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医食同源 ―食べたものだけ強くなる―  作者: 無慈悲な茶柱
第1章 喰うことで生きる ―命の始まりの食―

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第4話 腐肉の森と初めての料理

朝の光が、小屋の窓から差し込む。

 焚き火の名残がまだほのかに香り、昨夜の温もりを思い出させた。


 俺は机に広げられた地図を見つめながら、ソラの説明を聞いていた。

 彼女が指さしたのは、森の西側。

 灰色に塗られたその一帯には、こう記されていた。


【腐肉のデッドミール


「この森に、腐肉狼の巣があるの。

 放っておくと毒が川に流れて、周辺の村まで汚染されちゃうの」


 ソラの声は静かだったが、目は真剣そのものだった。


「医食師の仕事は、病気を治すだけじゃない。

 “食を穢すもの”を浄化するのも、大事な使命なの。」


 その言葉に、俺は頷いた。

 昨夜、彼女の料理に救われたあの温もりを、今度は俺が返したい。


「俺も行く。腐肉狼を喰って、奴らの毒を無くす手助けができるかもしれない。」

「……うん、一緒に行こう。」


 昼。

 腐肉の森は、想像していたよりも静かだった。

 だがその静けさは“死んだ匂い”を含んでいる。


 湿った空気。

 朽ちた木々。

 地面にこびりついた黒い粘液。


 すべてが“腐敗”の象徴だった。


「ここが……」

「息を止めて。毒胞子が混じってるから。」


 ソラが手早く布を濡らし、俺に渡す。

 彼女の準備は慣れたものだった。

 医食師――戦士とは違う、命を扱う者の手際。


 森の奥へ進むと、地面が不自然にうねっている場所があった。

 腐った木の根の隙間に、黒い影が蠢いている。


「いた……!」


 ソラが囁くと同時に、影が弾けた。

 腐肉狼。昨日の奴よりも二回り大きい。

 皮膚はただれ、骨が露出している。

 だが、その眼だけはぎらりと光っていた。


「来るぞ!」


 俺は草原で得たスキルを呼び覚ます。

 体内の“食感同調”が再び走り、全身の感覚が鋭くなる。

 風の流れ、臭気の濃さ、足元の湿り気――すべてが見える。


 飛びかかる腐肉狼を身をひねって避け、拳を叩き込む。

 だが、手ごたえは鈍い。腐った肉が弾力を持たず、衝撃が逃げていく。


「蓮、下がって!」


 ソラの声と同時に、彼女が小瓶を投げた。

 瓶が地面に砕けると、青い煙が広がる。

 鼻を突く清涼な香り。

 狼が呻き声を上げ、動きが鈍った。


「……これ、何だ?」

「“清香草セイコウソウ”の粉。腐食性の毒を一時的に抑えるの。」


 その隙に、俺は地を蹴った。

 拳ではなく、牙のように指を突き立てる。

 肉を貫き、黒い血が飛び散る。


【食感同調:腐肉狼(中級)】

【効果:耐毒性+微弱再生】


 再び、体の奥に熱が走る。

 今度の味は、苦く、重く、胃にまとわりつくようだった。

 それでも、飲み込んだ。

 ――これも、生きるための味だ。


 戦いが終わると、ソラがすぐに動いた。

 倒れた狼の肉を丁寧に切り取り、袋に詰める。

 その表情は真剣だが、どこか穏やかだった。


「これ、使えるのか?」

「腐ってる部分を取り除けばね。毒を祓う“料理”にすれば、力を転化できる。」

「料理で、毒を……?」

「うん。命を奪ったなら、せめて“食として返す”。それが医食師の掟。」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。

 昨日は“喰らう”だけだった俺が、

 今日は“命を活かす”ことを学んでいる。


 夕暮れ。森の出口で小さな焚き火を起こす。

 ソラが鍋を取り出し、狼の肉を慎重に入れた。

 香草、薬草、そして浄化の粉を加えていく。


 ぐつぐつと音を立て、湯気が立ち上る。

 その匂いは、腐敗とは真逆の、澄んだ香りだった。


「ねえ、蓮。味見、してみて。」


 差し出された木匙から、スープを口に含む。

 ……苦みの奥に、確かに甘みがあった。

 まるで、命そのものが再生しているような味だ。


「……うまい。だけど、どこか切ない味だな。」

「うん。それは、“命の余韻”だよ。」


 ソラは微笑みながら、火を見つめた。


「腐肉狼はね、森を守る“番犬”でもあったの。

 毒に侵されたのは、森が病んだから。

 でも、あなたがその肉を食べて、森の毒を引き受けてくれた。

 ――だから、森はきっと少しずつ治っていくよ。」


 俺は言葉を失った。

 食べるという行為が、こんなにも深い意味を持つなんて、知らなかった。


 夜。

 焚き火の光の中で、俺たちは小さな鍋を分け合っていた。

 風が吹くたび、葉の間から月光が降り注ぐ。


「なあ、ソラ。」

「ん?」

「俺、食べることでしか生きられない体になったけど……

 お前と一緒に、誰かを“癒やす”料理も作れる気がする。」


 ソラは目を細め、焚き火の向こうで静かに微笑んだ。


「うん。あなたの力は“食うため”じゃない。“生かすため”にあるんだよ。」


 その言葉が、心に染みた。

 炎が揺れ、鍋の中のスープが月光を映す。

 それはまるで、命の循環そのものだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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