第7話 毒を喰らう者、薬を煮る者
夜の焚き火が、淡く燃えている。
村を救ってから三日――俺とソラは、近くの丘に小屋を構え、旅の準備を整えていた。
けれど、あの戦いのあとから、俺の体はおかしかった。
食べ物を口にするたび、舌が痛む。
まるで“灰の味”がまだ残っているかのように。
「蓮、顔色悪いよ。」
「平気だ。」
「嘘。昨日からまともに食べてないでしょ。」
ソラが心配そうに覗き込む。
その優しい声が、逆に胸を締めつけた。
俺の力――“食感同調”。
食べたものの特性を自分の体に取り込む力。
だが、それは同時に“毒もまた喰らう”ことを意味している。
夜風が吹き、焚き火が揺れた。
ソラは荷袋から木の箱を取り出した。
中には乾燥した草花や薬石が並んでいる。
「これね、“癒毒草”って言うの。毒を少しずつ取り込みながら、身体を慣らしていく薬草。」
「……毒を毒で制す、か。」
「そう。蓮の体は“喰う”ことで強くなるんでしょ? なら、毒を“調理”して薬に変えよう。」
ソラが火に鍋をかけ、癒毒草を煮出し始めた。
ほのかに甘く、しかし奥に鋭い刺激のある香りが立ち上る。
「お前、本当に医食師なんだな。」
「まだ見習いだよ。……でもね、医食師の基本は“毒を知ること”。
毒を知らない者に、薬は作れないの。」
その言葉が、焚き火よりも深く胸に刺さった。
俺は“食う”ことで力を得てきた。
けれど、そこにどんな毒が混じっているか――考えたこともなかった。
鍋が沸騰し、ソラは慎重に味見をする。
その姿を見ながら、俺は問わずにいられなかった。
「なあ、ソラ。
もし“食べることで人を救う”って力が、同時に“誰かを喰らう”ものだったら……お前は、どうする?」
ソラはしばらく黙っていた。
それから静かに答えた。
「それでも食べるよ。
だって、“生きる”って、結局そういうことだから。」
「……“奪うこと”も、受け入れるってことか。」
「うん。
その奪った命を、“次に繋ぐ味”にできるなら、それは祈りになる。」
彼女の瞳は焚き火の光を映していた。
怖いほどまっすぐで、澄んでいた。
スープが出来上がる。
色は透き通った琥珀。
だが、香りの奥にかすかな“毒”の気配があった。
「これを……俺が飲むのか?」
「そう。でも少しずつね。あなたの体に、毒の“調和”を覚えさせるの。」
俺は木の器を手に取り、唇をつけた。
舌先に触れた瞬間、強烈な刺激が走る。
苦味、渋味、そして熱。
だが、その奥から不思議な甘さが湧き上がってきた。
「……甘い?」
「うん。毒が“命”に変わる瞬間の味。
それがわかるなら、もう大丈夫。」
ソラの声は優しく、まるで子守唄のようだった。
喉を通るたびに、体の中の灰が剥がれ落ちていく感覚があった。
痛みは残るが、不思議と心地いい。
「ソラ。」
「なに?」
「お前……どうしてそんなに“食”に優しくできるんだ?」
ソラは少しだけ目を伏せ、微笑んだ。
「昔ね、私の村が“飢え”で滅びたの。
食べ物がなくて、争って、奪い合って……最後には、みんな心が壊れた。」
焚き火の火がぱちりと弾ける。
その音が、彼女の記憶を照らすように響いた。
「でも、最後に生き残ったおばあちゃんが言ったの。
“食べることを怖がるな。食べることは、感謝だ”って。」
ソラの瞳がわずかに潤んでいた。
「だから私は、食で人を救いたい。
たとえそれが毒でも、誰かを生かす味に変えたいの。」
言葉が出なかった。
彼女の言葉は、俺がずっと逃げていた真実だったから。
夜が更け、鍋の底には金色の光が沈んでいた。
スープの残りを見つめながら、俺は小さく息を吐く。
「……なあ、ソラ。」
「ん?」
「俺、喰って強くなることしかできない。
でも、それが“誰かを救うための喰い方”なら、続けてもいいと思える。」
ソラはそっと頷き、笑った。
「それでいいよ。
あなたは“毒を喰らう者”。
私は“薬を煮る者”。
二人でいれば、どんな毒でも“命の味”に変えられる。」
その言葉が、焚き火よりも温かく心に染みた。
夜が明けるころ、東の空が赤く染まる。
小屋の外では、風が草を揺らし、どこか遠くで鳥の声が聞こえる。
俺は立ち上がり、胸に手を当てた。
灰の痛みは消え、代わりに穏やかな鼓動が響いている。
それはまるで――新しい命のリズムのようだった。
「行こう、ソラ。」
「うん。次はどこへ?」
「“医食師の里”だ。
お前の師匠がいるんだろ? “喰う力”を正しく使う方法を、学びたい。」
ソラの目が嬉しそうに輝いた。
「うん……きっと、いい旅になるよ。」
朝の光が差し込み、二人の影が重なる。
その姿はまるで、毒と薬、二つの命がひとつに溶け合うようだった。
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