「作者の気持ちを答えてください」と俺の国語力を鍛えるためにラブレターを書いてくる才女様
「国語の勉強にはこの文章を使ってください」
隣の椅子に座る少女、結城花音さんがスクールバッグから封筒を取り出す。その封筒は薄い水色で中央はハートの形をしたシールで止めてある。
結城さんはスッとそれを俺、芦野信太の机の上に置いた。
だが、俺はその封筒に中々手をつけることができない。
この見た目はどう見たってラブレターだろ! こんなものが国語の教材の訳がない!
俺は今日、結城さんから国語を教わるために学校に残っている。
国語、特に現代文の点数が低すぎて落第しそうなのだ。それを見かねた結城さんが俺を助けるために、勉強を教えることを申し出てくれたのだ。学校で一番の天才と呼ばれる才女が。
なのだが……。
「どうしたんです? 早く開けてください?」
「え、だってこれ……」
「そ、そんな……折角、芦野くんのために頑張って書いてきたのに……」
シクシクと泣く素振りを見せる結城さん。
そんな言い方をされると、どうしても期待したくなってしまう。
「わ、分かった。中身……見るよ」
「う、うん……そうしてくれると嬉しいな」
ハートの形をしたシールを丁寧に剥がして中身を確認する。
すると……薄い紙一枚にきれいな文字が書かれていた。
ゴクリ、と唾を飲み込んで内容を確認していく。
一番上には〇〇〇〇君へと、書かれている。
ぱっと見では読めないと思っていたが、よく観察してみると修正液の跡が確認できる。
芦野信太君へ、と書いてあったようだ。
俺宛て!
早く文章の方も確認したい!
『いきなりこんな手紙を渡してしまってごめんなさい。
一か月前のことをおぼえていますか。
この前、夏だと言うのに長雨のせいで寒くなった日がありましたよね。その日、私が教室で寒さに震えていると芦野君が持っていたホッカイロを渡してくれました。あの時は本当にありがとうございます。
それ以来、私は芦野君のことを目で追ってしまっています。
もしよければ私と付き合ってくれないでしょうか?』
これを読んでダラダラと冷や汗が流れた。
ま、まずい……俺、こんなエピソード知らない。
実はどこかで女の子を助けてました……って可能性があるのか?
しかもこれを書いてきた可能性があるのは……俺の隣にいる結城さんの可能性が高い。
彼女の今までの発言から、そういう風に思えてしまう。
超嬉しい! 嬉しいんだけど……うううう。なんて返事をすれば……。
「さて、読めましたか?」
「は、はい! ラブレターでした。これってもしかして結城さんが……」
「そうですよ。私が書きました」
「てことはやっぱり……!」
結城さんは俺のことが好きなんだ!
「では、問題です。これを書いた作者の気持ちを答えてください」
「……お、俺のことが好き!」
ドキドキと心臓の高ぶる音が自分で分かる。顔も熱くなっているし、緊張で視界が霞む。
「違います」
「……え」
「作者はこの時、ショートケーキを食べてました。よって答えはショートケーキうまうまです」
俺は思わず隣にいる結城さんのことを見つめてしまう。
彼女はとても楽しそうで、ニヤついた表情を見せていた。
「……もしかして俺、からかわれた?」
「フフッ、そうかもしれませんね。でも、私はそもそもこれをラブレターなどとは言っていません。最初に国語の教材と説明したはずです。現代文を読み取る時は書いてあること以外、読み取ってはいけません。この文章にはどこにもあなたの名前は書いてないですし、『俺のことが好き』と回答するのは誤りです」
結城さんのスラスラとした解説には説得力があった。
確かに俺は文章を読むとき、余計な読解をしてしまうのかもしれない。
だけど、ちょっとだけ言い訳をさせて欲しい。
「でも、俺の名前を修正液で消したのが分かるんだけど……」
俺の指摘に結城さんは耳まで真っ赤にしてしまった。明らかに動揺しているのが、うろうろしている視線からも分かってしまう。
「ち、ちちち、違うんです! あれは本当にミスしただけで……ううう」
「そ、そうなんだ」
いや待て、こういう時こそ読解力だ。
あれは、っていうことは、あれ=修正液以外はわざとやってるってことだ。
やっぱり、俺からかわれてる!
でも不思議と悪い気分にはならなかった。
学校の才女様と言えば真面目な女子生徒というイメージが強かった。けど、こういうお茶目な部分もあると知れたことに何となく嬉しさを感じた。
「さて、勉強を続けましょうか。ちゃんとした教材も持って来ましたし」
「よろしくお願いします」
そうして、俺と結城さんの勉強の日々が始まっていくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
ある日、結城さんがスクールバッグから見たことの無い封筒を取り出した。
「あっ、すいません。間違えました、こっちじゃないです」
「もしかしてそれって、本当のラブレター?」
「そうなんです。でも、どうしたら良いのか分からなくて……」
「ちょっと見ても良い?」
結城さんはすぐにイエスと頷きはしなかった。
そりゃそうだ。ラブレターなんて個人の想いが詰まったものを簡単に他人に見せても良いものではない。彼女だってそう思っているはず。
だけど、これまで勉強を教わってきたのだ。ちょっとくらいは結城さんの役に立ちたい。
「絶対に誰にも言いふらさないから」
「そ、そんなことは分かってます。じゃ、じゃあ……」
結城さんはおずおずと便箋を手渡してきた。
もう既に一回中身を見たのか、すぐに中身のラブレター本体を取り出せた。
『初めまして。
驚かせてしまってごめんなさい。
入学式のときの成績優秀者のスピーチを見たときからずっと、あなたのことが頭から離れません。恥ずかしいのですが、あなたの姿に魅了されてしまいました。
もしよければ明日の放課後、学校の中庭に来てくれませんか』
なるほど、結城さんは告白されに行くかどうかを悩んでいると。
「結城さんはどうしたいの?」
「わ、私は……正直良く分かりません。こんなことは初めてで……」
結城さんは下を俯いたままで目を合わせてくれない。動揺しているのだろう。
それにしても意外だった。
結城さんは所謂美少女と呼ばれる分類の女の子であることに間違いない。それに誰に対しても優しい。俺なんかに勉強を教えてくれていることからもそんなことは分かる。ちょっと茶目っ気はあるけど。
「思ったことを言っても良い?」
「……お願いします」
結城さんは迷っている。
俺がここで何を言うかで、彼女の今後が変わってしまうこともあるだろう。
だけど、俺は結城さんから国語力を鍛えてもらった。彼女の教えを信じて、俺なりにラブレターを読解して、このラブレターの真意を見極めなくてはならないような気がしているのだ。
「俺は告白されに行かない方が良いと思う」
「なぜ……ですか? それではこのラブレターを出してくれた人に不誠実では……」
真面目か、と思ったけど結城さんはそういう人だった。
だけど彼女だって嫌な予感を感じているから、こうやって悩んでいるのではないか。
「まずこいつ、結城さんのルックスにしか興味ない気がする。一目惚れなのかもしれないけど、結城さんのことをよく知らない奴に会いに行くのはどうかなって思う」
「……そうですね」
文章から読み取れる批判点はこれぐらいだが、もっと俺には気になるところがあった。
「でも、そんなことよりも大事なことがある。これ、誰に向けて書いたラブレターなのか分からないし、差出人が書いてない」
「だけど成績優秀者のスピーチをしたのは私だけで……」
「そうだけどさ、『現代文は書いてあること以外、読み取ってはいけない』って結城さん言ってくれたのはおぼえてる?」
こくりと頷く結城さん。
「だから俺はこれが本当に結城さんのことが好きな奴の送るラブレターか疑ってる。誰が送ったのかも分からないようになっているのも、悪戯だってことを示唆しているように思うし……だから、行くのは止めておきなよ」
とは言ったものの、ただ単純に一目惚れした奴の文章力が低かった可能性もある。
俺の言葉に結城さんは考える素振りを見せた、そしてその数瞬後、顔を上げた彼女はすっきりとした表情を見せていた。
「……分かりました。行くのは止めておきます。では今日も勉強ですね!」
結城さんが取り出したのはもう一方の封筒。
中にはまた、ラブレターらしきものが入っているような気がした。
◆ ◆ ◆ ◆
翌日の放課後、気になった俺は学校の中庭をぶらついた。
結果、誰もいなかった。俺の想像は悪い方で当たっていたのだ。
それから時は過ぎ、定期考査が翌日に迫っていた。
俺と結城さんが一緒に勉強するのは、今日が最期だと何となく分かる。
「さて、それでは私が作った最後の問題を解いてみてください」
結城さんがクリアファイルに挟んでいた一つの封筒を取り出す。
それはいつかみたような赤いハートのシールでとめられていた。
開けてみるとそこには。
『芦野信太君へ
好きです。
結城花音より』
「さ、さて、これを書いた作者の気持ちを、こ、答えてください」
もう読解も何もない。
ただただ単純に結城さんからの、俺への好意。
「ヒント貰っても良い? どこが好きなのか、とかさ」
「意志の強さでしょうか……他人の恋路を邪魔できるような」
言い方ぁ!
確かに、一回告白されに行かない方が良いって言ったけど……。いや、それが何か結城さんの心に響いたのかもしれない。
「……分かった。答えは……結城花音さんは俺のことが好き」
「だ、大正解です! じゃあ、二問目は――」
二問目と言われた途端に俺はすぐに答えを思いついた。これしかないと思って。
「俺も結城さんが好き、付き合ってください」
一か月もの長い期間ずっと勉強を見てくれた恩人。
ちょっと茶目っ気もある、可愛い彼女のことを好きにならないはずが無かった。
「はい! 喜んで!」
こうして俺と結城さんはお付き合いするに至った。
◆ ◆ ◆ ◆
「どうして……」
俺の答案見て嘆く結城さん。
定期考査のテストが返却された。
だが、現代文の点数は平均よりも下だったのだ。
「はあ~これはまた芦野くんのために一肌脱がなくちゃいけませんね」
結城さんは持っていたA4用紙につらつらと文字を連ねて行った。
それは、ラブレターではないように見えたが……。
「これは一体……?」
「エッセイです! 私がどれだけ芦野くんが好きなのかを書いた」
ちょっとだけ目を通したが、俺のことしか書かれていない。
「さあ、これを読んで答えてください! 作者がどんな気持ちなのかを!」
こうして俺の読解力を上げる日々は続いていく。恋人の結城花音さんと一緒に。