朝の光、足るを知る心
数ヶ月後。
病室の窓から差し込む朝陽は、
かつて帝国を照らした黄金色の虚飾とは違い、
優しく、どこまでも控えめだった。
「体調はいかがですか?」
包帯を取り替えるために
近づいてきた看護師の声に、
私はゆっくりと目を向けた。
その女性は、
短く切り揃えられた淡い色の髪をまとめ、
一切の無駄がない動作で手当てを進めていく。
あの世界で見た「ひかる」に、
驚くほどよく似ていた。
だが、私はもう、
彼女に「特別な意味」を投影し、
独占しようとは思わなかった。
彼女は彼女としてそこに存在し、
私は私としてここに在る。
ただそれだけのことが、
奇跡のように思えたからだ。
「……ありがとうございます。
とても、気持ちがいいです」
私の言葉に、彼女は微かに微笑んだ。
事故で多くのものを失った。
動かなくなった脚、派遣社員としての籍、
そして唯一の財産だったあの軽自動車。
かつて年収や貯蓄の少なさに絶望していた
自分が、今はこうして、一口の水を飲み、
自分の力で呼吸ができることに、
震えるほどの充足を感じている。
人間の尽きることなき欲望は、
どれほど巨大な富や賞賛を手に入れようとも、
決して心を豊かにはしない。
心を満たすのは、
外側にある「数字」ではない。
自分が何を愛し、何を恐れ、
何に痛みを感じるのか――。
泥の中に沈んでいた「本当の自分」を、
自分自身が認め、赦してあげること。
「外はいい天気ですよ。
もう少ししたら、
車椅子で散歩に行きましょうか」
看護師の言葉に、私は深く頷いた。
窓辺に一輪の花を飾り、
朝起きた時に「おはよう」と自分に言える。
それだけで、
人生は十分に美しいのだと、
今の私なら確信できる。
私は、窓の外に広がる、
なんてことのない、
けれど二度と繰り返されない
「日常」を見つめた。
鏡の中の自分は、もう笑っていない。
ただ、静かに、一点の曇りもない目をして、
前を見つめていた。
( あなたは今日、何をみる? )
かつて私を惑わせたあの問いに、
今の私なら、迷わずに答えられる。
「私は、私自身の人生を見る。
……一歩ずつ、大切に」
空はどこまでも高く、澄み渡っていた。
承認という名の嵐が去った後の世界は、
驚くほど静かで、温かかった。
ー【 完 】ー




