かりもない。

辺りは完全に闇が支配している。


闇というのは人間の根源的恐怖の対象でありこればかりはどう足掻いても無理だ。怖いものは怖い。


その恐怖という感情故か俺は自然と左腰の刀に手を伸ばす。


「早く出よう、嫌な予感しかしない」


「だな。薄気味悪ぃ」



俺の提案に神島も頷き、再び扉に手をかける。


「邪魔するぞぃ」



背後から何の前触れも無く声が聞こえてくる。


後ろを向くと一人の白髪男が立っていた。

白いローブに白いというよりは色が抜けた髪、顔には皺が目立つ。

どこからどう見てもただの老人だ。


「誰だ」


しかしただの老人とは思えない様な雰囲気を纏っている。

俺には相手を見ただけで戦闘力が数値化されて見えたりとか、相手の醸し出すオーラを見ることが出来るとか、そういう能力はない。

だが、相手の目を見ればその人の強さというのが何となく分かるのだ。

そのおかげで今まで油断して負けるということはなかった。


「わしはただのクリエイターじゃ」


予想通りだ。ただ者じゃない。

初対面で名前を聞きこんな突拍子もない事を言ってきた奴は俺の短い人生で未だ一人もいない。


初対面がかなりビックリランキング2位の座を授けるしかない様だ。1位はもちろん神島である。


「わかった。んじゃクリエイターさん、色々聞きたい事があるんだけど」


「一つだけならいいぞ?」


えぇ〜……。一つだけ……?

不法侵入してクリエイター名乗って突っ込み所満載な外見して、もう言いたいことだらけなのに?一つしか聞けないの?



「じゃあ聞くけど、何か用か?」


この爺さんが油断ならないことは分かりきっている。

だから俺は刀の柄から手を離さない。

爺さんを倒す為ではなく、俺の身を守る為にだ。



「そこにいるわしの弟子を連れ帰りに来たのと、君にもちょっと用があっての」


「は?」


弟子?神島が?


そこで俺はようやく気付く。いつもあんなにうるさい神島がこんな異常事態にしては静か過ぎる。

隣を見ると神島は頭を両手で抱え込みうずくまっていた。


「おい、神島!どうした?」「案ずるな、失った記憶が戻って来たんじゃろ」


「失った記憶?」


爺さんは畳に擦れる程長いローブを引きずる様にしながら歩いてくる。

俺はいよいよヤバい気がしてきた。イレギュラーな事態が重なり過ぎている。

この爺さんが何者かもわからないし、神島の失った記憶とやらもわからない。


情報を制するものは戦闘を制するが、今の俺には情報が全くないのだ。


「仁…逃げ…ろ…」


神島は必死に呟くが生憎親友をこんなヤバい状況で放置することは今の俺には出来ない。

そう、今の俺には。


「お前は先に行ってなさい」

爺さんが神島へ指を差すと神島の体が光出した。

暗闇に慣れはじめた目には強烈過ぎる光が剣道場を照らす。


「くぁっ…!」


神島は小さく呻くと光は更に輝き神島の体の中心へ収束する。

そして、光が消えたと思ったら神島の体は既に跡形も無く消えていた。


「えっ…!?」


「さて、次は君だ。柳刃仁君」


呆然とする俺に向かい爺さんは指を差し出す。何で俺の名前を知っているのか気になったが最早それどころではない。

唯一無二の親友が目の前で姿を消したのだ。

両親、妹に続いて親友までも消えたのだ。

何の前触れも無く、いきなり現れたこの正体不明の自称クリエイターの爺のせいで、消えたのだ!!


「てめぇ…神島をどこにやった」


「元居た場所に返したまでじゃよ」



「……『柳葉無刃流壱ノ型』」



刀を握る右手に力を籠める。左足を引き腰を低くする。

一撃必殺の居合技、柳葉無刃流壱ノ型。



「柳葉無刃流は本来護身の為の流派じゃないのかね?」


「黙れ」



短く一言言い放ち刀を抜く。鞘に刀身を滑らせ加速させ、足の裏の皮が擦り切れる速さで爺との間合いを詰める。


横一文字。


確実に斬った感触はあったが、果たしてこの得体の知れない爺にどこまで効いたか?


振り向くと爺は目の前に立っていた。

右手をこちらに向けて。


「くそっ…」


吐き捨てる様に言った言葉と同時に体が光出す。


「見事な剣技じゃ。それだけの腕前があるなら安心じゃよ」


爺はホクホクと老人特有の穏やかな顔で頷く。状況が状況なだけに全く褒められた気がしない。むしろ、ムカつく。



「案ずるな、お主が行く所に龍哉もおる」


一体どこに連れて行く気だこのくそ爺め。


「お主の妹もな」


「なっ…!?」


行方不明の妹の所へ今から向かうってことか?

この爺に聞きたい事が山ほどあるが言葉が発せない。


「ふむ。わしの家もそろそろ畳にしようかの…」



俺が最後に見たのは、足を擦りながら新品の畳の感触を味わう爺だった。


結構書いた〜って思っても案外書いてなかったりするものですね…

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