偽りの黄金、侵食の朝 .ー 前
目が覚めたとき、
部屋に差し込む光の質が違っていた。
いつもの、結露で湿った 部屋に差し込む、
淀んだ灰色がかった光ではない。
それは、成功者だけが
立ち入ることを許されるような、
澄み切った、暴力的なまでに
鮮やかな黄金色の朝陽だった。
私は跳ね起きるようにベッドから出た。
床に足をついた瞬間、違和感に気づく。
足裏に触れるのは、
ささくれ立った安物のクッションフロア
ではなく、毛足の長い、雲の上を歩くような
高級絨毯の感触。
「なんだ、これは……」
呆然と窓の外を見下ろした。
築30年で、家賃3.5万円の1Rボロアパートの前。
ひび割れたアスファルトの上に、
それは鎮座していた。
昨夜までの、色あせた白の軽自動車ではない。
鋭く、獲物を狙う猛獣のようなシルエット。
低く構えたボディは、
朝陽を浴びて深紅に輝いている。
私が死ぬまでには一度だけでも
座ってみたいと願った、
数千万は下らない最高級のスポーツカーだ。
その存在感だけで、
周囲の風景を安っぽい書き割りに
変えてしまうほどの、圧倒的な「強者の象徴」。
私は狂ったように着替え、外へ飛び出した。
すると、いつもは私を透明人間かゴミのように
扱うアパートの住人たちの反応が、
劇的に、滑稽なほどに変わっていた。
ゴミ出しをしていた主婦の手が止まり、
口を半開きにして私と車を交互に見ている。
その目は軽蔑ではなく、
畏怖と好奇心に満ちていた。
隣の部屋の、いつも偏屈な顔をして
舌打ちを繰り返す老人が、恭しく、
どこか怯えたような
眼差しで私を直視し、軽く会釈を返してきた。
今まで感じたことのない、
背筋を駆け上がるような全能感。
脳の奥が、快楽で熱く溶けていく。
『 "ほら、素晴らしい気分だろう?" 』
脳裏で、あの声が満足げにささやく。
『 "君が欲しかったのはこれだ。
他人の視線を屈服させ、
自分が特別だと証明する力。
さあ、ハンドルを握れ。
その「力」を走らせるんだ。
……時間は、あまり残されていないのだから" 』
私は吸い込まれるように、
最高級の本革シートに身を沈めた。
エンジンスターターを押すと、野太い、
鼓動のような排気音が周囲の空気を震わせた。
アクセルを軽く踏んだだけで、
背中がシートに力強く押し付けられる。
「これだ……これが私の欲しかった人生だ!」
会社へ向かう道中、景色は一変した。
通り行く人々が皆、足を止め、
スマホを向けて私を撮っている。
SNS で眺める側だった私が、
今は眺められる側にいる。
世界という巨大な劇場の、主役に躍り出たのだ。
承認という名の猛毒が、血液に混じって
私の脳を麻痺させていく。
(年収300万? 派遣社員? 笑わせるな。
今の私は、何にだってなれる。
どこへだって行ける!)
スピードメーターが100、120、140と
跳ね上がっていく。
視界がどんどん白く、輝きを増していく。
あまりの幸福感に、
私は涙を流しながら笑っていた。
「 "さあ、次に求めるのはなんだ!?" 」
脳裏で弾けるような声がした。
もはやそれは恐怖ではなく、
私を突き動かす唯一の
純粋なガソリンだった——。




