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出遅れた入学

主人公のタクヤは、この春、ちょっと遅れた大学生生活のスタートを切ることになった。不安と期待が入り混じりながら、彼の四年間の大学生活が今これからスタートしようとしている。

 ――どういうわけか話せなかった。話しかけないでくれと思った。


 雨が降れば蛙が湧き、道を歩けば狸に遭う。こんな片田舎にある城山大学で、大学生活を本当の意味でスタートさせた。物心着いたころから俺は人一倍負けず嫌いだった。そのせいか、プライドも高かった。だのに大学受験は成功しなかった。ほんとはこの大学には一年早く入学していた。しかしそのとき学生生活はスタートしなかった。本当に入りたかったのは東京の大学だったからだ。だからもう一年間受験するために、今の大学には顔を出さなかった。どうせ翌年は東京に行くんだ。そう思って、今の大学には仮の籍だけ置いているんだ、そう思って一年間を過ごしてきた。


 結果はまた、ダメだった。どうしようもない。なぜ?東京に行く切符が絶たれた。母は、

 「いいじゃない。あなたは城山大学の大学生なんだから。ここがあなたの根を張るところっていうことなのよ。」

 と俺を慰めてきた。母は楽観的な人だと思った。大人からしたらそんなところか。


 僕は一年遅れて城山大学で学生生活を始める決心をつけた。ただ入学式には当然呼ばれるはずがない。名簿に名前は載っていない。新入生は入学式にも新入歓迎行事にも呼ばれている。俺には一年前に送られてきたものだ。入学式の当日、俺は一つ学年がズレながらどうやって学生生活を送るかと思案をしていた。


 夜が更け始めるころ、ケータイが鳴った。すでに二年生になっていた同い年の数少ない知人、ナリからのメールだ。

 「久しぶりだな。いよいよ明日から新学期。一年生に混じってがんばれよ。河原で二学年合同でイベントすっからさ。」

 ナリは俺が城山大学に満足せず東京に行こうと城山大学に一年間まったく顔を出さなかったことも、東京には結局行けなくなって城山大学で学生生活をスタートさせなければいけないことも、全て話をしていた。数少ない城山大の中で知り合ったヤツだ。

 「ありがとう。一年生としてがんばってデビューするわ!」

 俺は不安入り混じりつつ、ナリにそう返信して布団の中にもぐりこんだ。


 翌朝、僕は自前のバイクにまたがり、大学に向かう。久しぶりに浴びる春の陽射し。沿道には桜の花が満開に咲いている。同じように入学シーズンを迎える小学生や中学生、そして高校生が初々しい制服やブレザーを着て親と歩いている。こんな道の景色のいったんに目が向かうようになったのは久しぶりだ。ついこの前まで「受験生」として、全てを無視してひたすら東京で大学生になることだけを夢見ていた。自然も、家族も、友人も、頭の外に追いやっていた。そして恋人が欲しいなんてことも、ふつうの十七八の男なら四六時中考えるところだが、「試験に合格したら...」と自分を言い聞かせ、考えないようにしていた。そして、いつの間にかそんな乾燥しきった自分にまったくもって、慣れていた。春の暖かい空気と目に飛び込んでくるうす桃色の桜の花が、僕の乾いた心に少し湿り気を与えてくれた気もした。


 大学に到着したときのことは覚えていない。細々としたことを済ませ、桜の花が咲き茂る河原を目指して歩いていた自分のことは覚えている。ナリにメールされた内容を思い出していた。本当は自分と同学年になるはずだった二年生、そしてこの四月に入学してきた一年生たちと顔合わせをするんだ。そんなことに、全てを頭の外に追いやり続けてきた俺は、緊張と不安も感じていた。


 河原に到着すると、

 「おーい、タクヤ!!」

 と俺を呼ぶ声がする。ナリだ。

 「久しぶりだな!!残念な結果だったみたいだけど、この大学でも結構楽しいと思うぜ。がんばってこな!!」

 ナリは不安を抱える俺を気遣ってくれてか、応援メッセージのように、俺に話しかけてきた。

 「おう。俺ももう学年下になっちゃったな。後輩だけどよろしく。」

 と冗談っぽく言ってみた。

 「はは、おもしれーなぁ。学年は下だけど、同期なのは変わんねえよ。」

 ナリとの会話も早々に済ませ、俺とナリは一年生と二年生の集まる河原に集まった。


 集まっていたのは四十人ぐらいだろうか。女子の方が少し多い。男子は固まって飲み物や菓子を運んだり分けたりしていた。俺は、ナリ以外は何も知らないので、気が引けつつも、「新田拓哉といいます。よろしくお願いします。」と自己紹介をして、敷いてあるブルーシートに靴を脱いで上がった。そこにいた女子から、

 「よろしくです。新入生ですか?」

 と尋ねられた。俺は戸惑った。でも少し離れたところからナリが見ていて、だまってうなづいてくれた。俺は、

 「まぁそんなもんです。よろしくね。」と言ってみた。こんな小さな言葉の言い回しに、初めて会った人は気づくわけも無く、何も気にしないでよろしくと答えてくれた。


 大学生活四年間。大切なのは「人脈」。母はいつも俺にこう言い聞かせてきた。そして、特に男友達は人生や仕事の上で絶対に大切な財産になる。こういつも母は強調していた。その言葉が頭をよぎる。

 ブルーシートでたまたま座った位置は女子ばかりのところだった。といっても、参加者じたいが女子が多い。男子のかたまりには少し距離があった。今日せめて一人ぐらい新入生の男子と話したいなと思いつつ、話も少しずつ盛り上がる目の前の女子数人との会話を楽しんでいた。


 そのうち、「ちわ」と一人の男子が話しかけてきた。俺も「ども。」と返事をした。彼はショウという名前で関西からやってきたらしい。彼はいきなり「なぁなぁ、女子高生とOLさん、どっちが好き?」と関西弁のなまった感じで話しかけてきた。俺はいきなりなんだと思いつつも「んー、どっちも年離れててやっぱ同じ大学生がいいな」と答えた。しょーもないなという顔をして「なんやねんー、まじめやなー。俺はOLさんに会いたいなぁ」と、自分の理想の異性について語り始めた。変なヤツだなと思った。けれど、ショウとこんな話が始まったおかげで、数人の男子も俺たちの会話の輪に入ってきた。

 東北出身のホリ、中部出身のヤッキー、そして北関東出身のトシ、それに何人か女子も入ってきた。トシ。こいつをこのとき初めて見て、僕はなんともいえない気持ちでいっぱいになった。


 無理だ。


 このトシってやつと友達にはなれない。


 確信にも似た気持ちでいっぱいになる。いま、初めて、この場で出会った何人ものこれから仲間になろうとしているみんなの中で、トシだけは明らかに俺は降参していた。無理だ無理だ無理だ。「無理」という言葉がトシを塗りたくっている。ホリにしてもヤッキーにしても、そしてショウにしても、こいつらは全然平気だ。もちろんまだどんなやつらだか分かんない。だけど今まで高校や中学の新入学シーズンで経験してきた「新シーズン」ってときに感じた感覚だ。今はわかんないけど段々仲良くなっていこうと思えていた。しかし、トシだけはこの時点であきらめていた。とにかく無理だと。


 ホリとヤッキーは、OL話で盛り上がるショウと俺の話に入りながらうなづいたり相槌を打ったり、ときたまコメントしてきたりして、なんとなくどんなやつか分かってきた。本当はトシも会話に入ってた。だけど僕はトシがここにはいないことにしていた。別に嫌いとか無視とかじゃない。僕には無理だ。ただそれだけだった。


 なんだかんだで顔合わせの河原での顔合わせはアッという間に終わった。

 「おつかれさまでしたー。じゃあ明日から授業も始まるので、新入生の皆さんがんばって大学生活をスタートさせていきましょう!」

 二年生の男子が締めの挨拶をしていた。みんなほろ酔いだった。俺はバイクで帰るのでジュースしか飲まず、しらふだった。解散後、帰り道のバイクの運転中、なんとか話せたやつもいてよかったと少しの安心を覚えながら、トシだけは無理だ、と何度も何度も心の中で反芻しながらバイクを走らせた。

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