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EUの壁

ブリュッセル――欧州連合の心臓部。


連日繰り返される官僚的協議。環境目標、財政調整、法規制、共通価値観。ヨーロッパの「理想」が書類と会議で形を成す一方で、各国の疲弊と分断は静かに進行していた。


ビスマルクは、その中心で開かれた非公開首脳会談に、ドイツ代表団の特別顧問として出席した。


「君は……何者だね?」


議長席から声をかけたのは、EU理事会の常任議長。理知的で丁寧な口調の奥に、警戒心が潜む。


「オットー・フォン・ビスマルク。ドイツ帝国の創設者にして、今はこの国の顧問を務めている」


「冗談はやめたまえ」


「冗談ではない。私はこの目で普仏戦争を見た。お前たちの“欧州の平和”が、紙と気分でできているとしたら、それはただの虚構だ」


会議室に冷たい空気が走る。フランス、イタリア、スペイン、そして東欧諸国の代表がざわついた。


「閣下――失礼ながら、EUは過去の戦争を繰り返さぬための枠組みです。あなたのような“帝国主義者”の時代ではありません」


そう言ったのはフランス代表。だがビスマルクは静かに返す。


「いいや、戦争は形を変えただけだ。今の欧州には大砲の音はない。だが――ルールと規制が、かつての軍靴より重く国を踏みつけている」


フランス代表の表情が曇る。


「理想は尊い。だが理想は現実を知らねば空虚だ。共通通貨、共通政策、共通価値観――笑止。国は同じ言葉で動くわけではない。民族、歴史、土の味……それが国家だ。そろそろ目を覚ませ、欧州よ」


沈黙。


ビスマルクは続けた。


「ドイツは、EUの一部である前に、ドイツ国民のものである。“ヨーロッパのエンジン”と呼ばれて久しいが、今やその燃料は尽きかけている。お前たちは“連帯”という名で、我が国に負担を強いているのだ」


「それは一方的な――」


「一方的なのはそちらだ。“ドイツは過去に負い目がある”、それを盾に好き勝手し過ぎた。過去に囚われた国は、未来を作れん」


部屋がどよめいた。


やがて、ある東欧の代表がつぶやく。


「……私は、彼の言葉に賛成だ」


そしてもう一人。


「我が国も、主権の軽視に悩まされている。あまりにも一方通行だ」


静かな波が、会議室に広がっていく。


議長は渋面をつくりながら言った。


「……君の言う“鉄血のリアリズム”は、我々の理想とは相容れない」


だがビスマルクは即答した。


「理想とは否定せん。だがその理想に命を与えるのは現実だ。現実なき理想は、墓標の詩に過ぎん」


その晩、EU理事会の発言記録に残された彼の言葉は、数時間後にはSNSと報道機関を駆け巡った。


“鉄と血の宰相、再びEUに警鐘を鳴らす”


ドイツ国内では、彼の支持率がさらに上昇し、同時に反発も激化していく。


この男の登場は、ヨーロッパに“時代の裂け目”を作り始めていた――。

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