虚無の帝国、瓦解の朝 .ー 前
漆黒のタワーの最上階。
そこは、全世界の承認欲求が流れ込む
「心臓部」だった。
私は、かつて憧れたどの王座よりも
巨大な椅子に座り、絶え間なく更新される
「数字」の濁流を眺めていた。
だが、その隣にあるはずの「純粋」
——ひかるの姿はなかった。
「彼女のことは気にするな。
今、彼女は最高の環境で『磨かれて』いる」
背後から、影のようにモトが現れた。
彼の声には、陶酔したような熱が籠もっている。
「見ろ、この景色を。
世界中の人間がお前の指先一つで
泣き、笑い、跪く。
お前はついに、
全人類が夢見た『神』という名の
マネタイズに成功したんだ。
この帝国こそが、お前の正体だ」
モトは、私の肩に冷たい手を置いた。
「ひかるは、この完璧な帝国の『心臓』として、
隔離された聖域に置く。
お前さえも触れられない場所でな。
彼女を汚してはいけない。
彼女が『無価値』でい続ける限り、
お前の『無限大』の価値は担保されるんだ。
さあ、次のフェーズへ行こう。
次は、人々の『記憶』そのものを課金制にする」
モトの提案は、より深く、
より暗いダークサイドへの案内だった。
良心を捨て、自制を捨て、
他人の魂の最深部までを
数値化し、支配する道。
「……ひかるに、会わせろ」
私の絞り出すような声に、
モトは微かに目を細めた。
「会ってどうする?
彼女は今、何百万ものカメラに監視され、
世界中の『祈り』を一身に浴びている。
お前が触れれば、
その清浄な価値は暴落する。
それとも、あの泥濘の中の
派遣社員に戻りたいのか?
手取り16万の、
誰にも名前を呼ばれないゴミに?」
モトの言葉は鋭い棘となり、私の過去を抉る。
私は口を閉ざした。
手に入れた万能感。
他人の羨望という名の猛毒。
それは、一度味わえば
二度と手放せない麻薬だった。
私はモトの案内するまま、
さらに深い支配の闇へと
足を踏み入れようとしていた。
——その時だった______。




