虚無の帝国、瓦解の朝 .ー 中
モニター群の隅、一瞬だけノイズが走った。
それは、隔離された「聖域」に
いるはずのひかるが、監視カメラのレンズを
真っ直ぐに見つめた瞬間だった。
彼女の瞳は、輝いてはいなかった。
そこにあったのは、かつて私が、
あのボロい軽自動車の中で
浮かべていたものと同じ——
**「絶望的な孤独」**だった。
世界中の称賛を浴びながら、彼女は死んでいた。
私の「承認」という欲望のために、
彼女の自由を、彼女の魂を、
私は生贄に捧げていたのだ。
(私は、何をやっている……?)
脳裏に、かつて彼女が言った言葉が蘇る。
「あなたは、そんなにたくさんの
他人の視線を抱えて、重くないの?」
その瞬間、私を包んでいた高級な空気、
黄金の光、全能感という名の鎧が、
一気に重圧となって私を押し潰した。
「モト……、お前が邪魔をしていたんだな」
私はゆっくりと立ち上がり、
背後の影——
モトを睨みつけた。
「お前は、私の理想なんかじゃない。
お前は、他人の目がないと死んでしまう、
世界で一番臆病な『寄生虫』だ」
モトの顔から、余裕の笑みが消えた。
彼の輪郭がぐにゃりと歪み、
周囲の空間がひび割れる。
「……正気に戻ったつもりか? 面白い。
なら、力ずくで教えてやろう。
お前が捨てようとしているものが、
どれほどの地獄か!」
モトの手が黒い霧となり、私の首に絡みついた。
同時に、私の視界に
「過去の自分」が次々と映し出される。
上司に罵倒される姿、SNSを見て咽び泣く夜、
同級生の輝きに目を焼かれる瞬間。
モトは、私の「劣等感」を
物理的な暴力に変えて叩きつけてくる。
「お前は無価値だ!
私がいなければ、
お前はただの肉の塊だ!」
「ああ、そうだ。私は無価値だ!」
私は首を絞められながらも、
モトの腕を掴み返した。
「だが、誰かに決められた価値なんて、
もういらない!
私は、私を認めるために、お前を殺す!」
私は、手元にある帝国の制御端末を、
迷わずに床へ叩きつけた。
「承認を……、終了する!」
その瞬間、
漆黒のタワーが断末魔のような
音を立てて震動した。
世界を繋いでいた「数字の鎖」が弾け飛び、
モトの体が、人々の忘却と共に霧散していく。
「馬鹿な……
これほどの……
これほどの富を……!」
モトの叫びが遠ざかり、
私の視界は真っ白な閃光に包まれた。
崩壊する帝国の中心で、私は走った。
隔離された部屋の扉を蹴り破ると、
そこには豪華なドレスを脱ぎ捨て、
ただの地味なジャケットを着て、
静かにこちらを見るひかるがいた。
「……遅かったわね」
彼女が微笑んで手を伸ばした瞬間、
ラグジュアリーな空間は消滅し、
私は、激しい衝撃と共に
「現実」へと突き落とされた___。




