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金木犀よ枯れてくれるな

 私はずっとその背中を見ていた。いつも横目で、切れ長の目、白い肌、金色の刺繍が施された赤い煌びやかな服、そして大勢の侍女を引き連れたその姿。

 あの時もっとはやく来ていれば、もっと違う立場ならば、あなたを幸せにしていたのだろうか?

 否 否 否

「これは私が選んだ道、後戻りはしない」

 この言葉をふと、思い出した。そうだ、そういう奴だった。

 ギィギィと自分の体が逆さ吊り上げられていく、自分の目と鼻の先には沸騰した水釜がこちらを見ている。

 あぁ、死ぬな。

「何か言い残すことは?」

 見届け人である皇帝はニヤリと、不気味に嗤う。そこには、今認めれば命は助けてやる、という言葉を物語っている。

「何も、私は、何も」

 その瞬間、水釜の熱湯が顔を襲う。

・─ ─・─ ・・─ ・─ ─ ─ ─ ─ ─

(いつ、終わるんだ。この仕事っ) 

 花坊の隅にある鉢の山で、少女は金木犀の木を鉢に移し替えていた。少女の年頃は十四、十五。灰色で土だらけの(上着)(スカート)という出で立ちではあるが、黒髪は赤い紐でお団子にして縛り上げている。


 少女の名を楊明月(ようめいげつ)

 花坊で働く新米宮女である。

(後、十五個か。これ、何時終わるんだ?)

 文句が言いたい。しかし、文句を言ったところでまともに取り合ってもらえないだろう。むしろ口答えしたとして、杖刑を受けるだろ。

 ここは宮廷──その中でも群を抜いて艶やかで色鮮やかな場所。その名は後宮。主上に寵愛を受ければ天国、失えば犬のように野垂れ死ぬ。そんな場所。

(それにしても、十二刻もの間こうしてる。昼飯と朝飯は抜き)

 汗をかいて重たい木を植える。そこへ「大丈夫か?」という言葉と一枚の手巾が手渡された。

(しん)か。勤めは終わったのか?」

「ああ、今日も妃の恨みの言葉とか、発狂する妃もいて怖いのなんの。ほら、前に冷宮に来た人なんて、恨みを吐きながら死んでいってさぁ‥‥‥冷宮の周り通っただけで怖かった」

「晨、べらべらしゃべるな。ここは宮廷、誰が聞いているか分からんぞ。失言一つで命取りになる。いい加減自覚しろ」

 明月は手巾をありがたく受け取り、顔に着いた土を手巾で拭いていく。

「そうは言っても、こっちに来たばかりなんだからさぁ、明月‥‥‥」

「明月じゃない、紛いなりに姉なんだから姐姐と呼べ」

「楊家に来る前は、一緒に野山を駆け回ったじゃないか。それに明月、お前‥‥」

「さてと、作業再開。手伝っくれるか?どうせ、雑用だろう」

ムッとした顔をするが、結局は手伝ってくれる男─晨というのを明月は知っている。

........

「よし、ようやく終わった」

2人は手を泥だらけに、腰を上げる。金木犀の鉢合計45個を植え終えた2人は、心身共に疲労困憊だ。

「そうだ、あと一個やるの忘れてた」

「いや、明日で良いよ。疲れた。そうだ、懐に菓子があったこと思い出した」

 晨は懐に忍ばせておいた饅頭(マントウ)を取り出した、しかし饅頭は食べれないものになっていた。

「あちゃー、こりゃ駄目だね」

「食堂へ行こう、残り物でもその饅頭より幾分ましだろう」

▽▲▽▲

食堂の扉を開けた瞬間に、二人に視線は集中した。

視線は鋭い刃物のようなもの。二人にとってはいつもの光景だが、体はまだ慣れていない。一瞬ではあるが、体をこわばらせる。

「ねぇ、あの子たちがそうなんでしょ」

「楊家といえば、庶民の敵よね」

「なんで汚れた物が、宮廷にいるのかしら?」

 口々に言われる言葉が、矢の如く鉄砲の如く二人の体に刺さる。

 晨が耐え切れずに言い返そうとして喉元まで出かけたそれを、明月が腕をつねって押し戻させる。

「止めろ、晨。聞こえないふりをしろ」

「だって、おじさんのこと何も知らないのに。あんなこと言って耐えられないよ」

 二人は食堂で、雑多に盛られた根菜類の丼を平らげた。

▲▲▲

 翌日のことだった。この日、初めて彼女は登場(・・)した。

「酷いな‥‥‥」

 明月の目の前には、昨日大切に植えた金木犀が見るも無残な状態で荒らされていた。鉢は倒され、割られていた。金木犀は、枝の部分や花弁が踏みつけにされたり、辺りに散らばっている。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

 花坊をまとめている中級宦官が頭を抱え、その場に崩れ落ちている。

 しかし明月は一人この状況を嗤っていた。

▲▽▲▽

 年中行事が行われる太平宮では、皇帝・皇后・皇太后が来る一足先に五人の妃が集まっていた。皇帝は即位したてであるので、妃嬪はこれから増える予定だ。この妃嬪は皇帝が親王時代から付き従ってる。

「まぁ、とても派手な装いね。もう秋なのに、瑠璃色の衣を着ているのね夏貴妃は」

「そうかしら?最近とても寒いの、体の芯が冷えていけないわ。だから、冬服を着ているのよ。それにしても、貴方の化粧すこし濃いと思うけれど‥‥‥趙妃」

 趙妃は何も言い返せず、眉をひそめた。

 後宮の位は上から皇后・貴妃・淑妃・妃・貴人・美人・才人。なので趙妃は貴妃相手に何も言い返せないのはそのためだ。

「それよりも、陛下はまだお見えにならないのかしら?待ちくたびれちゃう、ふぁぁぁ」

「こら。あくびは、はしたなくてよ班貴人」

「だって、嫌になるほど眠いのだから仕方ないじゃない。陸妃」

 班貴人は扇で口元を隠して大きなあくびをして、お茶を飲む。

「だって、嫌になるほど眠いのだから仕方ないじゃない。陸妃」

 班貴人は扇で口元を隠して大きなあくびをして、お茶を飲む。

「それにしても、(なら)淑妃はどこ?西国のための金木節でしょ、それなのに来ないなんて。どうなのかしら?」

「確かに、そうね。こっちに来てまだ日が浅い、もしかしたら金木節を忘れているのかも」

「それとも、家が恋しくて泣いているのかも」

 陸妃はお茶を飲んでため息をつくように、その言葉を吐いた。それと共に出て来た趙妃の言葉。

 その瞬間であった。コツコツと、乾いた音がこちらに近づいてくることを各妃嬪や付き従っている侍女は察知して、扉を見た。扉はギィという音と共に、現れたのは、西国の衣装に身を包んだ儷淑妃であった。

 西国の衣装は白を基調とした煌びやかだが派手でもなく気品を感じさせる冠、どこか異国の風が感じられるような薄桃色の衣。それがふわりふわりと、着実に一歩ずつ儷淑妃はこちらにやって来たのだ。

「すみません、故郷の衣を着ていたので遅くなってしまいました。それにしても、皆さま方は話好きなのですね」

 西国は直接的な批判避けながらも、柔らかな言葉の中に少し皮肉めいた言い回しをするのが特徴的だ。

「とりあえず、座りましょうか。皇后や皇帝は政務などが御座いましょう。それまでじっくりと、下賜品などを見ましょうか」

▲▽▲▽

「本当に、そのような策で乗り切れるというのかぁ?」

 宦官が怒鳴る。

「時間がありません。このようにした方が、よろしいかと思います」

 明月は手を動かしてその準備をしている。

「だけれども‥‥‥‥」

「全責任は私がとります。いいですね」

 冷静な声であった。








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