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医食同源 ―食べたものだけ強くなる―  作者: 無慈悲な茶柱
第1章 喰うことで生きる ―命の始まりの食―

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第2話 命の味、初めての一口。

 喰うか、喰われるか。

 その二択しか、俺には残されていなかった。


 赤黒い毛並みを逆立てた獣が、こちらを睨みつける。

 喉の奥で鳴る唸り声が、風を震わせた。牙の先からは、まだ温かい唾液が滴っている。

 逃げる? 無理だ。脚がもたない。

 じゃあ──喰らうしかない。


「来いよ……腹、減ってんだ。」


 言葉が出た瞬間、身体が勝手に動いた。

 獣が跳びかかる。地面の草がめくれ、土が舞う。

 反射的に腕を上げ、あの草を食ったときに感じた“熱”を思い出す。


 体の奥で、何かが弾けた。

 血が騒ぎ、視界が妙に冴える。

 ──動きが見える。


「うおおっ!」


 叫びとともに拳を叩き込む。

 骨を砕く鈍い感触。獣が呻き、転がった。

 そのまま、地面に崩れ落ちる。

 気がつけば、俺はその死骸の上に膝をついていた。


 呼吸が荒い。胃が、焼けるように痛い。

 戦いの恐怖よりも、空腹の痛みの方が勝っていた。


「……食わなきゃ、死ぬ。」


 つぶやいた声が、自分でも嫌になるほど乾いていた。

 目の前には、まだ温かい肉。

 獣の体から漂う、血の匂い。

 だがその奥に、ほんの少し甘いような、肉の“旨味”の匂いが混じっていた。


 喉が鳴る。理性が止めようとする。

「人間がそんなもの食うな」って、心のどこかで声がする。

 けど──腹が、それを拒否した。


「……生きるためだ。」


 震える手で枝を拾い、石を擦る。

 何度も、何度も。

 指の皮が破け、血がにじんでも、諦めなかった。


 ──パチッ。


 ようやく、小さな火花が落ちた。

 風除けに草をかき集め、息を吹きかける。

 やがて、かすかな炎が灯った。


 俺は、狼の腹から肉を切り取った。

 鉄のような匂い。

 でも、それを炎の上にかざすと、焦げる香ばしさに変わっていく。


 ジュウ、と音が鳴った。

 滴る脂が火に弾ける。

 煙が目にしみた。

 それでも、俺は目を逸らさなかった。


「……これが、俺の飯か。」


 焼けた肉を口に運ぶ。

 熱い。

 歯を立てると、肉汁が溢れた。血の味、焦げた苦味、脂の甘味。

 どれも荒々しく、まとまりがない。

 けれど、確かに“生きていた味”がした。


 胃の底に落ちた瞬間、全身に熱が走る。

 あの草を食べたときよりも、はるかに強い力。

 心臓が暴れ、筋肉が脈打つ。


【《食感同調》が進化しました】

【新スキル:《生命同化ライフリンク》を獲得】

【対象:腐肉狼】

【効果:身体強化・嗅覚感知・再生力上昇】


 頭の中に、あの機械的な声が響いた。

 息を吐くたび、世界の匂いが鮮やかに流れ込む。

 風の向こうの湿った土の匂い、遠くで芽吹く草の香り、そして──死んだ獣の残り香。


「……お前の命、確かに、もらったよ。」


 俺は手を合わせた。

 誰に教わったわけでもない。ただ、そうしなければいけない気がした。


「ごちそうさま。」


 言葉を口にした瞬間、涙が勝手に流れた。

 何の涙かはわからない。

 安堵か、後悔か、それとも──命への敬意か。


 焚き火の残り火が風に揺れ、夜空が少しずつ明るくなる。

 胃の中で、さっきまで“敵”だった命が静かに溶けていくのを感じた。

 それは恐怖でも、嫌悪でもない。

 ただ、確かな“生きている実感”だった。


 ──生きるって、喰うことなんだ。


 日本にいた頃、食事なんてただの習慣だった。

 栄養バランス、カロリー、コスパ。

 そればかり気にしていた。

 でも今、この一口で思い知らされた。

 食うことは、生きることそのものだ。


 夜が明けていく。

 風が草を撫で、どこか遠くから香ばしい匂いが漂ってきた。


「……誰か、いるのか?」


 鼻をくすぐるのは、煮込んだスープのような、柔らかな香り。

 この世界に“料理”が存在するのか?

 思わず笑みがこぼれた。


「まさか……次は、まともな飯にありつけるかもな。」


 ふらつく足で立ち上がり、丘の向こうの匂いの方へと歩き出す。

 腹は満たされた。

 けれど、胸の奥は不思議と空いている。


 それはきっと──“誰かと食べる”ための空腹だ。


 草の香りと血の匂いを背に、俺は歩き続けた。

 次に出会うのは、命の味を知る少女。

 食べることで癒やし、祈るように料理を作る人間。


 まだその名も知らない。

 けれど、この出会いが俺の“食の道”の始まりになることを、

 このときの俺はまだ知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

面白かったら、ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると嬉しいです!

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