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医食同源 ―食べたものだけ強くなる―  作者: 無慈悲な茶柱
第1章 喰うことで生きる ―命の始まりの食―

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第6話 村を蝕む“灰のパン”

腐肉の森を抜けて三日。

 俺とソラは、乾いた風が吹く荒野を越えて、小さな村へたどり着いた。


 名前は「グレイン」。

 かつて小麦の産地として栄えたが、今は人影もまばらで、どこか不穏な空気が漂っていた。


「……静かすぎるな。」

「うん。昼間なのに、誰も外にいない。」


 通りに面した家々の扉は閉ざされ、窓からは白い煙がゆらゆらと漏れている。

 焦げたような、けれど妙に甘い匂いが鼻をついた。


「この匂い……パンを焼いてる?」

「いや、違う。焦げ臭いのに、腐ってる。」


 胸の奥がざわついた。

 “食”の匂いなのに、どこか死の気配を含んでいる。


 村の中央、ひび割れた広場に足を踏み入れた瞬間、声がした。


「旅の方……助けてください!」


 駆け寄ってきたのは、痩せ細った中年の女性だった。

 顔色は土のようにくすみ、唇は乾いてひび割れている。


「何があった?」

「みんな、パンを食べて……倒れてしまったんです!」


 案内された家の中には、数人の村人が横たわっていた。

 息はあるが、体温が低い。

 何より、口の端に――灰のような粉がこびりついている。


 テーブルの上には、焼きかけのパンがひとつ。

 黒ずんだ生地はひどく固く、手に取ると粉が舞った。


「……これは、食べ物じゃない。」

 蓮は低く呟く。

「“喰われる”側の食だ。」


 ソラが慎重にパンを切り、断面を確かめた。

 中には黒い筋のようなものが走っている。

 それがわずかに脈動しているように見えた。


「……これ、“菌”だね。」

「菌?」

「正確には“魔性菌”。腐敗を止める代わりに、食べた者の生命力を奪う。

 保存食として使えるけど、扱いを誤ると毒になる。」


「誰がこんなもん作ったんだ?」


 ソラが視線を向けると、女性が怯えたように口を開いた。


「村の……神父様です。

 “灰の奇跡”と呼んで、村人に配って……それを食べると、飢えが消えるって……」


 その言葉に、背筋が凍った。


 教会の扉を開けると、甘ったるい香りと灰の粉が舞った。

 祭壇の前には、白衣の男が立っていた。

 黒いパンを両手に掲げ、信者たちが跪いている。


「“灰のパン”を食べよ。飢えも痛みも、すべて灰となって消えるだろう。」


 その声は静かで、どこか心地よい響きを持っていた。

 けれど、その眼の奥は――空っぽだった。


「やめろ!」

 蓮は叫び、祭壇の前に立ちはだかる。

「そのパンは命を喰らう毒だ!」


 神父は微笑んだ。

「毒? いいや、これは“救い”だよ。

 飢える苦しみを取り除き、死の恐怖さえ感じさせない。

 人は“食”という鎖から解放されるのだ。」


 その瞬間、蓮の中で怒りが爆ぜた。


「それは食じゃねぇ。ただの“麻痺”だ!」


 神父が片手を上げると、床に積まれた灰のパンが崩れ、黒い胞子が宙を舞った。

 その粒が渦を巻き、巨大な影を形作る。

 灰色の翼を持つ怪物――“灰喰いの天使アッシュ・イーター”。


「これが、この村の信仰の形だ。」

 神父が恍惚とした表情で言った。


 ソラが震える声で叫ぶ。

「あれ、菌が融合してる! 魔性菌が“命”を模倣してるの!」


 蓮は前に出る。

「食感同調――発動!」


 炎のような赤い光が走り、胃の奥から熱がこみ上げた。

 体が覚えている。“毒を喰らい、毒を制す”力を。


【食感同調:モルス・フルール × 灰の菌】

【効果:抗毒耐性+循環吸収】


 灰の翼が襲いかかる。

 蓮は飛び込んで、その腕で翼を掴み、思い切り噛みちぎった。


 ざらついた灰の味。

 喉が焼ける。だが、飲み込むたびに、光が体の中を走る。


 やがて、怪物の翼が灰になって崩れた。


「灰を……喰ってる……?」

 ソラが目を見開く。


「灰もまた、“命の終わり”の姿だ。

 なら、俺が喰って“始まり”に戻してやる。」


 神父が絶叫する。

「やめろ! それは我らの奇跡だ! 苦しみを消すための……!」


「違う!」

 蓮の声が教会に響く。

「苦しみを消しても、生きたことにはならねぇ!

 食うってのは、“感じること”なんだ!」


 その言葉に呼応するように、体が光に包まれた。

 灰の粒が逆流し、蓮の口の中に吸い込まれていく。

 毒は浄化され、パンの黒が淡い金色へと変わっていく。


 ソラが涙ぐみながら見つめた。

「……それ、“灰の奇跡”じゃない。“命の還り道”だよ。」


 戦いが終わったあと、教会には静寂が戻った。

 灰のパンはすべて消え、残ったのは温かい香ばしい匂い。

 蓮とソラが焼き直した“新しいパン”の香りだ。


 村人たちはそれを少しずつ口にする。

 誰も倒れず、ただ涙を流していた。


「……甘い。」

「これが、本当の食事の味だよ。」

 ソラが優しく微笑む。


 パンを手にした子どもが言った。

「灰のパンより、ずっとおいしい!」


 その声に、蓮は小さく笑った。

「それでいい。生きるってのは、味を覚えることだからな。」


 夜。

 村を見下ろす丘で、ソラが焚き火に照らされながら言った。


「ねえ、蓮。あなたの“喰う力”は、奪うんじゃなくて、巡らせる力なんだね。」

「……まだうまく使えてねぇけどな。」

「でも、あなたが食べた分だけ、誰かが救われてる。」


 その言葉に、蓮は黙って星空を見上げた。

 夜風が吹き抜け、パンの香りがまだ村に漂っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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