零の聖域 .ー前
漆黒のタワーの頂上、
外界から隔絶された冷徹な空間。
私は、壁一面に広がるモニター群を眺めていた。
そこには全世界から吸い上げられた
「羨望」と「承認」のデータが、
数億、数兆という無機質な
光の点となって渦巻いている。
私の指先ひとつで、
一人の人間を英雄に仕立て上げることも、
あるいは社会的に抹殺することも可能だった。
かつて私を無視した同僚たちは、
今や互いの「数字」を奪い合うために
ネット上で罵り合い、
醜い争いを繰り広げている。
かつての事務の女性たちは、
少しでも高い承認値を得るために、
自らの肉体を機械や合成樹脂で加工し、
人工的な「美」を競い合っていた。
「 醜いね 」
私の口から、
かつての「あの声」が吐き出される。
私は、全人類の嫉妬と渇望を
エネルギーとして燃える、
終わりなきブラックホールの王だった。
だが、その欲望のノイズで
埋め尽くされたモニターの端に、
一点の「空白」を見つけた。
都心の喧騒から取り残された、
古びたスラムの路地裏。
そこには、
一人だけ異質な静寂を纏った女がいた。
短く切り揃えられた、月光のように淡い金髪。
機能性を重視した地味なジャケット。
一切の無駄を削ぎ落とした、
しなやかで静かな身体の動き。
驚くべきことに、
彼女の頭上に浮かぶ承認メーターの数値は、
完全なる**「0」**だった。
「……なんだ、あいつは」
この世界において、
数値が低いことは「死」と同義だ。
誰からも見られず、誰からも望まれない者は、
社会システムによってその存在自体が
「無」へと処理されるはずなのだ。
それなのに、彼女は消えるどころか、
数百万の数値を持つ者たちよりも鮮烈に、
私の網膜に焼き付いた。
『 殺せ。あの女は不純物だ 』
脳裏に同化したモトの意識が、
初めて焦りを含んだトーンで吠えた。
『 承認を求めない存在など、
この世界には許されない。
彼女は君が築いた「理想の帝国」を
根底から否定する毒だ。
今すぐその存在を上書きしろ! 』
私は声の制止を振り切り、
自ら地上へと降り立った。
最高級の、
もはや物理的な質量さえ怪しくなった。
深紅のスポーツカーで、
スラムの路地を蹂躙するように駆け抜ける。
「王」の降臨に、周囲の人間は恐れおののき、
額を地面に擦りつけて命乞いをするように
スマホを私へ捧げた。
だが、金髪の女――
「ひかる」だけは違った_____。




