鉄血再び
「閣下、こちらへどうぞ」
高級車の後部座席に案内されたビスマルクは、戸惑いも見せず乗り込んだ。隣に座るのは、若手政治家カルステン・リンネマン。中道右派政党「キリスト教民主同盟(CDU)」の筆頭幹部であり、先のTV騒動の数時間後、真っ先に彼へ接触した人物だった。
「あなたの討論、いや、演説……感銘を受けました。閣下のような視点が今のドイツには必要です」
「お前は……この国の政を預かる身か?」
「いえ、党の副代表に過ぎませんが、今、我が党は路線の再構築を迫られています。多文化共生、脱炭素、EUとドイツの軋轢、国民の分断――。党内は『歩調を合わせよう』と繰り返すばかり。だが、私は違う。“舵を握れ”と訴えたい」
ビスマルクは黙って彼の目を見据えた。
「ならば、我が手を貸そう。だが勘違いするな。私はこの国に奉仕する。お前の出世には興味はない」
「承知しています、宰相閣下」
その夜、ドイツの希望党内にひそかに「顧問:O・v・B」という名前が登録された。だが、この奇妙な男が本当に“あのビスマルク”だと知る者は、党首含めごく一部であった。
翌週。ベルリン・ミッテ区の党本部地下室――。
「……ここが、現代の“宰相の間”か」
古地図が壁に掲げられた執務室。AI端末、衛星通信、統計データが整然と並ぶディスプレイに、ビスマルクは興味を示しつつも鼻を鳴らした。
「便利だが、魂がないな」
リンネマンが書類を広げる。
「まずは外交問題から。フランス大統領がドイツのエネルギー政策に苦言を呈しています。再エネ依存、送電不安、そして天然ガス輸入問題……ロシアとの距離感も問われています」
「フランスとは“友好”に見せかけて、距離を取るのが鉄則だ。過度の接近は腐敗を招く。だがロシアとは……利用しろ。信じるな。信じて良いのは地政と算盤だけだ」
「算盤……つまり経済的現実、ですね」
「そうだ。理念では腹は膨れぬ」
さらに彼はデータの海を読み解き、EU理事会の内情や、NATOとドイツ軍の温度差、脱炭素と産業空洞化の懸念に次々と手を入れる。
そして、ふと立ち上がると、一枚の白紙にペンを走らせた。
『独国覚書――現代における帝国戦略草案(初稿)』
それは、21世紀のために書かれた“新たな鉄血”の設計図だった。