渇望の帝国 .ー 前
翌朝、激しい頭痛と吐き気と共に目が覚めた。
視界に映るのは、
昨夜までの狂乱が嘘のような
静かなスイートルームだ。
だが、私の隣には冷徹な目をしたモトが、
影のように立っていた。
「昨日のあれは何だ。
ただの会場荒らしじゃないか。
お前、せっかくのチャンスを
ドブに捨てたんだぞ」
モトの声は、
冬の底に沈む氷のように冷たかった。
私はベッドの上で震え、シーツを握りしめる。
「……すみません。
私は、ただ、認めてほしくて。
あそこにいた全員を、
私の下に跪かせたかったんです」
震える声で謝罪する私を、
モトはしばらく黙って見下ろしていた。
やがて、彼はニヤリと、
獲物を見つけた蛇のように口角を上げた。
「……いいだろう。
その『飢え』こそが才能だ。
次が本当のラストチャンスだぞ。
これに乗るか、
あのカビ臭い1 Rの部屋に帰るか。
選べ.....」
「お願いします。
何でもします。
……もう、あの場所には戻りたくないんだ。
あんな惨めな透明人間に戻るくらいなら、
死んだ方がマシだ」
私はモトの足元に縋り付いた。
プライドなど、とっくにあの赤いスポーツカーの
排気ガスと共に捨て去っていた。
その背後で、「あの声」がクスクスと、
心底楽しそうに、私の鼓膜の奥で笑っていた。
モトは無造作に、
テーブルに一枚のタブレットを置いた。
そこに映っていたのは、
かつて私が SNS で嫉妬し、
シャンパングラスの写真を睨みつけていた
あの「起業した同級生」の横顔だった。
「こいつ、最近調子に乗って
事業を広げすぎてるんだよ。
……邪魔なんだ。
目立ちすぎた杭は、打たれる前に
引き抜かなきゃならない」
モトの計画は、こうだった。
今夜、再び開かれるクローズドなパーティー。
そこでターゲットに近づき、
彼が肌身離さず持っている
顧客データの入ったデバイスを、
偽物とすり替える。
「中身は……
まあ、君が知る必要のない『毒』だよ。
これが成功すれば、
君にはこの会社の役員の椅子と、
今の車のさらに上のランク、
そして『永続的な賞賛』を用意してやる」
それは、明確な犯罪だった。
一瞬、理性の残滓が足をすくませた。
だが、その時。
『 "何をためらっているんだい?" 』
あの声が、脳髄の奥で狂ったように囁く。
『 “彼は君を笑っていた。
君を見下して、優越感に浸っていた。
これは復讐じゃない。
正当な「価値の入れ替え」だ。
さあ、これを受け取れば、
君はもう「派遣社員」という
透明人間ではなくなるんだ。
世界の中心になれるんだぞ” 』
「……わかった。やります」
私はモトから小さな、
漆黒のチップを受け取った。
その冷たさが、私の指先から心臓を
凍らせていくのを感じた__。




