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医食同源 ―食べたものだけ強くなる―  作者: 無慈悲な茶柱
第2章 命を煮る者たち ―医食師の里編―

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第13話 影の厨房と“黒い宴”

――焦げた匂いがする。


 その夜、灰の街の外れで黒い煙が上がっていた。

 風は止まり、星すら瞬きをやめている。

 俺たちはその煙の源へ向かっていた。


「ノクスが……また動いてる。」

 ソラが険しい顔で呟いた。

 ルーナは懐から小さな香瓶を取り出し、鼻先に寄せた。


「この匂い……“焦げた魂”。

 あれは料理じゃない。命を焼いてるのよ。」


 焦げた香りの奥に、かすかに混じる甘い匂い。

 それは、どこか人の記憶をくすぐるような香りだった。

 懐かしさと恐怖が同居する――そんな“味の記憶”だった。


 辿り着いた先は、地下へ続く階段だった。

 入口には「調理禁止」と刻まれた古い看板。

 そこを抜けると、目の前に広がっていたのは――異様な光景だった。


 暗闇の中に、数十の料理台。

 鍋や釜が並び、黒い炎がゆらめいている。

 その中央、ノクスが立っていた。


 彼の背後には、黒布を被った者たち――“影の料理人”たちが列を成している。

 彼らの動きは静かで、無機質。

 まるで意志を奪われた人形のようだった。


「ようこそ、“黒い宴”へ。」

 ノクスがゆっくりと両手を広げる。

 黒い炎の明かりに照らされ、その顔がはじめてはっきりと見えた。


 頬はやせ細り、片目には古い傷跡。

 しかし、瞳の奥には強い意志の光があった。


「ノクス……お前、何者なんだ?」

 俺が問うと、ノクスは静かに笑った。


「私はかつて、“医食師”だった。」


「医食師……だと?」

 ソラが息を呑む。


「そうだ。私はこの里で“癒しの食”を学んだ。

 だが、ある日気づいたんだ。

 “食で命を救う”などという幻想は、結局、誰かの命を犠牲にして成り立っていると。」


 ノクスの声は低く、しかし静かに燃えていた。


「飢える者を救うために、獣を殺す。

 病を癒すために、薬草を奪う。

 “喰う”という行為そのものが、破壊の連鎖だ。

 ならばいっそ、“味”という欲を断ち切るべきだと思った。」


 ソラは首を振る。

「違う。食べることで、誰かの命が繋がるの。

 それを罪だって言うの?」


「罪だ。」

 ノクスの答えは、あまりにも即答だった。


「生きるとは、奪うことだ。

 だが、人はその罪を“美味”という言葉で覆い隠している。

 だから私は、味を奪う。“喰う罪”を終わらせるために。」


 ノクスがナイフを掲げると、黒い炎が大きく燃え上がった。

 影の料理人たちが一斉に動き出す。

 鍋に何かを投げ入れ、どろりとした闇の液体を混ぜ始めた。


 その匂いは、吐き気を催すほど甘ったるく、腐敗のように重い。

 ルーナが顔をしかめる。

「これは“虚無のスープ”。飲めば、味覚も感情も失われる。

 ノクス、あなた……人間を“空白の器”にする気ね!」


「そうだ。苦しみも、喜びも、空腹もない世界。

 “完全な沈黙の食卓”――それが、私の理想だ。」


 その言葉に、俺の中で何かが弾けた。


「……ふざけるな。食べることを否定するなら、生きることそのものを否定してる!」


 俺は駆け出した。

 だが、床に広がる闇が俺の足を掴む。

 影の料理人たちが、まるで糸で操られるように動きを封じてきた。


 ソラが前に出る。

「蓮、下がって! 今度は、私が作る!」


 ソラは腰の包から小さな壺を取り出した。

 中には、彼女がいつも肌身離さず持っている“命の塩”。

 かつて医食師の里で作られた、癒やしの調味料だ。


「この塩は、誰かを想って混ぜるほど力を増すの。」


 ソラは鍋を叩き、炎に向かって叫んだ。

「“共に食べる食卓”こそが、生の証!」


 彼女が塩を投げ入れると、光が弾け、黒い炎が一瞬にして蒼に染まった。

 その光が影の料理人たちを包み、次々と倒れていく。


「何をした……!」

 ノクスが歯噛みする。


「料理はね、心で作るものなの。

 奪うためじゃない。繋ぐために。」


 ノクスは静かに笑い、ナイフを胸に当てた。

「ならば、私の“心の味”を見せてやる。」


 ナイフの刃が赤く染まり、床に黒い円陣が浮かび上がる。

 その中心から、無数の“影の舌”が伸びた。

 どれも、かつて奪った人々の“味”――魂の残滓。


 ルーナが叫ぶ。

「駄目! このままじゃ街全体が“無味”に飲まれる!」


 俺は短剣を構えた。

 脳裏に浮かんだのは、ソラの笑顔と、あの日のスープ。

 命を感じた、あの味。


「食べることで、生きる。

 奪うことでなく、繋ぐために――!」


 俺は光を放ち、円陣の中心へ剣を突き立てた。

 刹那、蒼い光が爆ぜ、黒い厨房全体が崩れ落ちる。


 静寂。

 煙の中、ノクスは片膝をついていた。

 その手には、割れたナイフの破片。


「……やはり、君も“喰う者”だ。」

「ああ。けど俺は、奪うためには喰わない。」


 ノクスは小さく笑った。

「それが……本当にできるなら……世界は救われるかもしれんな。」


 そして、彼の身体はゆっくりと崩れ、黒い塵となって消えていった。


 地上に出ると、夜明けが街を照らしていた。

 空気には、微かに“香り”が戻っている。

 灰の街の人々が目を覚まし、互いに寄り添っていた。


「終わったね。」

 ソラがつぶやく。

 俺は頷きながら、手の中の破片を見つめた。

 それはノクスのナイフの欠片――微かに温かかった。


「彼もきっと……食べたかったんだ。“誰かと同じ味”を。」

「うん。きっと、孤独の味に耐えられなかったんだよ。」


 朝日が昇り、灰の街の壁が金色に染まる。

 その光は、まるで新しい“宴”の始まりを告げるようだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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